第百三十四話 シスカとユキカゼ
二人がウィルを見つけたのは、単なる偶然だった。
魔闘技大会で賑わう魔都を二人は楽しみ、射的をしている最中のこと。ユキカゼが見つけたのはコソコソと動いているウィルの姿だった。
普段であれば声をかけて一緒に楽しもうとするのがユキカゼである。しかし、今回ばかりは違う。
挙動不審だったウィルが気になり、気づけば尾行をすることに。シスカに褒められたことじゃないと言われながらも、共に尾行すること一時間。
ウィルがたどり着いたのは魔都の北部。工場などが立ち並び、魔闘技大会開催中とあってその多くが休業中の工業地帯だった。
一体ここに何の用事があるのかと首を傾げながら歩けば、最終的にゼンデルク邸へと到着する。
「ここゼンデルクの家よね。何の用かしら」
「うーん。……あれ、ウィルどこだろ?」
「あれ、本当ね。さっきまであそこにいたのに」
二人で顔を見合わせて考えていれば、ふと目を離したその瞬間にウィルの姿がかき消える。
「……見失ったわね」
「うーん。でも気になるな。あの家に侵入してみよっか」
「止めた方がいいわよ。あの家セキュリティやばいから。何を怖がってるのか知らないけど、蟻の子一匹入れないわよ」
「そっかー。んー」
さすがにウィルを見失ってしまった以上、尾行はやめて帰るべきだろう。
そもそも尾行など褒められた行為ではない。特に何かあったわけでもないし、引き上げるのが吉だ。
「もうちょっと。待ってようかな」
「えっ? もういいんじゃない?」
「でも……そうした方が良い。とあたしは思う」
ユキカゼは理屈で動かない。いつも己の感覚だけで生きている少女だ。
その勘が訴えかけていた。このまま帰れば、一生後悔することになると。
「……ほんと、あんたはわかんないわね」
「シスカは帰ってもいいよ。ここまで付き合ってくれてありがとね」
「最後まで付き合うわよ。あんたもウィルも、何か心配だし」
「そう? えへへ。シスカ大好き」
そう言って抱きついてくるユキカゼを、呆れ顔で撫で回すシスカ。
友人であり、妹のようなユキカゼを放っておくのは何か嫌だった。
そしてその二人の判断が、運命を変える――
――数十分後、爆発が起こった。
ゼンデルク邸は焼失し、そこにいるのはゼンデルク。そして瀕死のウィルだけだ。
絶体絶命だった。ウィルの死は決まっていたはずだ。
ユキカゼとシスカが、その場にいなければ。
「――『守護結界』」
未だ未熟な二人であるが、ウィルにとって心強すぎる援軍だった。
◇
「なん、で?」
「友達助けに来たに決まってるでしょ」
「そう! あたし、友達傷つける人許さない」
倒れ伏すウィルを守るように、シスカとユキカゼは立っていた。
驚きで目を見開くゼンデルクを睨み付け、一歩も引くことなく相対している。
怖いはずだ。たとえ二人であっても勝てないほどにゼンデルクは強い。怒り狂っている絶望と、対面しているのだ。
「おい、どういうことだガキ共」
「見て分からない? 援軍よ」
「そうだよ。あたしが倒す!」
「戯れ言を抜かすな! レイクの娘に異国のガキが! シルクの弟子ごと葬ってやる!」
援軍。しかしゼンデルクにとって、子供が二人追加された程度だ。
確かに才能がある二人であろうが、まだ未熟。成人もしていない子供に変わりなく、絶望などするはずがない。
「できるかしら? 魔導警備隊に通報しておいたわよ。ここで火災があったってね」
「あ?」
「すぐ駆けつけてくるわ。大人しく投降しなさい」
「…………」
無策ではなかった。
ユキカゼなら無策で突っ込んでいただろうが、シスカは違う。身内である魔導警備隊に通報する手段と伝手を持っているが故に、ちゃんと連絡をしていた。
あとは時間稼ぎをするだけで、魔導国最強の集団が駆けつけてくる手筈だ。
「……くそが」
「私の通報だから、きっとパパも来るわ。あんたに勝ち目なんてないから」
「そうだそうだー。さすがシスカ! 頼りになる!」
「私、ユキカゼほど馬鹿じゃないから」
ゼンデルクの顔が、初めて曇った。
思考力が落ちているゼンデルクも、魔導警備隊総隊長の『封極』を相手にすれば厳しい戦いとなる。
同等の力を持つ、特級魔導師。しかも魔導警備隊の層は厚く、誘拐、傷害、放火と犯罪を犯しに犯したゼンデルクを許さないだろう。
「……そうか」
「投降すれば、少しは罪も軽くなるわよ」
シスカの言葉に、ゼンデルクは溜め息をついた。
「……魔導警備隊が来る前に、全員殺そう。そうして再出発だ!!」
ゼンデルクはまともではなかった。
投降ではなく、全員殺して逃走を選び、眷属に命じた。
「ゴーレム。焼き尽くせ!」
「『守護結界』!」
そしてそうなるだろうと、シスカは理解していたのだろう。瞬時に結界を構築して、みんなを守る盾となった。
バーニングゴーレムの全てを焼き尽くす灼熱の中でも、傷一つつかない結界だ。
「へへへ。やるぞやるぞー。シスカ、支援お願い!」
「もちろんよ。さあ、時間稼ぐわよ!」
「おー!」
戦闘が始まった。敵は狂ったゼンデルク。こちらはシスカとユキカゼ。
才能あるとはいえ、幼い子供二人で魔導国屈指の実力者から時間を稼ぐのは激戦となるだろう。
「くだらん。マグマスライム。結界ごと飲み込め!」
「――!!」
結界を張って時間稼ぎを行うシスカ達に対して、ゼンデルクは動き出す。
バーニングゴーレムの攻撃を防いだシスカの結界だが、より上位のマグマスライムはどうだろう。
膨れ上がったマグマスライムは、結界ごと飲み込むかのように襲いかかってきた。
薄く体を伸ばし、そのまま展開された結界に張り付く。そして結界をマグマで溶かそうと、灼熱の肉体を大きく燃やした。
「くうっ――」
シスカは杖を握りしめ、顔を歪めながら結界を構築し続ける。
結界を灼熱で溶かそうとしてくるマグマスライムに対して、それを維持しつ続けるのは至難の業だ。
「シスカ大丈夫?」
「キツイわよ!」
シスカの結界魔法の練度では、マグマスライムにいずれ突破されるだろう。
そうなれば全員そろってお陀仏だ。
「ユキカゼ。あんたしか頼りはいないわ」
「わかった。合図したら、ちょっと結界解除して」
この状況を打破できるのはユキカゼだけだ。
それを理解し、ユキカゼは素早く走り出すと結界に両手を合わせる。
「いいよ!」
「頼んだわよ!」
合図と共に、シスカは結界を解除した。それと同時に、飲み込もうと襲い来るマグマスライム。
ユキカゼは、そんなマグマスライムの肉体に躊躇なく手を突っ込んだ。
マグマの肉体を持つスライムに対してそれは自殺行為以外の何物でもないだろう。しかし、ユキカゼならば話は別だ。
「はあああっ『大氷結』!!!」
マグマスライムの肉体に手を突っ込みながら、ユキカゼは魔法を全力で唱えた。
それは最大出力の氷魔法。マグマスライムを丸ごと凍り付かせる威力を誇った、ユキカゼの大氷結だ。
「でえええ、やああああ!!!」
そしてそれで終わらない。
ユキカゼは凍り付いたマグマスライムを持ち上げると、近くで佇んでいたバーニングゴーレムに向けて思いっきりぶん投げた。
「はぁ、はぁ。どーだ!」
「さすがユキカゼね。大丈夫?」
「魔力。やばいぐらい使った」
マグマスライムを氷漬けにし、それをぶん投げるための身体強化。最高出力で魔法を使ったことで、息を荒げるほどに魔力を使ってしまった。
それにこれは、一歩間違えば全身丸焦げになる荒技だ。薄氷を踏むような芸当を、ユキカゼが一発で成功させた。
イカれているとしか言いようがない。しかしそうでなければ戦えない。
ゼンデルクは凡人の身で戦えるような、楽な相手ではないのだ。
「やったかしら?」
「なわけないよ」
シスカは一応そう言ってみた。しかしすぐにユキカゼが否定する。
凍り付いたマグマスライム。それをぶち当てられたバーニングゴーレム。だがまったくもって、倒せた気配がない。
「よく、わかっているじゃないか」
ゼンデルクも笑っていた。そしてその高笑いに呼応するように、凍り付いていたマグマスライムは動き出す。
ボコボコと溢れ出すマグマの肉体。氷を溶かし、姿を現したマグマスライムは当たり前のように無傷である。
「俺のマグマスライムは死なない。不死のスライムだ。ガキの分際で殺せるはずがないだろ!!」
「めんどくさ!」
思わずそう言ってしまうほどに、めんどくさい。
殺しても死なない敵なんて、どう対処すればいいのだろう。ユキカゼの攻撃でも傷一つなく、シスカの結界を突破する攻撃力も併せ持っている。
最悪の敵だ。
「魔導警備隊はいつ来るのよ……」
シスカはそう呟いて、周囲を見渡した。
別にゼンデルクを打倒する必要はない。魔導警備隊が駆けつけてくるまでに耐えればそれで勝ちだ。
しかしその頼みの魔導警備隊が現れる気配が一向になかった。
「ジーストに連絡したのに」
口の中で消え入るほど小さな声でシスカは呟き、顔を歪ませる。
シスカが今唯一連絡が取れたのが、ジーストという魔導警備隊員だ。
非常にダメエルフな上にポンコツと、救いようのない馬鹿だが、緊急事態ならちゃんとしてくれるエルフのはずだった。
シスカも彼の元で世話になっており、その性格は理解している。
普段は怠け者の彼であるが、やる時はやる奴だと知っている。
なのになぜだろう。必死にシスカは訴えたのに。屋敷が吹き飛んで、倒れているウィルが見えるとジーストに伝えたのに。
なぜ、魔導警備隊は駆けつけてこないのだろう。
「信じるしかないわ。ユキカゼ。行ける?」
「もちろん。ウィルを守る。みんなで生きて、楽しいことを沢山する! そのために、あたしは頑張る」
「私もやるわ。行くわよ! 『氷結結界』!」
「『氷竜』!」
シスカとユキカゼは、全身全霊でゼンデルクに立ち向かっていた。
希望が来ると、信じながら。
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