第百三十一話 一つの手掛かり

 シュナにとってそれはまさに、青天の霹靂としか言いようがなかった。

 準決勝後にユキカゼとシスカと一緒に遊び、その帰り道。明日はウィルの応援だと意気込んでいたところで、急に謎の粘液に捕まり気づけば地下牢の中。


 何がおきたと目を白黒させるしかない現状だ。


「捕まっている。ということかしら。油断したわ……」


 混乱しつつも、まずシュナは冷静に現状を分析した。不思議な紋様が入った縄に縛られ、頑丈そうな牢屋に放り込まれている。外傷などは特になく、ただ捕まっているだけだろう。

 誰が、何のためにシュナを攫ったのか。


「犯人はあなたね」

「起きたのか……」


 それをなしたであろうクソ野郎が鉄格子の向こう側にいる。


「これは、どういうことかしら? テロンのお師匠さん」


 そこにいたのは、シュナも良く知る人物。S級冒険者のゼンデルクだった。


「もちろん全てテロンのためだ。弟子のために、身を粉にして働いているんだ」

「テロンの? 嘘」

「本当だ。テロンはまだ優勝できるほどの力がないからな。こうして俺は優勝させてやってるのだ。良い師だろう」


 ゼンデルクはそう自慢げに言い放つ。まだ子供である少女を攫い、それがテロンのためだと宣う愚か者。

 シュナは欠片も理解できなかった。


「私を攫って、どうするつもり?」

「なに、簡単なことだ。あのシルクの弟子が明日負けるよう要求するだけ。テロンに完膚なきまでに叩きのめされる姿を、大衆の面前に晒せとな」

「っ!」


 やはり目的はウィルだった。

 シュナを人質に、テロンを勝たせる。多くの観客の前でテロンが叩きのめせば、それで次世代の最強はテロンのものだろう。


「だが俺も悪魔ではない。お前のことを傷つけるつもりもないし、全てが終われば帰してやろう。俺は優しいからな」

「私は屈しないわ。ウィルに変なことをするなんて、許さないから!」

「ふん。この世界には記憶を消す便利な魔法もある。お前もシルクの弟子も。全て終われば記憶を消して仕舞いだ。俺の完璧な計画を侮るな」


 ゼンデルクはそう高らかに宣言した。そして醜悪な笑みを浮かべながら、シュナの前から消えていく。

 彼はこの計画を完璧なものと本当に思っているのだろう。少し考えればわかるほど穴が多いこの計画を。

 まるで何も考えずに衝動だけで動いているよう。

 明らかにゼンデルクはまともじゃない。どこかが完全に壊れた狂人だ。


「……ごめんなさい。ウィル」


 シュナは暗い地下牢の中で、己の弱さと葛藤していた。

 簡単に攫われたのは弱かったから。今、なぜか魔法が使えないのは未熟だからか。

 団長と一緒に頑張って、強くなった気でいた。しかしたかだか一か月修行した程度で、全ての困難を切り抜けられるほど甘くはなかった。


 静かな地下牢は、否応なしに己と向き合わせてくれる。ウィルに迷惑をかけるという事実が、シュナは何よりも苦しかった。


「――だと!」

「ん……?」


 そんな中、声が聞こえた。伏せていた顔を上げ、その声の方を見る。

 あるのは鉄格子だけだが、壁越しにも怒号が聞こえた。


 続いて何かを殴る、とても鈍い音だ。とても嫌な感じがする。良い予感はしない。シュナは震える体を鎮めながら、その声の方を見ていた。


 そして暫くすれば、一つの足音と何かを引きずる音が聞こえる。恐怖から、シュナは体を縮こまらせた。


「まったく。いつから俺の弟子はこんなに愚かになったのだ」


 顔を表したのはゼンデルク。そして引きずられたテロンだった。


「テロン!?」

「暫くここで反省してろ」


 ゼンデルクは扉を開けると、ボロボロになったテロンを牢に放り込む。冷たい床石の上に、テロンは汚物のように投げ捨てられた。

 シュナは縛られた身で駆け寄るが、すぐに血の気が引いてしまう。


「な、テロンに何してるの!」

「あ? テロンのためにここまでしているのに、こいつは俺に逆らった。どう言葉を尽くしても聞かないから、罰を与えたまでだ」


 それが物言わなくなったテロンだとでも言うのか。

 顔中が晴れ上がり、意識がある様子はない。今にも死んでもおかしくないほど殴られた後だ。


「くそっ。俺の弟子だろ。なに逆らってんだ。反省しろ!」


 ゼンデルクはそう言い捨てて、またどこかへ去って行った。

 そんなもの気にすることなく、シュナはテロンの容態を見る。


「っ、酷い怪我。でも、今の私じゃ……なにもできない」


 縛られているので手が使えない。その上なぜか魔法が使えない。

 癒やすことがシュナの仕事なのに、それすらシュナはできなかった。


「……め、ん」

「テロン!?」


 テロンから漏れる、かすれた声。それにシュナは慌てる。

 生きていたという安堵。そして、喋ったら傷が悪化するという不安だ。


「ご、めん」

「謝らないで! テロンは悪くないんでしょ」

「おれ、が。よわ、い……から。ごめ、ん」


 無理矢理捻り出すような謝罪を、テロンは並べていた。

 冷たい床石に身を預け、体の痛みに堪え続ける。そしてシュナに謝罪していた。


「私は大丈夫だから喋らないで! 安静にしてないと!」

「…………っ」

「大丈夫、大丈夫だから」


 シュナは己がこんなに役立たずだとは思わなかった。

 ここに来てから、なぜか魔法が使えない。

 魔法が使えなくなっただけで、人を助けることもできない。それがシュナの価値なのにだ。


「頑張って、修行しても、まだ私は弱いわ」


 シュナは絶望の中で呟いた。


「助けて、ウィル……」


 シュナのヒーロー。誰よりも一番大好きで。何よりも一番頼りになる少年の名に縋っていた。



 ◇



 魔都の夜はとても賑わう。それが魔闘技大会の決勝を控えた夜ともなれば、まるで昼のように賑やかだった。

 みんなが楽しそうに夜の町を練り歩く。その中で、ウィルだけが顔を歪ませながら大通りを走っていた。


「ごしゅじん。これから、どうするのだ?」

「それは……」


 シュナを探しに行く。だがどこにいるかわからない。

 下手なことをすればシュナに危険が及ぶかもしれない。故に要求を飲むしかないだろう。


「師匠には泊まるって言ってあるけど……ちょっと無理矢理だったかな。それで調べて、バレたらシュナちゃんが」


 誰にもバレてはいけないと言われているのだ。もしシルクがその事実を知った瞬間、シュナの命がなくなるかもしれない。


「何かの悪戯だったら……」


 全部シュナがやったドッキリであったらどれほどよかっただろう。

 だがそれは、ない。

 目の前の景色がそれを証明していた。


「むー。当たんなーい。あたしこの射的って嫌いだよ」

「あんたは銃撃つの下手くそね」


 通りを歩いていれば、屋台にてそんな会話をする二人を見つけた。

 もちろんのことユキカゼとシスカ。だがシュナの姿はない。


「シュナはどうかな。シュナなら上手いかな」

「さあね。さっき帰っちゃったし、今度聞いてみれば?」


 漏れてくる会話から、やはりシュナが先に帰ったと理解した。それはつまり、攫われたのは事実であるという証明だ。


「ごしゅじん?」

「……行かないと」


 二人に見つかって、シュナのことがバレたらいけない。

 どうにもならない現実に打ちのめされながら、ウィルはまた歩き続けた。


「何が、正解なんだろう」


 要求を飲んでも、シュナが帰ってくる保証はどこにもない。

 人に相談することもできない。

 探しに行くこもできない。


 希望がどこにもない。

 悩み続けるウィルを、イムは不安げな瞳で見つめていた。

 防げたはずの事態だ。ウィルが完璧だったら、防げていた。そう思うウィルと、案じる眷属。


 希望など、どこにもないかのように思えていた。


「んー。少年じゃあないか!!」

「えっ?」


 突如として、ウィルの前に一人の男が立ち塞がった。

 ダメダメなオーラを纏い、魔導警備隊の制服を身につけたエルフの男。


「ジーストさん?」


 ダメダメエルフのジーストがそこには立っていた。


「少年も夜遊びかい? そういう年頃か」

「まあ、そんな感じです」


 さらわれたことを魔導警備隊の者にバレたら、確実にアウト判定をくらってシュナは殺されるだろう。故に話題を逸らすように、口を開く。


「ジーストさんはパトロールかなにか?」

「実は魔薬騒ぎを解決するために奔走しているんだ。僕は偉いからね」

「それは偉いですね」

「ああ。そしてついに尻尾を掴めそうなんだ。僕は凄いからね」

「それは凄いですね」


 適当に相づちを打つウィル。

 それにジーストは気づいているのかいないのか。自信満々に胸を張っていた。


「ぷる! ごしゅじんは忙しいのだ。無駄話はよくない」

「ああ。僕もそうだった。早く行かねば怒られる。では失礼!」


 イムの言葉に、ジーストも何か思い出したのか会話を終わらせどこかへ行こうとする。ウィルも助かったと胸をなで下ろした。


「ごしゅじん。行こう」

「そうだね。離れないと」


 魔導警備隊員とあまり長くいては、監視者に変な勘ぐりをされるかもしれない。

 シュナに危険が及ばないように、ウィルも足早に離れようとする。

 しかし――。


「少年。何か悩んでる?」

「な、悩んでないですよ。大丈夫です」


 互いに去ろうとしたところで、ジーストがふと声をかけてきた。

 ウィルは慌てて否定し彼の目を見れば、ジーストはにこやかに笑っていた。


「あっち」

「えっ?」


 ジーストは、ゆっくり北の方角を指差した。


「北に真っ直ぐ。魔都の外周。そこで一番目立つ建物。そこに行けば、少年の悩みは全て解決するだろう」

「何を、言ってるんですか?」

「ただの助言だよ。少年が何か悩んでいる気がしたからね」


 ジーストのにこやかな笑みが、なぜか怖かった。全てを見透かすような、そんな笑み。

 その上オーラまで感じた。特級魔導師が放つ、最凶で不気味なオーラだ。

 

「じゃあね。僕も忙しいから! 頑張るんだよ少年!」


 ジーストはそう言うと、駆け足で去って行く。ウィルはその背をじっと見つめていた。


「あの人は。何なんだろう」

「ぷる……」

「行こうか」


 ウィルはゆっくりと歩き始めた。


「……ごしゅじん?」


 目指すは北。ジーストが示した方向だ。


「ぷるる。ま、待って」

 

 少しだけ様子のおかしい主人を案じながら、イムも慌ててウィルの後を追った。

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