第7話 「勝利を手にする」就職氷河期の人たちの涙が、理解できるの?

 リー社員の教育は、まぶしかった。

 コロンバイン、オダマキは、こんな意味の花言葉をもっていると、教えてもらっていた。

 「勝利を手にする」

 それならば、教授が、社会に出てもがく世代に贈るものとしては、相応しいものだったということか?

 学生たちは、未熟者だ。

 新卒のヒヨコちゃんたちは、言うまでもなかったろう。

 社会に飛び立つ前も、飛び立った後も、何も知らない、ヒヨコちゃん。

 そんなヒヨコちゃんも、社会に飛び立ってからでも勉強して、しっかりと物を理解できていければ、何よりなのだが…。そうは、上手くはいかないものだった。

 ゆるゆる生活に慣れてしまった彼を見ていれば、それは、わかったろう。

 これが、新卒という世代の、強さだ。

 「オダマキの花で、勝利を手にすべし。ヒヨコちゃんたちよ、飛び立て!」

 だが、新卒者らには、辛いこともあった。

 まず、学生時代を終えた新卒者は、朝、誰からも起こしてもらえなくなった。

 それに、誰からも、ご飯を作ってもらえなくなった。

 ご飯は、自分自身で、手に入れなければならなかったからだ。

 買うには、金が必要になった。

 誰かから金をもらえる生活も、終わり。金が足りなくなったら税金を上げてしまう

という裏技も、できなかった。

 それは、政治家がやることだ。

 社会では、マニュアルを見せてもらえなくなった。

 スマホの中には、解決策は載っていなかった。仮にあったとしても、それをコピーさせてくれる友達も、いなくなっていた。

 新卒の辛い日々は、続いただろう。

 だが、いつかは、勝利を手にしなければならない。

 「勝利を手にする」

 コロンバインの花言葉は、うってつけの愛だった。

 「あの人のことが気がかり」

 あの人とは、やはり、教授が心配した、トキオのことだったわけか?

 花の気持ちは、いろいろだったか。

 「ポケー」

 彼は、会社のカミオという先輩のことを、考えていた。

 彼は、その先輩にも、氷河期世代の人たちをバカにするなと、こっぴどく、言われていた。そのときも、理解できなかったものだ。

 「何で?俺は、新卒だぜ?何で、怒られなければならなかったんだ?重ねた努力で氷河に落とされちゃったんだから、かわいそうってことだろう?それで、良いじゃないか」

 カミオ先輩に、歯向かっていた。

 先輩は、優雅な人だった。

 人生、楽勝。

 リー社員などは、大学を出て、どこにも就職できずにさまよっていたというのに。

 ただ寝ていただけで、5社や6社は企業の内定が転がり込んできた、カミオ先輩。それに、トキオたち。

 かわいそうなほどの、違いだった。

 「でも、カミオ先輩は、それでも氷河期って人に、優しい言葉をかけられるのか。傑作だ」

 彼は、身分差あるリー社員らのことを思う度に、憐れみを感じとれる偉大な自分たちを発見でき、鼻が高くなっていった。

 「早く、会社時間、終わらないかなあ」

 「氷河かあ…あ、氷河期!思い出したぞ」

 トキオらは、学生時代、教授に言われたことを、思い出していた。

 「君たち新卒に、就職氷河期の人たちの涙が、理解できるのかね?君たち新卒は、その人たちが、馬鹿にできるのかね?とんでもない身分差、だよ!」

 そのとき彼は、教授に、こう返したはずだ。

 「かわいそうな人たちが、いたもんすね。うわー、かわいそうに。あざーす」

 教授は、それを聞いて、研究室の奥にいってしまった。教授ともあろう大の大人が、肩を落として、涙ぐんでいたように見えた。

 「今、なぜ、そんなことを思い出してしまったのか?」

 彼には、わからないままだった。



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