第8話 学生天国「…だってよ、シーザーなんだぜ?」


 彼の学生時代は、楽園だった。

 大学での、ラックス教授ゼミでの懐かしき記憶が、よみがえってきた。

 ラックスゼミの仲間は、教授を除けば、彼を含めて、7人。その7人の侍たちが、教授を、大いに盛り立てていた。

 ゼミ長は、カムリ先輩。

 他は、アーサー。

 ジョージ。

 ドロシー。

 サム。

 アンディ。

 「ラックスゼミ、か…」

 特に思い出されたのが、大学3年次の、秋の日のゼミ。

 彼らゼミ仲間は、専任のラックス教授を、独自に祝ってあげたことがあった。言ってみれば、教授へのお祝い会だった。

 ラックス教授は、鉄学の専門教授だった。

 その教授の鉄学論文が、カチンコチン学会で、大いに認められたとのことだった。

 鉄学というのは、鉄をいろいろな物に加工して応用してしまうという、学問のことだ。

 「教授、良かったっすね」

 教授の研究が認められ、自分たちのことのようにはしゃいでしまった、ゼミ仲間。

 ピザ。

 コーヒーや、紅茶。

 純度の高い油。

 大皿サラダ。

 花となる幸せをたくさん配達してもらい、大いに、教授を祝ったものだった。場所は、大学の、ラックスゼミ室。

 ラックス研究室は、謎の山。

 やかん。

 ぞうり。

 トースター。

 怪しい、薬。

 書きかけの、論文。

 テーブルの上をきれいに片づけるのは、大変だった。

 鉄学の臭いが生々しく、神々しい中で、カムリ先輩が、立ち上がった。

 「お!」

 「ゼミ長!」

 「こんばんは。いつの間にか、皆の1年先輩に格下げになっちゃった、カムリです。本来は、皆の2年先輩だったんだけれどね。海外に留学していたし、とあるジャンク屋の、とある指示でおこなおうとした、とある奪還計画が警察にばれて、拘束。そして、拘留。あの野郎。…結局、1年留年の身になっちゃった、カムリです」

 「いよっ!」

 「カムリ先輩!」

 「かっこいいわよ!」

 「今夜は、教授の論文が認められたことの、お祝いです!法に触れない範囲で、楽しくやりましょう!」

 「法に触れない範囲で…」

 「いやな、言い方…」

 「あの拘留、まだ、根にもっているんだ…」

 「何を奪還しようと、したのかしら…?」

 カムリ先輩が、立ち上がった、

 「さあ。カムリです!ラックスゼミの良き先輩ってことで、代表して、皆のそれぞれの皿に、食べ物を分けて差し上げよう!」

 「いいんですか?」

 「なんだか、悪いなあ」

 「俺らの、先輩じゃないか」

 「構わんさ…サラダを食べる約束だったじゃないか。美味しいサラダを」

 「そうね」

 カムリが、大皿に載っていたサラダを、小皿に分け始めた。

 「それでは、この大皿シーザーサラダを、分ける!」

 「いいぞ」

 「いいね」

 「さすがよね、ゼミ長」

 年上の人にサラダを取り分けてもらえるだなんて、社会では、なかなかないことのはずだった。

 これが、学生ならではの、楽しき宴会というものだったのだ。

 カムリ先輩が、興味深いことを、言い出した。

 「皆、サラダに、何をかけるんだい?マヨネーズに、ドレッシング。言えない、あれ。いくつか用意しているから、心配いらんぜ。あ、教授は、オイルですか?あ、どうしようか。それ用意するの、忘れたな」

 「俺、マヨネーズ!」

 「えー」

 「あたしは、違うものにしようかなあ」

 「じゃあ、僕は…」

 するとカムリがまた、皆を制した。

 「ちょっと、待ってくれよ」

 「何だよ。カムリ先輩。楽しく決めているところだったのに」

 不満顔の、サム。

 「いやいや。実はな。シーザードレッシングはやめようかって、言おうとしたのさ。こんなに立派なシーザーサラダの上にシーザードレッシングをかけるんじゃあ、ありきたりで、つまらんからな」

 気まぐれカムリに、サムが、笑い出した。

 「どうしたの、サム?」

 ジョージが聞くと、サムは、こう答えるのだった。

 「だって。アーサーの奴が、あまりにもおかしくってさ。アーサーが、さあ。変わったことを、やろうとしていたんだ。それで、笑っちまったんだよ」

 サムに笑われていたアーサーというのは、ラックスゼミの、ムードメーカー的な学生だった。皆を楽しくさせてくれる、がんばり屋さん。大学の学園祭では、こんな名前のタコス店を、開いていたものだ。

 「ジュリアナ」

 楽しくパントマイムをしながら、タコスを焼いて、売っていた。

 タコスというのは、トルティーヤという、トウモロコシをすりつぶして作った生地を薄く引き延ばしてそれを焼いた皮の上に、いくつか具材を載せて食べるものだ。

 「サルサというソースをかけて、食べてくれ。それが、ジュリアナ風なのさ」

 サムは、まだ、笑っていた。

 ジョージが、その笑いに、突っ込んだ。

 「どうしたのさ、サム。笑っちゃあ、かわいそうじゃないか。笑うのは、あの、…何とか氷河期とかいう人たちに、しておきなよ」

 「そうか?」

 「そうさ。かわいそうだよねー。がんばっても、内定1つ、もらえなかったらしいじゃないか。俺たちのように、新卒じゃないと、悲劇だね」

 「その話は、やめよう。?それよりも、シーザーさ」

 「サム?シーザーの何が、面白いんだい?」

 聞かれてサムは、負けなかった。

 「…だってよ、シーザーなんだぜ?」

 笑いを、やめなかった。

 「どういうことなの?」

 ドロシーが聞くと、サムは、まだ、笑いの渦中。

 「アーサーの奴は、学園祭のときに、ジュリアナの奥で、タコスにはシーザーサラダをかけて食べるのが一番だって言って、本当にそうしていたんだぜ。今日のこのサラダにだってそのときと同じように、シーザードレッシングをかけるって言うんだぜ。それを、思い出しちまってさ」

 「同じだ…」

 「ああ」

 「学園祭のときの思い出が、よみがえってきちまってさ」

 「ふうん」

 「やっぱり、シーザーサラダには、シーザードレッシングが一番だ、っていうことなんだろう?」

 「かもね!」

 「なるほどな」

 「アーサーは、やっぱり、アーサーだ」

 そう言われてしまったアーサーは、恥ずかしそうに、下を向いていた。

 「どうしたの?」

 優しいジョージが声をかけると、サムが、静かに、座り直した。

 「…だってよ、シーザーなんだぜ?」




 



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