第5話 謎の、宅配物
数日後。
彼は、いつものように会社の天井を見て、いつものように目をつむって、考え事をはじめていた。
「ポケー」
幸せな口を、開けていた。
「あーあ。あの人のことが、心配だなあ」
彼のそのつぶやきに、向かいのデスクに座っていたリー社員が、すぐに反応。
「何ですか?あの人のことが、心配?それって、誰のことなんですか?一体何が心配だって、いうんですか?」
リーは、入社7年目の、しっかり者の女性社員だった。
ゆるゆるに育てられてきたトキオらとは違って、苦労人。新卒で社会に出られずに、苦労した人の1人、らしかった。
その彼女が、他人が困っていたつぶやきで気にならないわけが、なかった。
「何すか?」
まだ口を開けながら、リー社員のほうを、向いた。
「誰のことを、心配しているんですか?」
「俺っすか?」
「…ええ」
「俺、ラックス教授のことが、心配」
「ラックス教授、ですか?」
「俺の大学時代の、ゼミの、専任教授」
「そうでしたか」
「ラックス教授を、知らないの?」
「私は、知りません。…タメ口で、話さないでください」
リー社員は、情けないような辛いような、複雑な表情をしていた。
「心配なのは、ゆるゆる気分で暮らしているあんたのほうなんじゃないのですか?」
嫌みを、言っていた。
彼は、それをなぜか、褒め言葉だと捉えていた。
「心配、された。さすが俺たちは、新卒」
「…」
リー社員は、悲しく、呆れていた。
「トキオ君?思い出してほしい」
会社の窓辺に置かれていた鉢植えが、しゃべったような気がした。
ラックス教授は、トキオの学生時代、こんなことを言っていた。
「いいかい、トキオ君。人間は、社会を目指す明らかな鼓動によって生きている。だがね、君からは、その鼓動が感じられないよ。君は、もうすぐ、社会に出ていくんだよ?だが、君は、何のために社会へ出るというのかね?そういうことを考えたことは、あるのかね?」
痛い言葉の雨、だった。
続けて、こうも言われたものだった
「君は、思い上がっちゃいないかね?まさか、自分の力で、今の君があると思っているんじゃ、ないだろうかね。君が、心配だよ。本当にね。君には、鼓動がないんだよ。…鼓動とは、規則的な繰り返し。すなわち、リズムのことだ。そう、何をするにしても大切なのは、リズムだ。歩くときも、ケンカするときも、飯を食うときも、愛し合うときも、鉄学するときも、リズムが重要なんだ」
学生時代は、それがどういう意味だったのか、理解ができなかった。
が、今になって、ようやくその意味が理解できるような気がしてきていた。
…いや。リー社員に言わせれば、こうだったろうが。
「それこそ、勘違いで、思い上がりというものです!」
イスに座ったままで、リー社員の顔をじっと見ていた。
「気持ち悪いでしょう!やめてください」
「見ちゃ、ダメなの?」
「じろじろ見られたら、誰だって、気持ち悪いと、思いませんか?」
「そう?俺、新卒なんですけれど?」
「…」
彼だって、大人になりかけていた。リー社員に、こう言うことも、できたからだ。
「すみませんでした」
が、結局は、言えなかった。
体力の無駄に、なりそうだったからだ。
「ねえ、ねえ」
大きな子どもらしく、話しかけていた。
「何ですか?」
「俺は、教授の言っていたことが、わかるような気がしてきた。俺たちは、リーさんたちに後押しされて、まわりから、たくさんのお金やらをもらうことができた。だからこそ俺たちは、リーさんや先輩たちに、感謝しなければならない」
意味不明なことを、言ってしまっていた。
「そう。ありがと」
リー社員は、大人の対応だった。
彼は、安心して、話の調子を上げた。
「でも、かわいそうに。それで、そうまでしてくれた先輩たちは、氷河にドボン。本当に、かわいそうでちゅねー。でも、そのおかげで、俺たち新卒の、大逆転。感謝っす」
「ぎゃっ」
直後、リー社員に、蹴りを入れられた。
しかし、なぜ蹴られなければならなかったのか、彼には、理解できず。痛がっていた自身の尻を、さするしかないのだった。
「なんか、1人痴漢みたい…」
「黙ってください!」
「ぎゃっ」
また、蹴られてしまった。
「蹴るか?何かの氷河に、落ちたクセに」
「ギャッ」
「人の気持ちが、わからないんですか!」
翌日、ある変化が起きた。
「教授は、どうしているかなあ。心配だ」
そんな、教授を心配する彼の思いが、返ってきた?彼が1人で住んでいたアパートの部屋に、教授から、ある宅配物が届いたのだ。
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