第百三十二話 ゼンデルク討伐戦

 魔都の外周部。その北部。

 入り組んだ建物が乱立するここに来るのは、ウィルにとって初めてのことだ。人があまり住んでいない。恐らく工業地帯なのだろう。

 それも魔闘技大会の決勝前とあってその多くがお休みのようだ。


 そんな北部にて、一番目立つ建物はどこか趣味の悪い屋敷だった。

 物陰からその屋敷を、ウィルとイムは観察する。


「ぷる。あれ、なんだ?」

「屋敷……表札に書かれた名は、バーモンド。ゼンデルクさんの名字だ」


 つまりここが、ゼンデルク・バーモンドの家ということだ。

 S級冒険者に相応しいほど大きな屋敷。ジーストの言葉通り進めば、ここにたどり着いた。

 ここに来れば、ウィルの悩みは解決するとジーストは言っていたか。


「ジースト、なんでごしゅじんを、ここに連れてきたのだ?」

「……そうだね。なんで、だろ」


 ジーストの言葉の意味を考えようとする。しかしなぜか、頭が痛くなった。

 靄が掛かったように、思考が纏まらない。


「わかんないな。でも、ここが目的地。シュナちゃんはここにいるよ」

「なんでわかるのだ?」

「……なんでだろ。でもジーストさん、そう言ってたし」


 どうも上手く、言葉が出ない。ジーストと遭遇してから何か変だ。

 自分でも違和感を感じるが、それについても考えられない。ただイムが不安げに見てくるだけ。


「行こう……イム」

「ぷ、ぷる。ごしゅじん、でももっとしんちょーに」

「あ、うん。そうだね。その方が、いいかな」

「ごしゅじん……ちょっと変だぞ」

「そう、だね。うん。まあ、大丈夫。今はシュナちゃんだよ」


 思考が纏まらないが、今何をしないといけないかはわかる。

 シュナを助ける。それだけはブレてはいけない。そのために、ウィルはここにいる。そう考え、イムに向き直った。


「侵入する。イム、お願い」

「ぷる。バレないこと、ゆーせん」


 静かに侵入し、シュナがいるか確かめる。可能なら救出。そのプランで動くことを決定した。

 それと同時に、すぐさまイムはウィルを食う。


 胃袋の中にウィルをいれ、スライム形態になったイムは、そのまま地面と同化して静かに屋敷へと侵入した。


「ぷる、ぷる……」


 S級冒険者の屋敷とあって、内部のセキュリティはしっかりしているらしい。

 しかしイムは王宮にすら侵入できるスライム。様々なセキュリティも無問題だ。


 監視カメラは地面と同化してスルー。魔力探知も引っかからない。高い柵もなんのその。扉の隙間から開けることなく侵入も可能だ。

 屋敷の中に入り、道なりに進む。内部には人の気配がなく、少しばかり埃っぽい。これほどの屋敷なら使用人が十人ほどいるかと思ったが、そうではないらしい。


「しゅみ、わる」


 そして思わず呟いてしまうほど、内部の趣味は悪かった。

 まるで権力を誇示するかのように、高そうな絨毯。ゴテゴテした装飾品まみれの壺。何かの絵。

 金にものを言わせてかき集め、センスのない者が適当に配置したかのような有様だった。


 そんな屋敷を景色に同化しながら這いずりまわり、内部をくまなく探索する。

 シュナの気配どころか、人の気配がない。まさかジーストに騙されたのかとも思い始めた。


「ぷる……?」


 一端外に出るべきかと考えた次の瞬間、イムは何かの声を拾った。

 恐らくある程度年を取った男。よく考えればゼンデルクの声に似ている。


 イムは少し考えて、その声の方向に進み出した。



 ◇



「くそ。なぜテロンはわかってくれない。あいつのためにやっていることなのに!」


 ゼンデルクはそう、上手く行かない現実を嘆いていた。

 なぜ手塩にかけて育てた弟子が逆らうのか。なぜウィルなどという存在が現れたのか。なぜシルクに勝てないのか。


 全ての現実が憎らしい。全てを無にしたいという破壊衝動すら感じる。

 それでも無理矢理冷静になって、ドカっと椅子に座っていた。


「おい。シルクの弟子はどうしている?」


 八つ当たりするように、ゼンデルクは机の上に鎮座していたスライムに声をかけた。


「…………」


 ゼンデルクの眷属。マグマスライムは、その問いかけにゆっくりと体を上げる。

 そして己の体内から、一枚の鏡を取り出した。

 それが映し出すのは、ウィルの姿だ。ウィルがどこにいようとも、マグマスライムの分体が監視する。その分体の見ている光景を、鏡に映し出す魔道具と魔物の連携技である。


「……ん。何も映っていないではないか」

「……?」

「お前が監視しているはずだっただろう。なんだこれは?」

「……?」


 マグマスライムは、その問いかけに首を傾げていた。

 確かにウィルの監視の任務を承った。その途中。変なエルフと遭遇してから何かがおかしくなった。


 鏡に映像が映らなくなり、ウィルを見失う。そしてそれを疑問に思わない。

 ウィルを見失っても、それをゼンデルクに報告しなくても良いとなぜか認識していた。


「見失ったのか? なぜだ。まさかあいつ、シルクに言ったのではないだろうな?」

「……?」

「なぜだ。なぜこうも、上手く行かない!」


 ゼンデルクは非常に平穏な手段を取ったはずだ。

 誰も傷つくことなく、テロンが優勝する素晴らしい作戦だったはずだ。

 それなのにウィルは逆らった。この世界は不条理だらけだ。従っていれば全員で幸せになったものを。と、ゼンデルクは考える。


「……もういい。あのガキ殺すぞ。俺に逆らう怖さを教えてやる!」

「…………!」


 ゼンデルクは、溜め息をついた。

 そしてマグマスライムを身に纏い、シュナを閉じ込めている地下牢へと歩み始める。


 逆らったウィルに絶望を与えるために、どう残虐に殺してやろうかと考えた。バラバラにしてやるのもよい。あの美貌を、マグマで焼いてもよい。とにかくウィルが絶望し、逆らったことを後悔する結果が欲しい。

 ゼンデルクは醜悪に笑った。


「――ぷる」


 故にそれを、許さない。


「ごぼっ!?!?」

「!?!?」


 天上から突如として振ってきたスライム。それがゼンデルクの顔面にへばりつき、視界と呼吸。嗅覚までもを奪い取った。

 暗黒の中で呼吸を封じられれば、S級冒険者とてただではすまない。

 そしてそれで、終わらない――。


「――『魔砲』!!!」


 ゼンデルクに向かって放たれるのは、十発の魔砲。

 家すら倒壊させる威力のそれを、ゼンデルクは生身で食らった。


「『魔砲』!」


 さらに畳みかける。しかしこれでゼンデルクが死ぬはずがない。故に放つ。何度も放つ。

 死体すら残さぬ勢いで、魔砲は放たれ続けた。


「はぁ、はぁ。どうだ」


 ゼンデルクの死体すら残さない勢いで、ウィルは魔砲を放った。

 だがなぜだろう。手応えがない。


「…………ああ?」


 視界と呼吸を塞がれ、魔砲を何発もくらう。なのに魔砲によって発生した煙の向こうからは、変わらぬゼンデルクの声がした。


「邪魔だ!」

「ぷる!?」


 煙の中から、引き剥がされたスライム。イムが飛んでくる。


「お前、シルクの弟子だな。なにしてくれてんだ?」


 そして煙が晴れれば、そこには無傷のゼンデルクがいた。


「なんで、死なないの?」


 そう言うのはウィルだ。イムを抱きしめ、ゼンデルクを鋭い視線を睨んでいた。


「S級冒険者がこの程度で死ぬわけないだろ。舐めんなクソガキ!!」


 ゼンデルクは激高し、身に纏っていたマグマスライムからもボコボコと赤い液体が溢れ出す。

 不意打ちで確実に仕留めに掛かったウィルであるが、ゼンデルクは傷一つ付いていない。

 恐らくその要因は、身に纏うマグマスライム。


「なぜお前がここにいるのか。なにが起こっているのか。それは聞かないでやる。お前はもう殺す。そうすればテロンより強い奴はいなくなる。変なことをしなくて良かった。もっともシンプルな解決方法だ」

「イム!」

「ぷ、ぷる!」


 ウィルは一気に背後に跳び、一端その場から離脱しようとする。


「逃がすかクソガキ『召喚サモン・バーニングゴーレム』」


 だがゼンデルクは、ウィルが向かった扉の前に眷属を召喚した。

 それは燃える石の体を持つ、巨大なゴーレム。等級Aを誇るバーニングゴーレムだ。

 その召喚により、退路は断たれた。前にはバーニングゴーレム。後ろにはゼンデルク。まさに絶体絶命。


「まず四肢をもいでやろう。そしてその目の前で、シュナとかいうガキを丁寧に殺してやる。そして絶望に打ちひしがれながら、お前は死ぬのだ。俺に逆らわねば良かったという後悔と共にな!!」


 ゼンデルクの目はまともじゃなかった。完全にイカれた男の目だ。


「イム。……勝たないと、みんな死ぬ」

「ぷる」

「勝ちに行くよ」

「ぷる!」


 コブロ不在で勝てるビジョンは、まるで見えない。コブロがいてようやく勝負になるであろう、そういう差が両者にはある。

 だが負けは許されない。勝ち以外の全てが最悪の結末を迎えることになる。


 ゼンデルクという強者。

 否、もはやゼンデルクという名の魔物を討伐するため、ウィルは覚悟を決めていた。

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