第百三十六話 子供達VSゼンデルク

 それは、S級冒険者の本気であった。


 幼い子供達を処分するために、ゼンデルクは大人げなくも同化召喚を発動した。

 シルクに次ぐナンバー2。その必殺技とも言える同化召喚。


 威圧感は、並ではない。


「もう骨も残らない。全てを、燃やし尽くしてやる!」


 マグマスライムと同化召喚を果たしたゼンデルクは、一見変わったところはないようであった。

 しかしすぐに気づく。肉体が、スライムに変化していると。


 マグマスライムの肉体を手に入れたゼンデルクは、その火で全てを滅却すると宣言。獰猛に笑いながら、ウィル達を見下ろしていた。


「なんて、威圧感よ。こんなのまともに戦っていられないわ。逃げるわよ!」

「間違いない!」


 シスカとウィルは、すぐさま逃げる判断を下す。

 シュナを救出した以上、もう戦う必要はない。全員で協力しての逃走が最善だ。


 ユキカゼ、テロンともアイコンタクトを取り、すぐさまの撤退を図る五人。


「逃がすわけないだろう」


 しかしゼンデルクは、一つ上を言った。


「『火檻』」


 その言葉と共に、周囲を囲むように炎の壁が出現した。

 四方八方。ぐるりと囲まれた火の壁。ウィル達を閉じ込める、檻とも言えるものだ。


「『送還・バーニングゴーレム』……さて。準備は整った。一人一人、丁寧に叩き潰してやる!」


 ゼンデルクは逃げ場を封じた。

 これから始まるのは凄惨な虐殺だ。

 ゼンデルクという圧倒的強者が、未来ある子供達をなぶり殺す悪逆だ。


「……しょーがない。ウィル、やるよ」

「ユキカゼ? でも」

「五人もいる。みんなで力を合わせて、打倒する! それしか、ないでしょ」


 その言葉に、ウィルは歯噛みした。

 その通りだ。この恐ろしい熱量を感じる炎を壁を、突破する手段をウィルは持っていない。ユキカゼも、テロンも、シュナも難しいだろう。


 あるとすれば、シスカの結界。

 だが可能だろうか。シスカは炎の壁を見て、苦い顔をしている。できるとしても、それはすぐではない。


 つまり、ゼンデルクとは戦わねばならない。


「魔導警備隊は呼んであるんだもん。ちょっと時間を稼ぐだけだよ」

「そっか……そうだよね。バーニ」


 シスカがジーストに助けを求めた。

 それに屋敷が吹き飛ぶほどのことが起きれば、周囲の者も魔導警備隊に駆けこんでいるはずだ。

 休業中の工業地帯と言えど、誰かしらいるのは間違いない。

 

 そう希望を胸に抱き、ウィルはバーニを呼び寄せ騎乗する。


「私が癒やすわ。サポートも任せて」

「私が守るわよ」

「俺もやってやる! 『召喚サモン・レオ・ホーク』」


 シュナも、シスカも、テロンも戦闘態勢に入った。

 五人は固まり、ゼンデルクと相対する。

 逃げ場はなく、敵は容赦をしない。五人であっても勝率は低い。

 だがやるしかない。


「準備は良いか? ではお前達がどれほど矮小で愚かな存在なのか、その身に教え込んでやる」


 ゼンデルクも醜悪な笑みを浮かべながら襲いかかってきた。

 肉体は人の形を崩し、うごめくマグマの粘液となる。

 膨張させ、その肉体でウィル達を包み込もうと襲来した。


「――『守護結界』!」


 それを防ぐのはシスカだ。防御最強のシスカの結界。

 これで全員の命を守る――。


「むだだああああアアア!!」

「っ。みんな退避!」


 シスカの号令で、全員その場から走り出す。シスカも守護結界を解除すると、身体強化全開で逃げ出した。


「嘘でしょ。守護結界でも、無理なんて……」


 もしあのまま守護結界で耐えようとしていれば、数秒で破壊されていただろう。

 ウィルの全力でも破壊できなかった守護結界を、ゼンデルクは一瞬で破壊できる。


 それが、大人と子供の差。

 ゼンデルクとシスカの差だ。


「ごめん。私じゃ防ぎきれない」

「しょうがないよ。みんな、回避で!」

「おー!」


 幸い動きは鈍い。身体強化を全力で使い、全員で連携すれば回避は可能だろう。


「『光柱』!」

「『氷結砲』!」

「ホーク、やれ!」


 距離を取り、非接触の攻撃を浴びせる。

 これを繰り返して、魔導警備隊が現着するのを待つのが今の最善だ。


 マグマの肉体を持つゼンデルクに対して、接触するタイプの攻撃はできない。

 用いる限りの遠距離攻撃を駆使して、対処するしかなかった。


「効かないなああああ!!」


 だが無意味だ。


「『保護結界』! みんな退避!」


 襲いかかってくるゼンデルクに対して、簡易結界をシスカは張り、それが稼ぐ僅かな時間を利用して全力で退避する。


「ちょこまかとおおお!! 逃げるな、クソガキ共が!」

「まともに戦うわけないでしょ! 『氷結結界』」

「『光柱』よ!」

「ええい『氷結砲』!」


 すばしっこく逃げに徹っし、チクチクと攻撃してくるウィル達に、ゼンデルクはブチ切れた。怒りながら暴れ、全てを破壊しようとする。

 だが動きが単調だ。怒りに我を忘れれば、その分だけこちらが有利になる。


 このまま魔導警備隊が到着するまで耐えられるか。

 そう思った瞬間だった。


「もう、逃がさん!! 『火檻・縮小』!」

「はあっ? 嘘でしょ!」


 逃げ回るウィル達に対し、ゼンデルクは火檻を徐々に狭めるというシンプルな対処法を取ってきた。

 じりじりとフィールドが小さくなり、逃げ場を封じ込められる。

 訪れるのは絶望だ。


「逃がさんぞお!! 全て、マグマに沈めてやる」


 逃げ場を封じ、ゼンデルクは再度襲いかかってきた。

 大きく体を広げ、ウィル達を飲み込もうとするゼンデルクから逃れる場所はない。

 ウィルは脳をフル回転させて対処法を考えるが、それより先にユキカゼが飛び出した。


「シスカ! サポートお願い!」

「たくっ。やるのね!」

「もち、ろん!!  『氷障壁』!」


 ユキカゼが生み出したのは、巨大な氷の壁。

 それはマグマの肉体を持つゼンデルクと激突し、大きく音を立てた。

 氷が蒸発していく音がする。ゼンデルクの攻撃は、受け止めきれなかった。


「やれってんでしょ! 『守護結界』!」


 それをシスカはカバーした。ユキカゼの氷障壁にかぶせるように守護結界を発動する。

 二枚の防御魔法。これにより、ゼンデルクの攻撃を防ぎきり、わずかに動きを止めた。


「バーニ!」


 そしてその隙に、結界の外に出ていたウィルが動き出した。

 バーニに騎乗したウィルは、動きを止めたゼンデルクに肉迫する。


「『光柱』!」


 空から放たれるのは、無数の光の柱だ。

 それはゼンデルクの体を削るが、スライムの肉体はいくら削ってもダメージを与えた気がしない。


「見えた――核!!」


 しかしそれでいい。特定の場所に攻撃を集中させ、肉体に穴を空けたことで、ゼンデルクの体内にあった核を発見した。

 スライム種と同化すれば、肉体が完全にスライムに置き換わる。それをウィルは、過去に一度だけ行ったイムとの同化召喚の経験から導き出していた。


 シュナの攻撃で露出した核こそが、ゼンデルクの弱点だ。


「『魔砲』十発!」


 近づける限界まで近づき、その核に向かって魔砲を放つ。

 そしてそれで終わらない。


「レオ!!」

「グルオオオオオオ!!」


 飛び上がったレオが、ゼンデルクの肉体に飛び込むと核に向かって噛みついた。

 等級Bを誇る魔物の噛みつきは、核の一部をえぐり取ることに成功する。

 体内に飛び込んだレオは送還することで安全を確保し、全員無傷でゼンデルクへの攻撃を完遂させた。


「どうだ!」

「核を攻撃できたけど……」


 逃げながら作戦を共有し、初見での連携攻撃。

 強大な敵に対して、力を合わせての攻撃だ。これなら少しは……そう、希望を持った。


「痛いぃぃぃいいい!! クソガキ、共があああああ!!」


 ゼンデルクは死ななかった。核を傷つけられた痛みに悶え、より怒り狂うだけだ。


「ウィル。核を攻撃したのに、なんでかしら?」

「攻撃力が足りなかったってことだね」

「もっと、ってことかよ」

「うん。そういうこと」


 ウィルの魔砲。レオの攻撃。それを食らってなお、核は破壊できなかった。

 つまりあれ以上の攻撃をぶつけねばならない。


「っみんな構えて! 来るよ!」

「ごろして、やるうううう!!」


 ゼンデルクは激高し、体内から一つの瓶を取り出した。


「あれは――」

「なに、テロン君?」

「魔薬だ!!」


 ゼンデルクが取り出したのは、魔薬の瓶。

 今魔都を騒がしている、違法薬物である。


 なぜそれをゼンデルクが持っているのか。それを考える間もなく、ゼンデルクは魔薬を飲みほした。


「おおおお。力が、力が湧いてくる。これなら、シルクにだって、勝てる気分だああ!!」

「魔力が高まってる。あれ、やばい感じがするよ」

「でしょうね。腐りきってもS級冒険者。そんな奴が魔薬なんて飲んだら……」


 最悪な事態が起こった。

 ただでさえ強いゼンデルク。それが魔薬を飲んだらどうなるか。


 決して倒せない化け物が誕生するだろう。

 狭い火檻の中で、そんな化け物を倒せるだろうか。無理だと断言できる。


「シスカちゃん。魔導警備隊はまだこないの?」

「もう来ないとおかしい時間よ。ジーストの野郎サボってんじゃないわよね」


 唯一の頼みの綱である魔導警備隊は到着する気配がない。

 魔導国の最強組織が、通報されてここまで到着しないことがあるか。

 ゼンデルクは大きく暴れているし、他の者からの通報があるのは間違いない。


 なのに、来ない。


「信じてやるしかないね。僕は準備完了だ」

「ってことは! ウィル、あれやるの?」

「うん。それでどうにか、ゼンデルクさんに対抗するよ」


 ウィルは息を吐き、心を落ち着かせた。

 未だ完全なコントロールはできない。攻撃を暴発させ、仲間を巻き込むリスクもある。

 しかしやらねば全員死ぬ。なら、やるしかない。


「『同化召喚・バーニ』」


 ウィルは同化召喚を果たし、バーニと融合した。

 兎耳を生やし、瞳も髪も肌も白くなる。ヒラヒラとした踊り子のような服を身にまとったウィルは、ゼンデルクを睨みつけながら呟いた。


「やるしか、ない」


 同化召喚を果たしてなお、勝ち目は薄いどころかないと言える。

 だが同化召喚で、一パーセントほど勝率が上がったのも確かだ。


「みんな。やるわよ!」

「全員で、生きて帰るよ!」

「傷ついても、私が治すわ」

「俺も、やってやる!」


 敵は強大。勝率は最悪。

 しかし全員諦めていない。


 その目には、全員闘志を燃え滾らせていた。

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