第百二十六話 不完全な同化

「え、エゲツない」


 シュナとテロンの一戦。それを観戦していたウィルは、そう呟いて苦笑いを浮かべていた。

 シュナがやっているのは、高い防御力を誇る光神域に引きこもり、安全圏から光柱で攻撃する。というシンプルながらエゲツない戦法である。


「あーなったら難しいね。テロンは高い防御力を持つ人が苦手そう」

「そうだね。レオとホークの連携で追い詰める速攻タイプっぽい」


 ウィルはユキカゼと共に、そう分析する。

 相性の差もあるだろう。戦況は間違いなくシュナ有利である。テロンが防御を突破する手段を持たないなら、シュナの勝利は決まったようなものだ。


「あれを初見での対応は難しいかな。シュナちゃんもよく隠してたよ」


 これまでの二戦は光柱だけで勝利していたため、高い防御力を誇る光神域を最後まで隠せていたシュナにアドバンテージがあった。

 逆にテロンは有名すぎていろいろなことがバレてるというのは辛いところだ。


「そうだね。まあ、あたしなら余裕だけど」


 こんなエゲツない戦法を披露しているシュナに対してすら、ユキカゼは自信満々に勝利を宣言した。

 だがそれは本当なのだろう。シュナよりも、ユキカゼは底が見えないのだから。


「これは、シュナちゃんの勝ちかな?」


 テロンにまだ隠し札がないなら、シュナの勝利は固いだろう。

 しかしユキカゼは、笑っていた。


「言ったでしょ。もちべーしょんの差!」

「うーん。厳しそうだけどな」


 この現状を見てなお、ユキカゼは意見を変えることはない。

 ウィルはここからテロンが勝つのは難しいと思うが、ユキカゼはそう思っていないらしい。


「ウィル、勝つのはテロンだよ」


 そう、確信を持ってユキカゼは言った。



 ◇



「死にたくない……」


 テロンは小さく呟いた。

 そしてそれに、恐ろしく重い感情を乗せていた。


 まるで負ければ、本当に死ぬと思っているようだ。否、本当に思っているのだ。

 思っているだけでない、実際に起こりえるのだ。

 この魔闘技大会で、唯一テロンだけが敗北と共に死ぬ定めを持っている。


「これは師匠の、望み通りじゃない……」


 ここで負ければ、テロンは激高したゼンデルクに殺されるだろう。

 テロンはそう確固たる確信を持っていた。


 シュナはウィルの前座に過ぎない。そんな前座に敗北することを、ゼンデルクが許すはずがないのだ。

 たかだか子供の決闘だ。それで敗北したとて、殺す師匠がいるはずがないと、世間は言うだろう。


 だがテロンは知っている。変わってしまったゼンデルクなら、不甲斐ない弟子を恥と簡単に殺してしまうと。


「死にたく、ない!!」


 それはテロンに残った唯一の自我だ。

 自分が何をしたいかはしらない。だが、どうなりたくないかは知っている。


 何も果たせず、己も見つけられず、死ぬのだけは駄目だと本能が叫んでいる。

 テロンは死にたくない。それは全人類が共通で持つ絶対的な本能である。


 魔闘技大会の敗北で、唯一死ぬことになるテロンは他と違う。

 シュナも、ウィルも、ユキカゼも、シスカも。たとえ負けたとしても死なない。唯一、テロンだけが殺される。


 故にモチベーションの差が途方もなくあった。




「――『同化、召喚』」


 極限まで追い詰められた人間とは、恐ろしいものだ。

 どんなことだってできてしまう。本来できないことも、無理矢理してしまう。


 同化召喚は召喚魔法の奥義だ。希代の天才と謳われたシルクでも習得したのは二十代。才ある召喚士が、晩年に習得する奥義こそが同化召喚である。


 テロン・エルマは、十四歳にして同化召喚を行った。

 それは死への恐怖が引き起こした、強引な成長だ。


「『――レオ』」

「っ『光柱』!」


 テロンとレオが同化する。シュナも止めようとしたが、同化の光は止められない。

 数秒後、そこには同化召喚を果たしたテロンがいた。


『シ、シルクさん! あれは……』

『うん。同化召喚。……だけど、あれは』


 実況も解説も、唖然とする。同化召喚を十代で行うなどあり得ないと知っているから。

 しかしシルクだけは、また別の驚きがあった。


『あの状態は、あまりよくない』


 テロンはレオと同化した。しかし見た目はほぼ変わっていない。

 テロンの姿に、レオの耳だけ生えたような不完全な同化。


 完全な同化召喚は、姿だけでなく服装まで変化するものだ。故にテロンのものは、同化召喚とはお世辞にも言えないものだった。


「もう、俺は止まらない」


 しかし、見た目は違えど確かに同化召喚をしているらしい。

 テロンは一気に走り出し、シュナを取り囲む光神域に肉薄する。


「早いっ。『光柱』!」

「当たらねえ。そして、脆い」


 迎撃のために放たれた光柱を凄まじい速度で避け、テロンの拳は光神域と衝突した。

 恐ろしい防御力を誇る光神域。しかしテロンの力はそれを上回る。

 同化召喚を果たし、レオのパワーを手に入れたテロンはたった一撃で光神域を破壊した。


『こ、これは! 凄まじい力です! シルクさん。あれこそが同化召喚なのですね!』

『……うん。そうだけど。……見てられない』

『と言いますと?』

『不完全な同化であんな力発揮すれば、最悪肉体が崩壊する。決闘空間で元通りになるとはいえ、今のテロンは地獄の苦しみを味わってると思う』

『なんと!』


 シルクの見立ては間違っていないだろう。召喚魔法の第一人者が警鐘を鳴らす、強引な同化召喚。

 それをテロンはしていた。しなければ、殺されるからしていた。

 どんな痛みも、死ぬよりマシだ。


「終わりだ」

「まだよ!」


 テロンの拳がシュナへと迫る。しかしシュナは目を逸らすことなく、その拳と己の拳を打ち合わせた。


「なっ!?」

「いったい……けど、テロンと私は殴り合えるみたい」


 シュナは全身から湯気が立つほどに魔力を放っていた。肌で感じる圧倒的な力は、最高出力で身体強化を発動しているという証明だ。


 シュナの身体強化は、団長に次ぐ出力を出せる。かつては五歳の身で、大男をバラバラにしたほどだ。

 全ての魔力を身体強化に回すことで、華奢なシュナも、同化召喚をしたテロンと殴り合えた。


「くそっ。だけど、俺は、死ぬわけにはいかない!」

「私も、負けたくない!」


 シュナとテロンは殴り合った。

 テロンはただ恐怖に支配され、必死に。シュナは湧き上がるものに身を委ねるように、拳を振るう。


 互いに、その出力に対して肉体が耐えられていなかった。

 肉体が崩壊するように、ちぎれてそこから血があふれ出す。それでも戦いは止まらない。


「血を見ると、高揚するわ。また別の私がいる気がする」

「もう降参しろ! 俺は、止まらない」

「私も、止まらない」


 シュナは笑っていた。その目に宿るのは、かつて残虐姫と呼ばれていた頃の色だ。

 長い年月をかけて消えたかと思っていたが、確かにまだあったらしい。

 残虐姫の精神があれば、テロンとの殴り合いも可能だろう。


 その泥臭い殴り合いは、ボロボロになりながらも止まる様子はなかった。

 観客は息を飲む。とても魔法使いの姿とは思えぬ戦いだ。

 それでも魅入られるものがあった。幼子達の、その戦いに。


「勝つ。勝つ。勝つ。勝つ。勝たねえと、死ぬ!!」

「私は、ウィルと一緒に。決勝に行くの!!」


 二人の力は間違いなく互角だろう。さまざまな要因によって、どっちに勝敗が傾いてもおかしくない関係性だ。


 だがその要因は、今回ばかりはテロンにあった。


「あっ――」

「終わりだ」


 どちらもいつ倒れてもおかしくない状況だった。

 テロンは不完全な同化召喚で体はボロボロ。

 シュナは最高出力の身体強化で体がボロボロ。

 思いの強さだけで殴り合っているのが現状だ。


 そしてその思いの強さは、テロンの方が重かった。


 シュナは膝から崩れ落ち、大地に倒れる。

 テロンは朦朧とする意識の中、確かに立っていた。


「ああ。これで……師匠の望み、叶える。俺は、殺され、ない」


 この勝敗を分けたのは、ユキカゼの言葉通りモチベーションの差だった。

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