第百二十九話 不穏の足音

 ユキカゼ対ウィル。それは観客達を沸かせるに十分の激戦だった。

 あくまで前座として見ていた子供達の決闘。その中で最後は、一級魔導師レベルの魔法を連発しての決着だ。


 魔導国でも最強と呼ばれた二人の子供が参戦しなかったのもあり、期待していなかった未成年の部をウィルとユキカゼという超新星が沸かせてくれた。

 それを人々は口々に語り合う。


「凄まじい戦いだったな。子供とは思えない魔法の練度だ」

「間違いない。将来、特級魔導師かS級冒険者が約束された逸材だ」


 一般の観客達の目にも、その戦いは頂点のものに見えた。


「一流は勝敗を見誤らない。しかし、良い試合だった。あいつらに目を付けたのは俺だと自慢しよう!!」


 玄人もその戦いに、惜しみなき拍手を送っていた。


 みなが拍手と喝采で迎えてくれた。

 誰もが称えていた。


 ただ、一人を除いて。


「…………」


 その男がいる周囲一メートルには、誰一人として人が寄りついていなかった。男が発する怒りが余りに恐ろしくて、満席だと言うのに誰も彼もが避けてしまう。

 たった一人。この場でブチ切れた男。ゼンデルク・バーモンドは、今にも暴れ出しそうな目でウィル達を見下ろしていた。


「俺は……馬鹿にされたということか」


 そして、そう呟く。


「俺の弟子は不完全な同化。シルクの弟子は完全な同化。何だこれは。馬鹿にしてるのだろうな。間違いない」


 ゼンデルクが感じたのは恥と怒り。

 弟子の不完全な同化に喜んでいたのも束の間、すぐにシルクの弟子が完全な同化を見せてきた。


 十四歳での同化召喚は間違いなく史上初。テロンがその史上初を取ると確信した瞬間の出来事だ。

 ゼンデルクは天国から地獄に突き落とされ、テロンというゴミで喜んでいた己が恥ずかしくてしかたがなかった。


「くそがっ!! 殺してやろうか。あいつを殺せば俺の弟子が一番だ」


 今にも客席から飛び降りて、ウィルを殺しに行ってもおかしくない様子。実際にそれをなそうとゼンデルクは立ち上がる。

 しかし――。


「ゼ、ゼンデルク様。ひ、控え室の方に、お越しください」

「……あっ?」


 ゼンデルクの歩みを止めたのは、一人の係員だった。ゼンデルクの放つ魔力に怯えながらも、職務を果たそうと声をかけたのだろう。


「次はゼンデルク様対、レイク様の一戦です」


 未成年の部の準決勝が終わったから、次は成年の部。

 それの第一試合はゼンデルクであり、一向にやってこないゼンデルクを探しに来たのがこの係員なのだろう。


「……くだらない」


 しかしゼンデルクは吐き捨てた。


「俺は忙しのだ。やるべきことができてしまった」

「し、しかしそうなれば棄権ということになりますが」

「優勝などいつでもできる。今は俺のゴミ弟子の尻拭いをせねばならない。好きにしろ」


 ゼンデルクはそう言って、どこかへ立ち去っていく。その背を係員。そして周囲の観客も呆然と見送ることしかできなかった。



 ◇



 そこは薄暗い地下室だった。ゼンデルクが持つ私有地の一つ。乱雑に物が置かれた地下室にて、ゼンデルクとテロンは向かい合っていた。


「俺はお前の不甲斐なさに嫌気がさしているところだ」

「はい……すいま、せん」


 準決勝をボロボロになりながら突破したテロンにかけるのは、そんな言葉だ。

 褒めるのでなく、まず貶す。指導者としてあってはならない姿だろう。


「なんだあの不完全な同化は! シルクの弟子は完全な同化を果たした! 俺に恥をかかせるつもりか!」

「すいません! すいません!! 俺が、悪いです!」


 今にもテロンを捻り殺しそうな覇気を放ちながら、ゼンデルクは叫ぶ。それに対してテロンは、頭を下げ続けることしかできなかった。


「そんな体たらくで、お前は明日勝てるのか? ああ?」

「それは……」


 勝てると言わないといけない。だが、勝てる気がしない。

 今のテロンでは、ウィルには勝てない。それはちゃんと理解していた。だが正直に言えば殺される気がして、沈黙だけが続いていく。


「ああ。難しいだろうな。それは俺も理解している。しかしちゃんと手段は用意していた。俺はお前を強くしてやれる」

「えっ?」

「明日のお前のために、俺はこういうものを用意していた」


 そう言ってゼンデルクが取り出したのは、大きなガラスの瓶だった。

 大量の液体が入った瓶。それをチャポチャポと揺らしながらテロンに見せつける。


「これは魔法の薬だ。飲むととても強い魔導師になれる。お前をシルクの弟子に勝てる召喚士にすることも可能だ」

「そ、それは……」


 そんなもの、効果だけは素晴らしいだろう。だがテロンはその薬の正体にピンと来てしまった。それがどういうものなのかを。


「これを使えばシルクの弟子に勝てる……そのはずだったのだがな」


 しかしゼンデルクは、そう言って瓶を隣の机に置いた。

 そして溜め息をついてテロンを見る。


「お前がこれを持ってして勝てないほど、未熟だとは思わなかった」

「それは……どういうことですか?」

「わからないのか? 薬を使っても、お前はシルクの弟子に勝てないんだ!」

「っ……!」


 失望したゼンデルクの目。ウィルとの差を見せつけられたテロン。

 だが自分自身が一番理解している。ウィルはもっと高いところにいると。追いつくには、もっと努力を重ねないといけないと。

 薬を使用してもたどり着けないのが、テロンとウィルの差だ。


「完全と不完全。同化召喚の差は大きい。それにシルクの弟子には、スライムがいる。お前の勝ちは万に一つもない」


 この素晴らしい薬を使えば、埋められる程度の差だと思っていた。

 しかし完全な同化召喚を見せてきたウィルによって覆る。薬では埋められない差を、ゼンデルクは見せつけられてしまった。


 故にもうこの手段は使えない。


「だったらもう、一つしかないだろう」

「正々堂々戦うって、ことですか?」

「あ? 何馬鹿なこと言ってんだ?」


 テロンの言葉に、ゼンデルクは不快感を表した。


「お前が勝てるんならそれでいいよ。だけど勝てないだろ!! 全部お前のせいだぞテロン」

「…………すいません」


 テロンが強ければよかった。ウィルよりも強ければ、こんなに悩むこともなかったのだ。ゼンデルクは全ての責任を、テロンにあるとした。


「敗北は許さん。お前は俺の弟子なのだ。お前の負けは、俺の負けになってしまう。そんなの、許されないだろ」

「その通り、です……」


 ゼンデルクが考えているのは、最後まで自分のことだった。テロンのためじゃない。自分のため。自分の、名声のためだ。


「故にこれからすることは――」


 ゼンデルクは、テロンを敗北させないために最悪の手段をとることを決意した。


「――えっ? し、師匠。それは」


 その計画を聞いたテロンは、目を見開いた。


「だ、だめ! だと、思います。それだけは! だめ、だめです!」

「あ? じゃあそれ以外でどう勝つんだ?」

「薬、その薬使います。めっちゃ頑張ります。それで、それで。許してください」

「これじゃ勝てないと言ってるだろ!」


 その計画は、テロンが薬を使うことを躊躇させないほどのものだった。

 あのゼンデルクに逆らってでも撤回させようとするが、無論止まることはない。


「全部お前のせいだ。それを肝に銘じて、実行するぞ」


 ゼンデルクは最悪の手段を取ろうとしていた。



 ◇



 魔都は夕方であっても賑やかな場所だ。

 特に魔闘技大会が開かれている今は、真夜中だってあちらこちらで音が鳴る。


「……テロン君。大丈夫かな」

「ぷる?」


 そんな騒がしい魔都の道を歩きながら、ウィルは小さく呟いた。それに対して唯一側にいるイムが首を傾げる。


「成年の部を一緒に観戦しようって話だったのに、ゼンデルクさんに連れてかれたじゃん」

「ぷる! あいつきけんして、テロン連れてった。悪い奴かも」


 未成年の部を終えた子供達は、いつも通り仲良く観戦しようという話になっていた。しかしテロンが連れて行かれてしまったので、四人で観戦していたのがその後の顛末だ。

 しかもゼンデルクが棄権したせいで、一組しか見られなかった。


「明日は一緒に見れるかな」

「ぷる……」


 明日はウィル対テロン。そしてその後、アカツキ・ソウジロウ対レイク・ロートネックだ。

 楽しい明日になると良い。そうウィルは願う。


「…………ん?」

「どしたのごしゅじん?」


 そしてふと、ウィルは足を止めた。


「……いや、何でもないよ。ちょっとね」

「ぷるるる?」


 何か変な気配がした気がしたが、すぐに消えた。この多くの人で賑わう魔都であれば、そういうことも起こるだろう。

 気にすることじゃない。そう思ってウィルは歩き出す。


「早く、帰ろうか」


 そしてそう呟き、足早になった。

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