第4話 新卒じゃないのは、おかしいと思っていた

 「…そう、そう。これから、君に会いにいこうと、思っていたんだよ。しっかりやっているか、確認の意味も込めてだ」

 「抜き打ち調査、ですか?」

 「ははは…。実はね」

 「何です?」

 「君に、渡したいものがあったんだよ」

 「そうでしたか」

 「でもねえ…。私は、体調を崩してしまってね。そちらに、いけなくなってしまった。それで、とりあえずは、電話でいいから、君にあいさつだけしておこうと思ったわけだ」

 「おけ」

 「それより、君」

 「え?」

 「社会に出て、会社には、きちんといっているのかね?」

 「もちろん!」

 「本当なのかな?心配だよ。

けんかをしている社員なんかは、いないだろうねえ?」

 「…あ」

 「その様子だと、仲の悪い人がいるね。ダメじゃないか。社会では、皆と呼吸を合わせてやらなければならんよ。呼吸を合わせて、鼓動を感じながら、生きるんだ」

 「りょ」

 「君と合わない社員が、いるんだね」

 「中途採用の、リーっていう女性社員」

 「ほう」

 「リー社員、むかつくんですよ」

 「リー社員さんか」

 「あいつ、中途採用。新卒じゃあない」

 「ほう。それで?」

 「おかしいじゃないですか?」

 「何がかね」

 「中途で、会社に入ってきたんですよ?」

 「それが、何かね」

 「あの人、就職に苦労した。苦労したわって、泣きそうな顔をして、飯食ってるんですよ。教授は、信じられます?本当に、泣いていたこともあります」

 「そう、か…」

 「そいつ、おかしいでしょう?」

 「何が、おかしいのかね」

 「おかしいっすよ」

 「だから、なぜかね」

 「だって、就職なんて、楽勝じゃなかったっすか。人材不足で、引く手あまたじゃなかったですか。良く、ゼミに遊びにきた、あのカミオ先輩だって、そうだったらしいじゃないですか。大学で、イスに座っていれば、そのうち、5,6社くらいは、内定をもらえたわけでしょう?」

 「いやそれは、カミオ君やトキオ君たちの時代の話じゃないかね」

 「え?そうなんですか?」

 「…当時は、異常な世の中だった」

 「そうですかね?」

 「君たちを見れば、わかるじゃないかね」

 「意味、わかんないっす」

 「わかりなさい。トキオ君…?その、リー社員の経験してきた社会の激流に放り込まれれば、君たちなんか、瞬殺なんだがね」

 「そうですか?意味、わかんねー」

 「就職氷河期っていう時期があってだね?その中では、君たちは、皆、就職試験に落ちてしまうんだよ?」

 「まさかあ」

 「その、まさかだ」

 「そうですか?俺たち、新卒ですよ?世界に1つだけ、なんですよ?力、あります」

 「…それは、うぬぼれというものだ」

 「うぬぼれですか?」

 「ああ。うぬぼれの水仙の花だ」

 「うぬぼれの、水仙の花?」

 「ああ。水仙の花だね」

 そこで、電話は、一方的に切れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る