第百二十七話 ウィルVSユキカゼ

「さすがは、俺の弟子だ」


 その光景を見つめていたゼンデルクは、とても満足げに頷いていた。

 眼前にあるのは、勝利したテロンの姿。同化召喚を行い、その力を見せつけた弟子の勇姿だ。


「十四歳でここまでの同化召喚は前例がない。この調子なら、六年。いや、五年だ。五年で完成する!」


 ゼンデルクは興奮を露わにしていた。不甲斐ないと思っていた弟子が、ここまでの成長を見せれば師匠は嬉しいものだ。


 ゼンデルクはテロンが誇れる弟子であることが嬉しかった。

 テロンが凄ければ、その師匠であるゼンデルクはもっと凄くなるからだ。


「十代での同化召喚を成功させれば恐らく史上初! シルクを超えられる!」


 ゼンデルクの瞳は希望に満ちていた。

 ようやく見せてくれた弟子の勇姿に、明るい未来を見つめていた。


「これならばを使わずとも、シルクの弟子に勝てる! 俺の、俺の弟子が最強だ!」


 そう、闘技場に響くほどの高笑いをしていた。



 ◇



 キサラギ・ユキカゼはレベルが違う。

 シュナ、シスカ、テロン。確かな才能を持つ三人より、ユキカゼは一段上だ。

 それをウィルは、よく理解していた。


「バーニだけじゃ、絶対勝てない。イムがいても、難しい。コブロがいてようやく勝てる。ユキカゼは、強敵だな」


 冷静に分析し、溜め息をつく。

 当初からわかっていたことだが、バーニ縛りの鬼門はユキカゼだろう。


 だがシルクはバーニ縛りを撤回するつもりはないらしく、どこまでも弟子を信じていた。さすがにあんなキラキラした目で見られたら、バーニ縛りを継続するしかない。


 とはいえバーニ縛りがなくても、現状コブロを召喚できない以上勝つのは難しかった。

 それでもイムがいればやりようがあったが。


「今ある手札でやるしかないかな……手段は、


 そう呟いて、ウィルは前を見た。

 実況と解説の声が聞こえる。歓声と、己の鼓動も聞こえる。


 高揚する自分がいることを確かめる。


「よし。行こうか」


 実況が、ウィルを紹介する声がする。それに合わせてウィルは歩き出した。

 大きな闘技場の舞台には、ユキカゼが仁王立ちして待ち構えていた。


 ピンと張った犬耳。ぶんぶんと振られる尻尾。希望しか灯していないキラキラした瞳。いつも楽しそうで、周りすら明るくしてしまうような少女。

 キサラギ・ユキカゼはウィルだけを見つめていた。


「楽しい戦いにしようね。ウィル!」

「うん。そうなるといいね」


 ユキカゼは、今日が一番輝いていた。


「初めてだよ。同い年で、あたしより強いかもしれない子に出会ったのは」

「僕も、ユキカゼぐらい強い子は初めて」


 ユキカゼは間違いなく傑物だ。将来、団長と同じ場所にたどり着ける才能を持っている。

 ウィルもそうだ。ユキカゼと同類の才能がある。


 だから出会えて、よかった。


「ウィルの底を、あたしは見たい!」


 ユキカゼはそう言って、全身から魔力を放った。それは威嚇だ。本気を出さないと、勝てないと示している。バーニのみで戦っているウィルに対して、底を見せろと言っているのだろう。

 実際そうだ。全ての手札を切らないと、ユキカゼには勝てない。


『さあ、緊張感が高まって参りました!』

『二人とも。いい戦いを期待してる』

『それでは試合、開始です!』


 試合の始まりが、告げられた。しかしユキカゼは動かない。


「……見せてみなよ。ウィル」

「うん。わかった」


 ウィルが召喚する時間を、ユキカゼは与えてくれた。勝利するための絶好のチャンスを、ユキカゼは放棄した。

 それが一番、楽しいと知っているから。


「『召喚サモン・バーニ』」

「きゅう!」


 そしてウィルはバーニを召喚した。それ以外は、召喚しなかった。


「……スライムちゃんは?」

「呼ぶつもりはない」

「じゃあ三体目は?」

「療養中」

「兎さんだけ?」

「うん」


 ユキカゼのテンションが、露骨に下がっていった。まるで冬が来たかのように恐ろしい寒気も感じた。


「とっても、つまんない」


 ユキカゼ顔から笑顔が消えた。

 その声音は、初めて聞くほど低かった。

 いつも煌めいていた瞳は、鋭くウィルをとらえた。


「楽しい戦いにしようって言ったのに。つまんないよ、ウィル!」


 そして一気に走り出す。

 恐ろしい身体能力を発揮しながら、ウィルに肉薄した。


「っ!!」


 振り下ろされる刀。それをウィルは護身用の短剣でどうにか受け止める。

 だがそれは少女とは思えぬほど強い力だった。近くで見るユキカゼの目には、途方もない怒りを感じる。

 多分ウィルは、殺されるだろう。


「……大丈夫だよ。ユキカゼ」


 しかしユキカゼの怒りを一身に感じても、ウィルの目は変わらなかった。

 ぐっと顔を近づけて、一番近くでユキカゼと見つめ合って、叫ぶ。


「バーニだけで、僕はユキカゼに勝つ! イムも、コブロも。出す必要はない」

「ふーん。あたしのこと、舐めてる?」

「ううん。事実」

「あっそ」


 ユキカゼの全身から、冷気があふれ出した。


「じゃあ教えてあげる。兎さんだけじゃ、あたしに絶対勝てないって!!」


 その言葉と共に、ウィルは一気に背後に跳んだ。


「バーニ!」

「きゅ!」


 急いでバーニに騎乗し、ユキカゼから距離を取る。

 移動をバーニに任せながら、ウィルは一気に魔力を練り上げた。


「『魔砲』!!」


 発動するのは、十発の魔砲。その威力を持ってすればユキカゼとてただではすまない。それほどのものだ。

 十発の魔砲がユキカゼに向かって着弾し、巨大な土煙を上げる。

 しかし手応えは、まるで感じない。


「きゅう!!」

「……無理っぽいな」

「そう。効かないよ」


 その声と共に、土煙が晴れた。そこにあるのは巨大な氷の壁。ウィルの魔砲を受けても、傷一つついていないユキカゼの魔法だ。


「とりあえず、バーニ走り回って!」

「きゅ!」


 効かないなんてわかりきったことだ。ならば効くまで放てば良い。ウィルは魔砲をいくらでも放つことができるのだから。


 バーニが高速で駆け回り、ウィルは魔砲を放ち続ける。

 シスカを完封した戦法を、ユキカゼにも使用した。


「『魔砲』『魔砲』『魔砲』!!」


 放つ。何発も放つ。効くまで放つ。

 しかしユキカゼの氷は強固だ。その上再生する。魔砲で壊れそうになってもすぐさま張り直しだ。

 突破することは不可能。


 しかしそれでいい。シスカとの戦いでも、決着は魔力量の差で決まった。

 この状況が続けば勝つのはウィルだ。


「……バーニ。あまり頑張りすぎないでね」


 だが魔砲を放ちながら、ウィルは言った。


「きゅ!」

「結局これじゃ、ユキカゼには勝てないからね」


 ウィルは知っている。キサラギ・ユキカゼが別格であると。

 この戦法で勝利できるほど、甘い相手ではないと。


「なんだ――よくわかってるじゃん」

「っ!」


 氷の壁に引きこもっているユキカゼの声が聞こえた。

 ウィルは本能が全力で鳴らす警鐘に身を任せるままに距離を取ろうとする。

 だが無意味だ。


「――『大氷結』!」


 その瞬間、全てが凍り付いた――。


「ちょこまか逃げ回っても無駄。全部凍らせるからね」

「これは……寒いな」


 フィールドの全てが凍らされた。ウィルも、バーニごと下半身を凍り付けにされて動けない。

 高速で動き回るバーニを対処する、最もシンプルな方策をユキカゼは行ったのだ。


 全部凍らせれば、逃げ回っても意味がない。無茶苦茶な暴論だ。だがユキカゼはそれを実行できる。


「ウィル。まだ、兎さんだけで勝とうって言うの?」

「うん、約束だからね」


 約束は、破ってはいけないものだ。


「そっか……」

「だけど……こんなんで勝てるなんて僕は思ってない」


 そして負けるつもりもない。


「こんなやり方で勝つのはあまり好きじゃない。だからただの時間稼ぎ」

「ふーん。なんの?」

「まだバーニとのは未完成だから。発動まで、とても時間がかかるんだよ」


 シスカを完封した戦法が、ユキカゼに通じるとは思っていない。何よりこれはあまり好きな戦い方じゃない。

 ウィルが好きなのは、真っ向からぶつかる男らしいやつだ。


「バーニと一緒に僕は勝つ――」

「これは!?」


 その言葉と共に、ウィルとバーニは輝きだした。ユキカゼは目を見開き、刀を構えて警戒する。だが止めない。その方が、面白いから。


 そしてそれに応える、面白くなることをウィルはした。


「『同化召喚――バーニ』」

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