第百三十七話 『同化召喚――レオ』

 誰も、諦めていなかった。

 誰も、恐怖で怖じ気づいていなかった。


 みんな、友達を信じて凶悪に立ち向かっていた。


「倒すためには、核にあれ以上の火力をぶつけるしかない」

「あたしが攻撃に回ったほうがいいかな」

「じゃあ私とシスカが防御担当ね」

「攻撃は任せたわよ」


 ウィルとユキカゼで核を攻撃。シュナとシスカでみんなを守る。

 子供達はそう、瞬時に役割を明確にした。


 こんな局面で冷静に判断を下し、動き出すなど歴戦の戦士であってもできることではない。

 間違いなく全員、傑物となれる天才達だ。


「俺は……サポートする」

「うん。頼んだよ」


 簡潔にそう言って、全員動き出す。

 長々と会話をする機会を、魔薬によって暴走状態に入ったゼンデルクは与えてくれなかった。


「私達で防ぎきるわよ。シュナ、いける?」

「やる!」

「良い心意気ね」


 シュナとシスカの役割はタンク。

 攻撃を引きつけ、味方を守る盾となることだ。


「ド派手に。引きつけるわ――『光柱』!」


 まずシュナが攻撃を開始する。

 だが威力は大してない。とにかく見た目を派手にし、鬱陶しいほど煌びやかな光の柱を放ちまくった。


「うぜええなああああ!!」


 それによって、狙い通り注目はシュナに集中する。


「させないわよ『守護結界』全開!!」


 襲いかかってくるゼンデルクの攻撃を防ぐのは、シスカの役目だ。

 守護結界に大量の魔力を込め、限界まで縮小することで強度を上げる。


「もろいいいいい!!」


 だがそれでもゼンデルクの手に掛かれば飴細工のような結界だ。

 故にシュナが、カバーする。


「『光神域』――!」


 シュナが誇る最強の防御魔法。それとシスカの守護結界を合わせることで、ゼンデルクに対抗する盾となりえる。


「ユキカゼ、いける?」

「もちろん。任せたよ」


 結界にぶつかり動きを止めるゼンデルク。その隙に攻撃するのはウィルとユキカゼの二人だ。

 まず動くのはユキカゼ。


「だああああ『氷裂撃』!!」


 ユキカゼは高く跳び上がると、ゼンデルクの頭上で耐空する。

 そして魔力を練り上げ、強烈な氷の一撃を繰り出した。


 ゼンデルクの体内を抉るように繰り出された氷の杭。それによってスライムの体に大きな穴が空く。


「核は見えない。けど、そこにあるんでしょ『風竜』!」


 大穴の空いたゼンデルクの体。魔薬によって耐久でも上がったのか今度は核が露出していないが、その向こう側にあるのは確かだ。

 ウィルはそれを信じて、風の大技を放った。


「あぁぁ? 痒いじゃねええかあああ!!」


 風の竜はゼンデルクの体をさらに抉り、核を露出させるところまでいった。

 しかし、そこまでだ。


「死ねえ!!」


 ゼンデルクの体はすぐさま再生して元通り。

 跳ね回るウィルに対して、怒りのままに攻撃した。


「っ――!」

「逃げんなああ!」


 しかしバーニと同化したウィルの速度は並ではない。ゼンデルクの大ぶりな攻撃ぐらい、いとも簡単に避けることが可能だ。


 風のような速度で走り回り、ゼンデルクの攻撃を避けていく。

 だがこれも、狭い空間の中。全体攻撃をされればあっという間に瓦解する脆い攻防だ。


「私のウィルを、見ないで! 『光柱』」


 故にまた、同じことの繰り返し。

 シュナが引きつけ、シスカと共に守る。

 そしてウィルとユキカゼで攻撃。


 魔導警備隊の到着までこうする。あわよくば討伐する。

 と、行きたいのがウィル達の思惑である。


「『守護結界』!」

「『光神域』!」


 最強の防御魔法を重ね合わせ、ゼンデルクの攻撃に備える二人。


「あ――ありったけだ! こんなガキ共を調子に乗らすことなく叩きのめす、ありったけだあああ!!」


 だがそんな思惑、本気のゼンデルクの前では無意味な空想でしかない。


 より魔力を高めたゼンデルクは、膨張させた拳に全てを集中させていく。

 そしてそれを、振り下ろした――。


「――不味い」


 ウィルが動き出せたのは、勘と計算だ。

 このゼンデルクの攻撃は、二人の防御を容易く突破してしまう。そう直感したウィルは、全速力で駆け出した。


「えっ?」

「嘘でしょ」


 最強の防御魔法の重ね掛け。それをゼンデルクは、ガラスでも破壊したかのような手軽さで、叩き割った。

 その勢いのまま、シスカとシュナに拳が振り下ろされる――。


「『風乗り』――」


 シュナとシスカがマグマの拳に叩き潰されるその寸前。

 ウィルは二人を脇に抱えると、一気に走り抜けた。


「シュナ、シスカ! ウィルないすだよ!!」

「ギリギリ」

「た、助かったわ」

「ありがとうウィル!」


 一先ず二人の命は助かった。

 しかし、状況が瓦解した。


 シュナとシスカの防御が通用しなくなった以上、この陣形は取れない。

 勝率はさらに下がっていった。


「すばしっこいんだよおおおお!! 死ねえ!!」


 ゼンデルクは止まる様子がない。

 より苛烈に、暴れるだけだ。


 状況は、さらに悪くなった。



 ◇



 テロンはただ、その戦いを眺めていた。

 ゼンデルクの猛攻を、ウィルが視認できないほどの速度で避け続ける攻防だ。


 まるで薄氷を踏むような舞踏。

 あれに立ち入る資格を、テロンは持ち合わせていない。


「……俺は、弱い」


 テロンは思わず、呟いてしまった。


 この戦いで、テロンは大した役に立っていない。

 今もホークに命令して、風の刃を放っているだけ。だが等級Dの魔物が放つ刃など、ゼンデルクにとってはそよ風にしか感じないだろう。


 テロン自身には戦う力がない。

 レオも、マグマであるゼンデルクの肉体に触れられない。


 相性が悪いと言えばそれまでだが、テロンはこの中で一番弱い。


「『光柱』!」

「『氷裂激』!」


 シュナとユキカゼがゼンデルクに攻撃する。

 しかし届かない。


 ウィルがゼンデルクを引きつける役に回ってしまったのが大きな原因だ。


 ゼンデルクの核を破壊しようとするならば、三人が一斉に攻撃する必要があるだろう。

 だが誰かがゼンデルクの攻撃を引きつけないといけない以上、それは無理だ。


 ウィル、ユキカゼ、シュナ。この三人だけが、ゼンデルクの肉体を削る手段を持ち合わせている。しかしその内の誰かは防御に回らないといけない。


 だが三人が力を合わせたとしても、ゼンデルクは果たして倒せるのか。


 S級冒険者の中で戦闘力は最弱と言われるゼンデルクであるが、その耐久力は最強と言われる。

 不死のゼンデルクという別名もあるほど、マグマスライムと同化したゼンデルクは倒せない。


 今の戦力でゼンデルクを倒し切るのは、不可能だとテロンは直感した。


「俺が、やるんだ。やるしかないんだ」


 このままでは、ゼンデルクを倒すのは絶対に無理だ。故にあと一つ、ピースがいる。

 この場にある最後のピース。それは間違いなく、テロンだろう。


「なあシスカ」

「なに? 邪魔しないで」


 シスカは全集中で魔力を練り上げていた。

 ゼンデルクの本気の一撃を受け止められるだけの結界を練り上げるために、全身から汗を垂れ流しながら必死で魔法を唱えている。

 そんなシスカに対し、テロンは言う。


「無理できるか?」

「……あんた、無理するつもり?」

「お前は、できるのか?」

「やるわよ」


 それだけで、互いに何をするのか通じ合った。

 幼馴染の阿吽の呼吸とでも言うべきか。シスカは溜め息をついて頷き、テロンはその返答に笑みを浮かべる。


「死ぬんじゃないわよ。死ななければシュナが治してくれるから」

「じゃあその一歩手前まで、無理する」

「そうしなさい。これはあんたが決着をつけるべき戦いよ」


 言葉はそれ以上必要なかった。

 テロンは息を吸い、吐く。そして全集中で魔力を高めた。


 これは、あまり使いたくなかった。

 というか使えるかわからなかった。


 死への恐怖から、偶然成功した荒技だ。

 今も使えるのか。使えたとしてもコントロールできるのか。


 迷いと悩みは尽きない。

 だがそんな暇、ゼンデルクは与えてくれないだろう。


 テロンは己を信じて、その力を使うだけだ。


「『同化召喚――レオ』」


 同化の光が煌めく。

 テロンが発動するのは、シルクがやるべきではないと言った不完全な同化召喚だ。


 安定しない状態での使用は、命に関わる。使用中はとんでもない激痛がテロンの身を襲う。

 それは未だ資格ない愚か者が、その領域に足を踏み入れた故の天罰だ。


 しかしテロンは、その痛みを無視した。

 とても痛いが、まだ死ぬ段階ではない。ならば全部無視できる。


「みんな! 私が全部引き受けるわ! だから、やれ!」


 シスカが命令を下した。

 全員がシスカ、そしてテロンを見て察する。


 ここで勝負をつけにいくと。


「パパ、力を貸して! 『封極結界』!!」


 シスカが発動したのは、父が得意とする結界魔法の奥義、『封極結界』。

 どんな悪党も封じ込める、結界魔法の最高峰だ。

 それは縄のような形状で、何重にもゼンデルクを封じ込める。


「なんだこれはああ! 邪魔だ! 邪魔だあああ!!」


 縄のように肉体を縛りつけ、大地に固定する結界から逃げだそうとゼンデルクは暴れ回る。


「ふーっ。逃がさ、ないわよっ!」


 それをシスカは、命を賭して封じ込めていた。

 一瞬も魔力操作をミスできない。魔力が恐ろしい勢いで減っていく。頭が割れるほど痛い。


 全身がこれ以上は無理だと叫んでいる。

 しかし決して結界は解かない。

 無理しろと、テロンに言われた。友達を信じて、シスカは限界を超えて無理をしていた。


「ありったけね――!! 『光竜柱』!!」


 封じ込められたゼンデルクに対し、四人が集中砲火を浴びせる。

 シュナが放つのは、光り輝く竜の一撃。上級魔法の『光竜』を改良した、シュナのオリジナル魔法だ。


「あたしの、一撃! 『氷斬刀』!」


 ユキカゼが放つのは、刀に冷気を纏わせ、切り裂く一撃。

 氷の一撃は、ゼンデルクのマグマの肉体を容易く切り裂いた。


「ふぅ――『風裂拳』!」


 続いてウィルが、その傷口に追撃する。

 大風を纏った一撃は、ゼンデルクの肉体に風穴を空け、その奥の核にすら届いた。


 しかし、これでは足りない。


 子供達が放った渾身の一撃すらも、ゼンデルクは受け止めた。

 故に最後のピースは、テロンだ。


「師匠――」

「痛いいいぃぃぃ!! 許さんんん。許さんぞおおお!!」


 テロンは己の拳に大量の魔力を込めていた。

 これで全てを終わらせるために。


「テロン!! 俺を、助けろおおお!! お前は、俺の、弟子だろおがああ!!」


 テロンの目と、ゼンデルクの目が合う。

 長年師事した相手だ。その相手に、テロンは止めを刺そうとしている。

 だけどなぜだろう。悲しみとか、そういう感情が湧いてこない。


「ここまで育ててもらったことには、感謝してる」

「そうだろう、テロン。助けろ! そしてこいつら全員殺せ!」


 ゼンデルクは絶望に浸った目をしていた。

 テロンが今放とうとしているそれは、己の命に届くと直感したのだろう。


 故に全力で、命乞いでもするかのように命じていた。

 だがテロンの目は冷めたままだ。

 その目に、ゼンデルクは背筋が凍る思いがした。


「あ、お、おれを、たす――」

「――じゃあな、クソ野郎」


 同化召喚によって溢れ出たその力、心の奥底から沸き上がるグチャグチャな感情。その全てを、拳に込めた。

 今までの全てを叩きつけるように、容赦なく拳を振るった。


「助けてくれええええ!! いやだ!? 死にたくない! テロン助けろ! 助けろよ――ぉっ」


 その言葉が通じることはなかった。

 テロンの拳は、ゼンデルクの核を容易く粉砕する。その肉体すらも吹き飛ばす。


 最期まで、醜かった。ゼンデルクというクソ野郎。

 その最期は、虐げた弟子によってもたらされた。

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