第百三十三話 友達

 ゼンデルク・バーモンドは腐りきってもS級冒険者である。

 シルクには及ばないというだけで、その強さは並ではない。たとえコブロとの同化召喚をしたとしても、ウィルは勝てる気がしなかった


 それなのに、今のウィルにはバーニとイムしかいない。

 コブロがまだ戦える体調ではない以上、この二体のみで本気のゼンデルクを倒すことを求められた。

 無理だ。不可能だ。それは妄想の先にある、お伽噺のようなものだろう。


「『召喚サモン・バーニ』」

「きゅ!」


 だが、やらねばならない。ここで勝たねば、幸せな明日はやってこないのだから。


「そんな兎になにができると言うのだ。ゴーレム、焼き尽くせ!!」

「ギ、ガガガガ」

「イム、守護変化!」


 バーニングゴーレムがまず動いた。燃えさかる両腕を、ウィル達に向かって振り下ろす。

 それは人なんて簡単に潰して焼き尽くす威力だ。


「ぷ、るう―!」


 だがイムならばギリギリ防げる。ドーム状に肉体を変化させ、ウィル達を守る盾となった。


「さすがイム!」

「……頑丈なスライムだ。マグマスライム。格の違いを教えてやれ」


 バーニングゴーレムの攻撃を防いだイムに対し、ゼンデルクは舌打ち一つしてさらに戦力を投入してくる。

 号令と共に解き放たれるのは、等級Sを誇るゼンデルクの相棒、マグマスライムだ。


「――!」

「イム。僕に装備変化」

「ぷる!」


 イムを食らおうと、襲い来るマグマスライム。それに対してウィルはすぐさま命令を下す。

 イムは瞬時にウィルに纏わり付くと、身に纏う透明な鎧となった。


「とうっ」

「――!?」


 イムのサポートを受け、さらに身体能力が向上したウィルは、一気にその場から跳躍する。

 あまり速くないマグマスライムは、勢いよく何もない地面にダイブすることとなった。


「『魔砲』!」


 その隙を、逃さない。

 ウィルが放つのは、限界まで威力を高めた魔砲十発。コブロなき今、現時点での最高打点だ。


「はあああっ!!」

「なにっ?」


 屋敷が倒壊しても構わないという意識で放ったそれは、マグマスライムもろとも周囲の部屋を吹き飛ばした。


「馬鹿なことを!」

「僕は、馬鹿だよ!」


 そうでなければ、マグマスライムは死なないと知っているからしたまでだ。

 壁がぶち抜かれ、大部屋と化した室内。天上が吹き飛び、二階部分まで露出している。

 それほどの威力だ。そうでなければ仕留められな――。


「――馬鹿なことをしても、結局は無駄だ」

「――!!」


 煙が晴れた。そこにいたのは、無傷のマグマスライムだった。

 ゼンデルクは笑っている。この程度でマグマスライムが死なぬとわかっていたのだろう。

 ウィルは冷や汗を掻きながら舌打ちした。


「さすがに、頑丈すぎるよ」


 間違いなくイムよりも頑丈だ。防御力には定評のあるスライム種。その頂点である等級Sならば、これぐらいで死ぬはずがなかった。


「コブロがいないと」

「あいつ、イム達のこーげきたんとー!」

「本当に、いなくなると痛感するよ」


 コブロがいれば、マグマスライムに傷を負わせるぐらいはできただろう。

 バーニのように、同化召喚に時間が掛かることも、コントロールが難しいということもない。


 だがその分、無理してしまうのだ。

 無理して、限界を超えて無理して、その結果体をぶっ壊して現在戦闘ができない。

 しかしある意味良かっただろう。今回の戦いでも、限界を超えた無理をしてしまうのは間違いない。そうなったらもう、二度と復帰できないかもしれないのだから。


「イム、やるよ」

「ぷる!」

「あいつはまだ、気づいてない・・・・・・。僕達は派手に暴れるだけだ」

「ぷる!!」


 身に纏ったイムにサポートしてもらいながら、ウィルは縦横無尽に駆け回る。そして魔砲を放ち続けた。


「無駄、無駄。無駄だ!! やれ!」


 マグマスライムとバーニングゴーレム。それにゼンデルク。

 全員に対して魔砲を放つが、仕留められる気配はない。降り注ぐ魔砲を物ともせず、ゼンデルクに放ったものもマグマスライムに防がれる。


「防がれる。でも、僕達も避けられる」

「ぷる!」

「このまま逃げ続けるよ」


 防がれても良い。敵は動きが遅く、走り回るウィルに対して攻撃が当たっていない。つまり膠着状態だ。

 時間はウィル達の味方。この状態を維持することが、ウィル達の勝ちに繋がるだろう。


「ああ――もういい」


 ゼンデルクが、考えを変えるまではの話だが。


「ちょこまか動きやがって。屋敷は建て直す。ゴーレム。全てを爆撃しろ」

「ギガガガガ!!」


 逃げに徹すれば膠着状態にできる? そんなはずがない。

 ゼンデルクは腐り落ちてもS級冒険者だ。速いだけの敵など今まで幾度となく戦ってきた。

 故にそういう敵への対処法は確立してある。

 シンプルに、全てを攻撃すればいい。


 自分の家を焼却することになるので躊躇していたが、もういい。

 ウィルを殺すことが先決である。


「まずいっ!」

「逃げ場などない。焼き払え!」


 ゼンデルクは命令を下した。ウィルは全力で警鐘を鳴らす本能に従った。


「イム!」

「ぷる!!」

「――ゴオオオオオオオオオ!!!」


 その瞬間、バーニングゴーレムを中心に爆発が巻き起こった。

 周囲一帯を焼却する恐るべき業火。何百億と掛かっていそうな屋敷を、ゴーレムは躊躇なく焼き払った。

 屋敷があった形跡すらなく、そこにあるのは焼け野原。


 その威力は凄まじい。この場に立っているのは、それをなしたバーニングゴーレム。そしてマグマスライムをドーム状に展開して身を守ったゼンデルクのみだ。


 その爆発を一身に受けたウィル達は、もちろん無事ではない。


「ぐ、うぅ……」

「ご、しゅ、じん」


 地面にウィルとイムは倒れていた。

 死んでいないのは、イムが身を挺して守ったから。それでも二人とも重傷だった。


 ウィルは大きく火傷を負い、動けない。

 火に耐性があるはずのイムですら、肉体を吹き飛ばされて弱体化。


 決着は一瞬でついた。

 勝てずとも、少しは渡り合えるつもりだったのだ。

 だがウィルは、まだ弱い。S級冒険者に勝てるほどの強さを有していなかった。


 その結果がこれだ。


「バー……ニ」


 あと少しだった。

 こっそりウィル達から離れたバーニが、臭いをたどってシュナを助けに行っていた。

 時間稼ぎをして、救出できれば、ここから逃げ出せた。

 だが、足りない。ウィルではまだ、足りない。


「ああ良かった。息はあるか。では目の前でシュナというガキをバラバラにするショーを見せてやろう。悲鳴を聞きながら、死ね」

「あ、う、ま」

「全部シルクが悪いのだ。俺よりも強いから。俺に絶望を与えたから!! こうなって、しまうのだ!」


 そんなはずがない。悪いのは全てゼンデルクだ。

 シルクを越えることを諦め、邪道に墜ちたゼンデルクだけが悪い。


 だがそんな邪悪を倒す力が、ウィルにはない。なぜ、ないのだろう。

 弱いことが、憎かった。


「う、うぐぅ……」

「そうだ。まずは両足を潰しておくか。決して逃げられぬようにな」


 ゼンデルクはゴーレムに命じた。

 バーニングゴーレムはゆっくりとウィルの前に歩むと、腕を振り上げる。


 あれで潰されたら痛いだろう。回復魔法で治そうにも、治癒限界がきて治せないかもしれない。

 ウィルは終わりだ。もう激獣傭兵団の正式な団員にはなれない。

 シュナも助けられない。幸せな明日は来ない。


「ゴオオオオ!!」


 その光景が、スローモーションに見えた。

 振り下ろされるゴーレムの腕。醜悪に笑うゼンデルク。弱い自分。色んな景色が見える。

 命が潰える音が、聞こえた気がした――。


「――『守護結界』」


 ゴーレムの腕が、ウィルの足を潰すことはなかった。

 透明な壁に、その腕が遮られていたから。


「私の友達に、何してるのかしら?」

「ウィル。大丈夫ー?」


 そしてウィルを守るように現れた二人の少女。


「え?」

「何かよくわからないけど、あんたは敵ね。テロンのお師匠さん」

「ウィルとスライムちゃんにこんなことして、絶対許さないからね!」


 現れたのはシスカ・ロートネックとキサラギ・ユキカゼ。

 ゼンデルクという強大な敵と相対しても、二人は恐怖一つ見せずに睨み付け、ウィルを守るように仁王立ちした。

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