第百三十五話 テロン・エルマは己を知っている

「きゅう、きゅうっ!」


 バーニは必死だった。

 普段怠け者のバーニがここまで必死なことはあるまい。

 息を荒げ、目を血走らせる。それほどにバーニは必死に走っていた。


 目当てはシュナだ。この屋敷の地下に捕われているのは、バーニの嗅覚によって感知している。

 ウィルが時間を稼いでる間に、シュナを見つけ出して救出。そして脱出するプランだ。


 バーニが鍵だ。バーニがやらねば、全員死ぬ。

 それを理解しているが故に、どこまでも必死にバーニは地下を駆け回っていた。


 地上からは恐ろしい気配がする。ウィルが必死に戦っている気配。そして、ボロボロになったウィルの気配。

 すぐにシュナを救出せねば、ウィルが死ぬ。

 故にバーニは、過去一必死だった。


「きゅ! きゅううう!!」

「……っ。バーニ?」


 全力で動き回り、ようやくシュナを発見した。

 入り組んだ地下室を走り抜け、最奥の牢屋に閉じ込められたシュナとバーニは対面する。


「きゅうぅぅ。きゅっ!!」


 そしてすぐさま、バーニは鉄格子に向かって体当たりした。

 何度も何度も。鉄格子を破壊しようと全力で体当たりをする。


「バーニ。無理しちゃだめよ!」

「きゅう!」


 バーニは血を流しても気にしなかった。鉄格子にぶつかる度に血を垂れ流す。

 とても痛いはずだ。しかし我慢した。ここで無理をしないといけないと、賢いバーニは知っているから。


「きゅうっ――きゅうううううう!!」


 そしてついに、ボロボロになりながらバーニは鉄格子を突破した。

 勢い余って地面に激突しながらも、笑顔を浮かべてシュナを見つめる。


「バ、バーニ。だいじょうぶ?」

「きゅ」


 駆け寄ってきたシュナに対して、大きく頷くバーニ。

 体から血を垂れ流しながらも、バーニは健気に笑っていた。


「と、とりあえず、この縄切れるかしら?」

「きゅ!」


 バーニを案じつつも、今やるべきことをシュナはちゃんと実行する。

 シュナを縛っている縄。これこそが魔法が使えぬ元凶だ。それしか考えられない。故にその縄の切断を、バーニに任せた。

 普段人参を食べまくって鍛えた鋭い歯は、いとも簡単にシュナを拘束する縄を切断する。


「ありがとう! よし、魔法が使えるわ。すぐ治療しないと」


 この縄のせいで魔法を封じられていたシュナは、解放されたことで全身を循環する魔力を感じる。

 それにほっと息をつきながら、バーニを素早く治療した。


「テロン! 大丈夫?」

「ぐ、う……」

「ふぅ『治癒の波動』!」


 いつ死んでもおかしくないテロンの容態に、シュナは汗を流しながら必死に治療を施していく。

 もはや世界有数レベルの治癒魔法を扱えるシュナであれば、死なせることはありえない。

 牢屋からこぼれ落ちるほどまばゆい治癒の光は、シュナの高い練度を表していた。


「…………」

「テロン?」

「シュ、ナ? ……ご、めん」


 シュナの治癒魔法は、死にかけていたテロンを一瞬で治す力があった。

 そんな魔法で蘇ったテロンが真っ先に行うのは謝罪だ。


「俺が、弱かった。だから、こんなことになったんだ」

「なんでそうなるの? 悪いのはあのゼンデルクって人でしょ?」

「…………」


 テロンは何も悪いことをしていない。

 だがテロンは自分が悪いと思っている。

 それがシュナは理解できなかった。


「逃げましょう。ここから! ゼンデルクから!」

「お、れは……いい」

「行かないと死んじゃわ! テロンはそれでもいいの?」


 テロンはとてもひどい状態だった。一晩経っていたら死んでいてもおかしくないほどに。

 ここから逃げなければ、間違いなくテロンは死ぬ。

 シュナはそれを突き付けた。テロンは顔を歪めて恐怖していた。


「俺は……怖いんだ。逃げなくても殺されるかもしれない。でも逃げたら追いかけてきて殺されるんだ! 師匠は、そういう人になっちゃったんだ」

「それでも逃げないと! 私が、私達が守るから!」

「……守る?」

「そう。私達激獣傭兵団が、守ってあげるわ!」


 たとえゼンデルクであろうとも、激獣傭兵団なら問題ない。ゼンデルクと同じぐらい強い人が。否、凌ぐくらい強い人が何人もいるのだ。

 追いかけてきても返り討ちだろう。だがテロンの顔は晴れない。


「でも……」

「私もね。そうだったわ」


 だからテロンの目を見つめながら、シュナは言った。


「え?」

「小さな牢獄に捕らわれて、殺されかけた。それをウィルが救ってくれたの。傭兵団のみんなが助けてくれたわ」


 シュナが語るのは己の半生。テロンのように、囚われていた日々の話だ。


「大丈夫よ。怖いものなんて何もない。ここから逃げないと、未来はないわ」


 シュナはテロンに手を差し出した。


「ここから逃げましょう! ウィルが、私のヒーローが来てくれたわ! だから、大丈夫!」

「……なんでだよ。俺なんか、ほっといていいのに」


 テロンはわからない。シュナとの付き合いなんて短い。ウィルとの付き合いだってそうだ。その上差し出してくれた手を、一度振り払っている。


 なのになぜ、こう言ってくれるのか。なぜ、助けてくれるのか。

 テロンは、わからない。


「そんなの、見捨てられるはずがないでしょ!」

「見捨てろよ! 俺なんて!」


 テロンは救われるほど高等な人間ではない。

 テロン以上に救うべき人が、この世界には多くいるのだ。

 テロンは自分に、その価値がないと思う。

 それがゼンデルクの元で育った、テロンの価値観だ。


 だがシュナは、叫んだ。


「無理! 友達だもん!」

「あっ? ……とも、だち?」


 シュナの答えはとてもシンプルだった。


「そう。私は友達が少ないから、テロンっていう友達ができて嬉しいわ」

「っ――」


 その言葉に、テロンの頬を雫がつたった。

 持っていたゼンデルクへの恐怖が、溶けて消えていくようだった。


 テロンはゼンデルクだけが全てではない。ちゃんとあるじゃないか。

 仲間が、友達がいる。それを突き付けられたテロンからは、不思議と恐怖心が消えさった。


「ウィルベルも友達って言ってくれんのかな」

「もちろんよ! シスカもユキカゼだってそう。だからここから逃げ出して、またみんなで遊びましょう」

「……そうだな。本当に、そうだ」


 こんな良い友がいるなら、怖いものなんて何もない。

 テロンはシュナの手を取って、立ち上がった。



 ◇



 不味い。非常に不味い状況だ。


「雑魚が! 俺に逆らう資格もないゴミ共が!!」


 ゼンデルクは叫んでいた。勝利を確信でもしているかのような高笑いだった。


「ユキカゼ! 大丈夫!?」

「だい、じょうぶ!!」


 現在ユキカゼは、単騎でマグマスライムと戦っていた。

 だが防戦一方。勝てる気配は微塵もなく、いつ瓦解してもおかしくない状況だ。


「シスカはシスカの、戦いに集中して!」


 そしてシスカも似たような状況だ。

 バーニングゴーレムと戦っているシスカも、ギリギリで抑えている状況。


「『牢獄結界』!!」


 バーニングゴーレムを結界の中に捕らえているが、これは守護結界ほどの耐久がない。

 メチャクチャに結界を叩いているバーニングゴーレムを抑えておけるのは、あと数分程度だろう。


 つまり非常に不味い。


 ユキカゼはマグマスライムに防戦一方。

 シスカはバーニングゴーレムをあと数分抑えておける程度。


 いつ瓦解してもおかしくない。

 魔導警備隊が到着する気配はなく、希望は一切見えない状況だ。


「くぅ……ウィルも治療しなきゃだし。誰か、来てよ!」


 何か。何か希望が欲しかった。

 この現状を打破してくれる――何か希望が。



「――『光柱』」



 その時、空から光が降り注いだ。

 マグマスライムとゼンデルクに対し、何発もの光が着弾する。


「え?」

「みんな!」


 瓦礫に埋まった地下への階段。それを弾き飛ばしながら、バーニ。そしてシュナとテロンが現れた。

 突如現れたシュナ達は、急いでシスカの元へと走る。


「シュナ? どうしたのここで?」

「捕まってたの。それより……ウィル!」

「そう、ウィルよ! ウィルを治療してあげて」

「まかせて!」


 情報交換をする前に、倒れ伏したウィルへとシュナは駆け寄る。

 気を失うほどの酷い怪我だ。しかしシュナならば大丈夫。


「『癒やしの波動』――ウィル」


 一流の治癒魔導師と同レベルの魔法を扱えるシュナの手に掛かれば、ウィルの怪我も問題ない。

 凄まじい練度の回復魔法は、ボロボロのウィルを一瞬で完治させた。


「ん、シュナ、ちゃん?」

「ウィル。大丈夫?」

「うん。シュナちゃんは?」

「私は大丈夫。ウィルの方が大丈夫じゃないわ」

「そっか。よかった」

「よくない!」


 だがここまでの会話ができるならもう大丈夫だろう。

 ウィルはどうにか起き上がり、隣で伸びていたイムを抱き上げる。


「イム、だいじょうぶ?」

「ぷ、ぷる。からだ、ちっちゃくなっちゃった」


 手のひらサイズまで小さくなってしまったイム。

 核は無事だが、肉体を吹き飛ばされてしまった故にサイズが小さくなった。

 体がどこにいったかわからない以上、回復するまで数日待たねばならないだろう。

 もうイムは戦力として期待できない。


 ウィル達はボロボロだ。

 しかし全員無事である。それなら全て問題なしだ。


「シスカちゃん。逃げるよ」

「もちろんよ! でも……」


 ウィルも動けるようになった。シュナも救出。こうなれば逃走一択である。

 しかしシスカは、険しい顔をしていた。その視線の先にあるのは土煙。


 光柱を連射したことで、土煙が巻き起こり、ゼンデルク達の姿を覆い隠していた。


「テロンが……」


 シスカは、そう呟く。

 土煙が晴れていく。


 そこには不意打ちで光柱をくらったことで、血を流すゼンデルク。

 そしてそれに対峙するテロンの姿があった。


「おい、テロン。俺の見間違いか? あのシュナというガキと一緒に地下室から出てきたな。まさか、俺に敵対するとかないよな? おい」


 ゼンデルクは、攻撃してきたシュナなんか眼中になかった。

 その目は、相対して睨み付けてくるテロンだけを見つめていた。


「俺の見間違いだよな? お前は俺の弟子だ。シルクを超える、最強になる男だ。そうだろう?」

「……こんなこと、もうやめましょう。師匠」


 テロンは震えながら、そう叫んでいた。


「止める? こうしないとお前は明日負けてしまうじゃないか。お前は最強になるんだぞ。シルクを超えるんだぞ。こんな所で土をつけちゃだめだ」

「そんなズルして、取る頂点に価値なんてないです!」

「ある! 今弱いのはしかたない。俺がこうしてカバーする。将来強くなったとき、敗北のない経歴にお前は感謝することになるんだ! 俺が完璧な召喚士にしてやる!」

「そんなの、俺は望んじゃいません!」


 テロン・エルマは己を知っている。


 本当はこんなこと嫌だった。ゼンデルクの人形となって、見ないふりをしていただけだ。

 今、心の底に封印していた自分をさらけ出さないといけない。


 そうしないと、一生ゼンデルクの操り人形だ――!


「っ俺の――俺の友達を傷つけてんじゃねえ!! ぶっ殺すぞ、クソ野郎!!」


 テロンは叫んだ。


「あ?」


 静かにブチ切れたゼンデルクから、目を逸らすことなく己をぶつけた。

 体が震えていた。だけど目線は逸らさない。

 恐怖が体を支配する。だけど、立ち向かった。


 こうしないと、解放されないから。


「…………もういい」


 ゼンデルクは、小さく呟いた。


「お前は失敗作だ! このガキ共もろとも――処分してやる!!」


 テロンの言葉は、ゼンデルクのスイッチを入れてしまったのだろう。

 激高したゼンデルクは、魔力を高ぶらせて叫んだ。


「『同化召喚――マグマスライム』!」

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