第3話 ラフレシア公園の事件

 「今日の外は、暖かいな。お母さんみたいな、暖かさだな。明日も、会社にいくのかあ。ここに、お母さんも一緒にいてくれれば、良かったのに。入社式のときは、一緒にきてくれたのに。大学のときだって、一緒にきてくれて、一緒に学食を食べたじゃないか」

 そうして、次の日も、ラフレシア公園を抜けて帰宅しようと、考えたのだった。

 夕方になっても、外は、暖かだった。

 その日は、走らなかった。

 「あのいたずら電話の犯人を、特定してやる。S NSにあげて、拡散だ。つぶれろ、ラフレシア!受けて、立とうじゃないか。ゆっくりと、待ってやる…おお!」

 予想通り。

 昨日の公衆電話事件が起こったのとほぼ同じ時間に、事件のはじまりが告げられた。

 「同じだ…」

 プルルルル。

 実に、タイミング良く、公衆電話機の音が聞こえてきた。

 「本当に、ただのいたずらなのか?」

 相手は、彼の名前を、知っていたのだ!

 プルルルル。

 無慈悲なその音は、彼を催促するかのような、アラームだった。

 犯人を突き止める糸口を探るためにも、受話器をとった。

 「あれ?」

 困ってしまった。

 先日とは大きく異なっていた点が、あったからだ。電話の声が、女性のものではなく、男性のものになっていたようだったからだ。

 「あれ?たしか、この声は…」

 それは、懐かしい懐かしい、彼の良く知っている声だった。

 彼の大学時代の、ゼミの専任教授の声のようだったのだ。

「間違いない、…のか?」

 手が、震えてしまっていた。

 「なんて、素敵に、パパラチィオ!」

 「久しぶりだね、トキオ君」

 「あの…教授ですか?」

 「ああ」

 「教授なんですね?」

 「そうだよ」

 「…その声。その声、忘れませんよ」

 「そりゃ、光栄だな」

「本当に、教授ですか?」

 「もちろんだよ。君が、そう言っていたじゃないかね?」

 「…」

 「君なら、受話器をとってくれると思っていたよ。…出てくれて、良かったよ」

 「だって…」

 「君は、よく、受話器をとってくれたね」

 「だって、だって…」

 「子どもかね、君は」

 「新卒です」

 「何だ、赤ちゃんかね?」

 「違うよ。新卒だよう!」

 「それは、失礼」

 「教授、知っていましたか?」

 「…何を、かね?」

 「あのう。良く、わからないんですけれどう…」

 「…何かね?」

 「会社では、知らない人からの電話に出ないと、怒られるんですよ。それも、お母さんみたいな怒り方じゃあ、ないし」

 「…」

 「会社の人たちって、わかっていない」

 「…何がかね?」

 「知らない人から電話がきて、出られますか?そんなの、フツー、出られないじゃないですか。そういうことが、ちっとも、わかっていないんですよ。でも、電話に出ないと、怒られます。だから、この公衆電話も、出ないと怒られると思って、出ました」

 「…そうだったか」

 「新卒以外は、皆、ダメ人間ですよ。知らない人からの、電話ですよ?皆、わかっていないんですよ」

 「そんなものかね」

 少し呆れられたように感じ、彼は、むかむかしてきてもいた。

 「社会では、僕たちのことを、皆、わかってくれないんです。どうして、僕たちを中心に、考えられないんですかねえ?」

 「…そうだね」

 「教授?僕たちの世代は、最高の花じゃ、なかったんですか?」

 「まあ、いい。電話に出てくれて、良かったよ」

「念のためですけれど」

 「何かね?」

 「ラックス教授ですよね?」

 「ああ。もちろんだよ。ラックスだ」

 話が、ようやく、まともになってきた。

 「教授には、お世話に、なりました」

 「感心、感心」

 「社会では、既卒っていうわけのわからない人たちがいて、残念でした。教授は、信じられますか?大学を出たときに、どの会社にも入れなかった人たちが、いたんですよ?そういう日人たちと一緒に働くって、もう、超絶、泣きそうモード」

 「…君は、相変わらずだよ」

 「えへへ。そうですか?」

 「ほめとりゃ、せんよ」

 「…ラックス教授なんですよね?」

「そうだよ」

 「懐かしい」

 「…久しぶりだね」

 「ああ」

 「間違いない」

 「教授だ」

 「そうだとも」

 「でも、どうして電話してきたんです?」

 「きちんと、社会生活を送っているのか、君のことが、心配になってね?」

「ちゃんと、やっていますよ」

 「ほう」

 「新卒、なんですよ?会社では、新人社員研修があって、字の読み書きとかいろいろ、教えてもらえるんです。固定電話の使い方っていう講座も、ありました。マジ、ノープロブレム」









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