第百二十八話 完全な同化

 バーニとの同化召喚はコブロとやるのとは勝手が違う。

 まず発動まで恐ろしく時間が掛かるのがそうだ。


 バーニの背に乗って体を馴染ませ、それでようやく同化準備が整う。

 一瞬で同化できるコブロとの違いは、どれだけ信頼関係があるかだろう。バーニとは、コブロほどの信頼関係を構築できていない。

 故に少々、時間がかかる。

 その上コントロールも難しく、力が暴発してしまうこともあった。


 しかしその結果は、完全なる同化召喚である。




「……それは!」


 同化を果たし、拘束していた氷を破壊したウィル。それを見たユキカゼは、目を輝かせていた。

 召喚魔法の奥義。同化召喚の覇気に、ユキカゼの興奮は止まらない。


「強い魔力を感じる。ウィル! ウィルはあたしを楽しませてくれるんだね!」

「うん。楽しい、戦いにしよう」


 ウィルの姿は、大きく変わっていた。

 まず長い兎耳が生える。ピョコピョコと動く兎耳は、見た目だけでなくちゃんと性能も良いのだろう。

 その上瞳も白。髪も肌もより白くなる。服装が変化し、ヒラヒラとした踊り子のような恰好になっていた。


 ジャイアントラビットのバーニとの同化。これが完全なる、同化召喚だ。


『シ、シルクさん! これはまさか、完全な同化召喚っ! って泣いてる!?』

『うぅ。ウィル。とても成長して。私は嬉しい』


 ポロポロと涙を流して感動しだしたシルク。解説の仕事を放棄して、師匠の面を見せていた。


『まさかバーニとも成功とは。あとはイム。まあイムは成功はしてるけど……』

『シ、シルクさん。これは同化召喚ということで良いのですね?』

『そう。私の弟子がさすがすぎる。さすウィル』

『さすウィル!?』


 変なことを言いだしたシルクの声は気にしないようにしながら、ユキカゼとウィルは対峙する。


「決着をつけよう」

「楽しみ」


 ユキカゼは冷気を発しながら、刀を構える。

 ウィルは片足を上げ、魔法を唱えた。


「『風装』」


 その瞬間、ウィルの手と足に風が纏う。触れるだけでなんでも切り裂いてしまいそうなほどに、恐ろしい風の装備だ。


「風……?」

「もう、僕は止まらないから」

「っ――!!」


 ユキカゼがそれを防いだのは、完全なる勘だった。

 風を纏ったウィルの蹴りと、ユキカゼの刀はぶつかり合う。それはあまりに恐ろしい速さだった。風のようで、風よりも速い。


 バーニの脚力と、風の魔法を組み合わせることによって生み出される凄まじい速度は、ユキカゼですら目視できないものだ。


『恐ろしい速さです! ウィル選手は召喚魔法のはずですが、なぜ風魔法が?』

『あれが同化召喚の真骨頂。特別な個体と同化すれば、その眷属が持つ特徴を属性として使えるようになる。さすウィル』


 ウィルはバーニとの同化により、風魔法が使えるようになった。

 例えばシルクであれば、リルとの同化で氷魔法が使えるようになる。これは他の魔法にはない、召喚魔法の奥義にのみ許された特徴。二つ目の魔法適性だ。


 そしてウィルは近くに風魔法のエキスパートがいた故に、その使い方も熟知している。バーニの能力と、風の魔法。今のウィルは最強だ。


「ユキカゼは、なんでこの速さについてこれるの?」

「勘!」


 ウィルから放たれる凄まじい速度の蹴りや拳。それをユキカゼは刀一本で防いでいた。

 しかしユキカゼには見えるはずがない。つまり見えないのに、防いでいるという離れ業だ。

 だが防戦一方。勘に頼った防御は、いずれ瓦解して敗北するだろう。

 故にユキカゼは、隙を見て動いた。


「見えないなら、全部攻撃する! 『大氷結』!」

「っ――!」


 ユキカゼを中心に、全てが凍り付く魔法。『大氷結』が放たれる。舞台上の全てを凍らせる全体攻撃魔法。

 どれだけ速くても、全て攻撃すれば問題ないという荒技だ。


「ふう――『大嵐』!」


 しかしウィルもそんな荒技ができる。

 その結果、氷と風がぶつかり合った。


 舞台の半分が凍り付き、半分で風が吹き荒れる。その中心ではユキカゼとウィルが、拳と刀をぶつけ合っていた。


「ああ。ウィルはこんな力を隠してたんだね。楽しい。楽しいよ」

「ユキカゼも、とても強いね」


 同化召喚したウィルに、ここまでついてくる同世代の子なんてユキカゼぐらいだろう。打ち合うたびに、成長しているのが伝わる。

 まさにユキカゼは天性の怪物だ。


「『氷結斬』!」

「『風裂拳』!」


 氷と風が再度ぶつかり合う。決闘結界の内部は、もはや天変地異のように大荒れだった。


「見えてきたよ。ウィルの姿」

「そっか!」


 そしてユキカゼは、確かにウィルを視認していた。

 この数分で、見えるように成長したのだろう。明らかなる規格外の化け物。

 やはり時間を与えてはいけない。この天才は、どこまでも成長してしまうから。


「――『風盾』」

「むっ?」


 ウィルはユキカゼとのぶつかり合いを止めるように、風の盾を出しながら後ろに飛ぶ。そしてこれで決着をつけにいくと宣言するかのように、魔力を高めた。


「風の竜よ、降臨せよ。全てを飲み込む大風! 『風竜』!」


 高等属性魔法、竜の名を司った魔法をウィルは放った。

 竜の形を模した風は、全てを飲み込むような破壊力を持ってユキカゼへと突撃する。


「ん――『氷竜』!!」


 対してユキカゼも負けていない。詠唱なしで同じく、竜の名を持った魔法を放つ。

 再度風と氷がぶつかり合い、凄まじい爆発を闘技場にて巻き起こした。


『これは竜の魔法! 一級魔導師クラスですね』

『二人共凄い。さすウィルとさすユキ』

『さっきから何ですかそれは?』


 シルク達の声。歓声。さまざまな音が聞こえる。しかしウィルはその全てを無視してユキカゼのみを見つめた。

 ユキカゼもウィルだけを見つめていた。


 この世界には二人しかいない。


「ユキカゼは凄いね。何でだろう。倒せる気がしないよ」

「あたし、とっても凄いからね」


 実力的には今のウィルの方が少し上だろう。戦況もウィルの方が有利だ。

 しかしあと一歩が届かない。ユキカゼを倒すということが、まるで不可能に思えてくるほど倒れない。


 キサラギ・ユキカゼはボロボロだ。魔力も大量に消費したはずだ。

 しかし倒れる気配がない。


「最後の最後。全身全霊。その全部を出し切って、最後まで立ってた方が勝つ。そういう戦いを、あたしはしたい!! だから、倒れない!」

「いいね。僕もそういうのは、大好きだよ!」


 小手先でユキカゼは倒れない。

 命を賭した戦いに勝利しないと、ユキカゼは倒せない。

 そんな泥臭い戦いが、これから起こることだ。


「はあああっ!!」

「やあああっ!!」


 風と氷。刀と拳。それが何度もぶつかり合った。

 ウィルの風魔法と体術はユキカゼを削る。

 ユキカゼの氷魔法と刀術はウィルを削る。


 血が出ても、倒れない。肉体を切り裂かれても倒れない。魔力が減っても倒れない。部位欠損を起こしても倒れない。

 もはや死んだ方が楽な痛みでも、倒れない。


「楽しいなあ。ウィル!!」


 今の戦いがとても楽しい。だから、倒れない。


「うん。でも、この楽しい戦いを僕は終わらせる」

「あたしの勝利で?」

「僕の勝利で」


 キサラギ・ユキカゼは生粋の戦闘狂だ。しかしウィルにも、その気はあるのだろう。

 この戦いを永遠に続けたいという思いはある。しかし終わらせないといけない。勝利で終わってこそ、最高に楽しいから。


「大風の神の鮮烈な破壊。全てを飲み込む風の巨神よ――」


 ウィルが唱えるのは属性魔法の最高峰。神の名を冠した魔法だ。


「大氷の神の完全な凍結。全てを飲み込む氷の巨神よ――」


 ユキカゼが唱えるのも、氷魔法の最高峰。


 二人が唱えるのは、一級魔導師でも扱うのが難しい神の魔法。未だ完全には扱えずとも、この戦いに決着をつけるだけの威力はある。


「どっちの魔法が強いか――」

「最後の勝負だ――」


 最後は二人とも笑っていた。泥だらけで血まみれの顔で、最後まで楽しそうだった。


「出現せよ――『風神』」

「出現せよ――『氷神』」


 全てが風と氷に包まれた――。



 ◇



「…………」

「…………」


 ユキカゼとウィルは見つめ合っていた。


「ウィルの底を見た気分」

「うん……」

「でも、


 ユキカゼの目はウィルの奥底を見ているかのようだった。


「あるよ。僕にはとても頼りになる眷属が、もう一人いる」

「そっか……」


 ユキカゼは目を逸らした。そして膝を突いた。


「ウィルの底。今度は見せてね」

「うん。今度は、見せないとだめそう」


 次はもう勝てる気がしない。今もギリギリだ。ユキカゼが天才すぎて、次はコブロとの同化召喚をせねば倒せないだろう。

 その言葉に、ユキカゼは満面の笑みを見せてくれた。


「あー。楽しかったー!」


 そう叫んで、倒れる。

 最後まで笑顔なユキカゼと、同じく楽しげな顔のウィル。


「また、やろうねユキカゼ」


 今大会ベストバウトにも数えられる準決勝は、ウィルの勝利で幕を閉じた。

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