第百三十八話 クソエルフ
「……終わった、わね」
炎の壁が消え去った。
核を破壊されたゼンデルクは同化召喚が強制解除され、死体が大地を転がる。
それを誰も丁重に扱う気はなく、足蹴りにして隅に寄せた。
そしてほっと、息を付いた。
「だああっ……きつっ」
「ほんと、しんどいわー」
ゼンデルクを倒した。そう確信し、まずシスカとテロンが大地に倒れた。
シスカは未だ使えるはずがない魔法を無理矢理使った故の、魔力不足ととんでもない頭痛。
テロンはやるなと言われた同化召喚を行い、その反動。同化召喚も解除され、大地に倒れ伏していた。
限界を超えて戦っていた二人だ。気持ちだけで持っていたようなものであり、それがなくなればもう立ち上がれない。
「だ、大丈夫? すぐ治すわね」
「あんま、外傷はないわよ」
「俺もだ……」
「それでもやる。『治癒の波動』!」
倒れたシスカとテロンを、シュナは急いで癒やしにかかる。
しかし魔力不足や、反動で体がボロボロになったものであり、回復魔法で癒やすことができないものも多い。
それでも少しは軽くなるだろうと、シュナは回復魔法を使った。
「久しぶりに疲れたよ。魔力ないし、もう寝るー」
「お疲れ。ユキカゼ」
この中では比較的元気なユキカゼとウィルは称え合う。
「……ウィルは凄いね。あたしももっと強くならないと」
「ユキカゼも強いよ。信じられないくらい」
ゼンデルクは強かった。それを倒したウィル達はもっと強かった。
誰かが欠けても勝てなかった強敵だ。
キサラギ・ユキカゼの十四歳と思えぬ攻撃力がなければ、ゼンデルクに攻撃を通すことは不可能だっただろう。
「でもあれ、魔薬なかったらもっと強かったよねー」
「だね。運が良かった」
そうユキカゼは、今回の勝因を呟く。
ゼンデルクは魔薬によって確かに肉体のスペックは上がっていた。
しかし代わりに頭がパーになっていた。
単調な攻撃しかしてこず、そのおかげで倒せたと言っても過言ではない。
もし脳が魔薬に冒される前だったら勝てなかっただろう。
魔薬をやってなかったらこんな馬鹿なことそもそもやってなかっただろうが。
「まあいいや。この後はどうするの?」
「とりあえず魔導警備隊や師匠達に事情を話さないと」
「だねー。あたしも師匠に心配かけてるかも。早く帰らないと」
「……事情聴取とかあるから、難しいと思うよ」
「そうなのかー」
今すぐ帰ってベッドで寝たい気持ちはある。しかし事後処理は間違いなく大変だ。
シュナが攫われ、ゼンデルクが暴れ、それを倒した。こんな大事そう簡単に片付くとは思えない。
事情聴取だけでどれほどかかるやら。
「それにしても魔導警備隊遅いな……」
そしてウィルはポツリと呟く。
「ほんとだよ。あたしの国ならこんな遅くない!」
「普通そうだよね」
この国の治安維持組織は大丈夫なのかと不安になった二人。
「にゃっ!? ウィ、ウィル?」
とそんなことを考えていれば、ふと背後から聞きなれた声がした。
「ん。……ニャルコ?」
背後にいたのはニャルコだった。目を見開き、これは一体どういうことかと右往左往している。
「にゃ、にゃんでゼンデルクの家がにゃくにゃってるの? その跡地にウィルがいるの!?」
「それは……まあいろいろあってね。それよりニャルコはなんでここに?」
親の手がかりを探すために、魔薬騒ぎを解決する必要があると魔都を駆けまわっていたはずだ。
「私はジーストと一緒に、魔薬騒ぎの主犯がゼンデルクにゃんじゃにゃいかと当たりをつけて、捜査しようとここに来たの。そしたら屋敷が消えてるし、ウィル達がいるし、大混乱」
「なるほどね」
ニャルコはゼンデルクを倒そうと来たが、その一歩前にウィル達が倒してしまったということだ。
しかしこれほどの大事があって、ニャルコが気づかないなんてあるだろうか。
非常に鋭い感覚を持ち、さまざまな情報収集を行えるニャルコが、屋敷が焼却され、ゼンデルクが大暴れしたのに終わってから到着。
それはまるで――。
「やあやあ。少年達、頑張ったじゃないか!」
「ジーストさん?」
「そう、僕だ! ニャルコちゃんと一緒に魔薬騒ぎを解決しようと、奮闘しているね」
ウィルの思考を中断するかのように、物陰から、ダメエルフの魔導警備隊員。ジーストが顔を出した。
ニャルコと共に来たらしく、いつも通りニコニコと、どこか胡散臭い笑みを浮かべた男だ。
「ジースト!! さっき呼んだのに、なにしてんのよ」
「ああシスカちゃん。ごめんごめん。ほら、でも今ここに来たよ」
「遅いわよ馬鹿!」
シュナに膝枕されながら、現れたジーストを罵倒するシスカ。
体調は最悪であろうに、サボりまくっていたジーストへの悪態だけはキチンとつかねばならないようだ。
「それに一人だけ? こんな大事、部隊三つは動かさないと。それにパパは?」
「うーん。しばらくこないよ」
少し悩んで、ジーストはそう言った。
「どういうこと? 魔導警備隊がそんなはずないでしょ」
「まあそうだね。でもそうなってる。具体的には後三十分ぐらいは来ないかな」
「はっ?」
魔導警備隊とは魔導国最強の治安維持部隊。こんな大事件を三十分も放置するような機関ではない。
しかしジーストはそんなことどうでも良いらしい。
「それで、ゼンデルクさんは?」
「答えなさいよ。まあ、そっちだけど」
シスカは大地に倒れたゼンデルクを指さし、ジーストは満足げに頷いてそれに近づく。
「あー。死んじゃったか。僕がやりたかったのに」
「あんたが一向に来ないから倒しちゃったわよ。何してたのよ」
「んー。タイミングを見ていた。みたいな?」
「何言ってんの?」
やはりダメエルフだけあって、言い訳も意味がわからない。
サボっていた言い訳がこれとは、またまた降格してしまうだろう。
「まあ予定とはちょっと違うけど、軌道修正しよう」
「……?」
「ゼンデルクさーん」
ジーストはボロボロになったゼンデルクの顔を掴むと、持ち上げる。
「うーん。生きててほしかったけど、まあいいや」
物言わぬゼンデルクの亡骸と目を合わせ、ジーストは薄い笑みを浮かべた。
「誘拐、障害、放火。児童虐待。魔薬密造、密売。ゼンデルクさんは死刑一択だ。というわけで、さようなら」
ジーストはそう言って、ゼンデルクの顔を握りつぶした。
何をしたかわからなかった。
ゼンデルクの顔を握りつぶし、胴体を乱雑に蹴とばす。
悪人の死体であるとはいえ、魔導警備隊員が乱雑に扱っていいはずがない。
なぜ急にこんなことをしたのか、誰も理解できず目を見開く。
「ジースト、にゃにやってるの?」
「そ、そうよ。死体を乱雑に扱うほどクズじゃないでしょ!」
「そうだけど、ゼンデルクさんを殺したのは僕じゃないと」
ジーストはどこか要領を得ない返答をした。
魔導警備隊員として、やってはいけないことをジーストはやったのだ。
先日も魔薬使用者を独断で処分したこともあった。このエルフは何かがおかしい。まるで――。
「……別にこのままでも良いかな、とは思ってた」
ジーストはゆっくりと、ウィル達を見回した。
「子供達が力を合わせて、ゼンデルクさんを討伐。魔薬騒ぎも解決してめでたしめでたし。最良な結果だろうね」
「そうに決まってるでしょ。何言ってんの?」
その言葉の意味は、誰にもわからない。
付き合いの長いシスカですら、意味がわからなかった。
「でもそれだと僕の利益が最大化しないでしょ」
「はっ?」
その瞬間、ウィルは恐ろしく嫌な予感がした。
戦闘が終わっても、ウィルは同化召喚を解いていなかった。解きたくなかった。
そう思ってしまったのは、本能が叫んだから。つまり、まだ戦いは終わってないと、本能が叫んで――。
「みんなっ、逃げて!」
ウィルは反射的に叫んだ。
しかし全員、すぐその意図を汲んで動くことはできなかった。
「さて、始めよう。第二ラウンドだ」
ユキカゼ、シスカ、シュナ、テロン。
四人の子ども達が、その言葉と共に一斉に意識を失い大地に倒れた。
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