第百二十五話 モチベーションの差
テロン・エルマは己を知らない。
自分自身が何をしたいのか、という一番大切なものが欠落した存在がテロンだからだ。
テロンの中にあるのは、師匠の望みを叶えるというただそれだけ。
それ以外を持つことを許されなかったから、それだけを頼りに生きてきた。
当初はそれでも良かった。テロンの成長を、ゼンデルクが喜んでくれて褒めてくれたから。
孤児としてロクでもない人生を歩んでいたテロンは、ゼンデルクに拾われることで人生が変わった。それは間違いないだろう。間違いなかったはずだ。
全てがおかしくなったのは一年前。ゼンデルクの宿敵であるシルク・ロートネックが帰還したという知らせが届いた日だ。
シルクはゼンデルクが唯一超えられなかった最強。誰にも何も告げず、大山脈の向こう側に消えてしまった宿敵だ。
それが帰ってきた日から、ゼンデルクは人が変わったようだった。
何かの研究に没頭し続ける日々。そしてテロンに対する扱いがより苛烈になったのもこの日からだ。
死んでもおかしくない、特訓という名の何かをよくされた。
お前はシルクを超える最強になるのだと口癖のように言われた。
ゼンデルクはどう足掻いても自分自身がシルクを超えられないと理解していたのだろう。だからより才能があったテロンに全てを託したのだ。
託した。などと綺麗な言葉を使うのは間違っているか。
強要し、押しつけた。それが全てだ。
その結果、テロンは自分を忘れた。
自分自身の心がどこかに消えて、ただゼンデルクに付き従う人形となった。
故にテロン・エルマは、己を知らない。
◇
魔闘技大会準決勝。
この日から、同時開催されていた未成年の部と成年の部は午前、午後で別れることになる。
目玉はやはり最強達が戦う成年の部であり、未成年の部はその前座と言えるだろう。
その初戦はテロン対シュナ。
多くの人が注目する一戦を、ウィルは控え室にあるモニターから眺めていた。
「ウィルはさー。どっちが勝つと思う?」
そう聞いてきたのは、横に座っているユキカゼだ。
この後に戦うことになる二人は、同じ控え室でシュナとテロンを眺めており、その中で最初に呟いたのはユキカゼだった。
「うーん。シュナちゃんを応援するけど、勝敗はわからない。僕はシュナちゃんがどれだけ強くなったのかよく知らないから」
秘密の特訓をしていたせいで、力量がよくわからないシュナ。
先日の模擬戦でテロンの力量は把握したが、シュナについてはまだわからない。
ここまでの二戦も、シュナが本気を出すまでもない相手だった。
回復魔法ばかり磨いていて、まともな戦いを学んだのはここ一ヶ月程度のシュナと、ゼンデルクの元で学び続けたテロンならば、テロンに軍配が上がると考えるのが普通だ。
しかしシュナは底が知れぬ天才。一ヶ月で百人の参加者を刈り尽くす光の狙撃魔法を操れるようになったことを考えれば、互角と考えるのが良いだろうか。
「なるほどね。ウィルはわからないのかー」
「ユキカゼはどう思うの?」
「んー」
ユキカゼは相対する二人を見つめ、少し考える。
「テロン」
そしてそう、断言した。
「そっか。なんでそう思うの?」
「うーん。強さ的には大差ないと思うよ。だからあるのはね。あれ。えーと」
うんうんと唸って何かを思い出そうとするユキカゼ。
数秒ほど悩み、ポンと手を叩いてユキカゼは叫んだ。
「もちべーしょん!」
「モチベーション?」
「そう。師匠が言ってた。戦いには、思いの強さも大事だって。だからテロンが勝つ!」
モチベーションであれば、シュナも負けてないとウィルは首を傾げる。
ウィルと一緒に決勝の舞台に立つという一見馬鹿げた目標を、本気で叶えようとしているほどだ。
しかしユキカゼは、そんなシュナよりテロンの方が高いモチベーションを持っていると言った。
「まあ、テロンのやつは、あたしは大っ嫌いなやつだけどね」
その言葉だけは、ユキカゼにしては珍しい嫌悪感が満載だった。
◇
多くの人が見つめていた。歓声が聞こえた。この中での敗北は許されることではないだろう。
「俺は、負けねえ」
「私もよ。ウィルと一緒に決勝の舞台に立つんだから」
「そうか……そんな綺麗な思い、俺は抱けねえな」
こうやって思うがままに、自分のやりたいことをするシュナが羨ましい。
それはテロンにはないものだ。いや、忘れてしまったものだ。
だが羨ましがってなどいられない。ゼンデルクが見ている。ウィルに勝つことを望むゼンデルクに、その前座でしかないシュナに負ける姿など見せられるはずがなかった。
それはゼンデルクの望みに反することだ。
『さあ魔闘技大会準決勝が始まりますね。解説のシルクさん。よろしくお願いします』
『よろしく。みんな、シュナを応援してあげて』
『あの、一応中立でお願いしますね』
実況と解説の声が聞こえてくる。身内贔屓を始めたシルクと、それを諫める実況のコンビだ。
『午前は未成年の部。そして午後からは成年の部です! 魔導警備隊の総隊長レイク選手や、S級冒険者ゼンデルク選手。突如現れた新星アカツキ選手など、そうそうたるメンバーが揃っていますよ。ぜひ今日。そして明日もお楽しみください!』
そんな実況の声と共に、決闘結界が展開されていく。
この中で起きた事象は全てリセットされるため、死ぬこともない。そんな魔導国の技術の神髄ともいえる魔道具だ。
全てがなかったことになるから、どんな戦いをしても良い。しかし子供の決闘にそんな場所を用意するなど、残酷な面もあるだろう。
「良い戦いにしましょうね」
「……そうなればいいな」
シュナは希望を持って戦いに望み、テロンは絶望に浸りながら戦いに望んだ。
勝敗を分けるとすれば、間違いなくその差が出る。あるいユキカゼの言うモチベーションの差もだろう。
『それでは準決勝第一試合。開始です!』
テロンは真っ先に、動き出した。
「『
二体の眷属をすぐさま召喚し、陣形を取る。
対してシュナは、それを見逃した。あえてか、召喚前に叩けなかったのか。どちらかはわからないが、一番のチャンスを見逃したことに変わりはない。
「ホーク。放て。レオ、食い殺せ」
「ピュオオ!!」
「グオオオオオ!!」
上空に飛んだホークは、シュナに向かって風の刃を飛ばし始める。それと共に等級Bのレオも突進した。
「取りあえず、『光障壁』!」
「グルアッ!!」
レオと光障壁がぶつかり合う。
それは子供の戦いとは思えぬ、迫力だった。
「問題ねえ。食い破れ」
「グルオオオオ!!」
数秒ほど状況は拮抗したが、最終的に勝ったのはレオだった。
等級Bを誇るその力で、光障壁を破壊する。それに目を見開くのはシュナだ。
勢いのままに突撃してくるレオを、シュナは見つめる。
そして呟いた――。
「『光神域』――」
レオは光の壁に激突した。
「なっ!?」
「準備、完了よ」
シュナを包むように展開された光の壁。レオの突撃ですら傷一つついていないそれに、テロンは驚愕で目を見開く。
先ほどの光障壁は時間稼ぎのためのもの。ずっと動かなかったのも、これを展開するためなのだろう。
そう簡単に傷がつきそうにない絶対的な防御力を感じる。間違いなく展開しているだけで大量の魔力を毎秒消費するはずだ。
それをシュナは、涼しい顔で発動していた。
その上で、まだ終わらない。
「――『光柱』」
上空に魔方陣が出現したかと思えば、そこからテロンに向かって光の一撃が放たれた。
「グルル!!」
「レオ!?」
テロンがそれを間一髪で避けられたのは、レオが察知して突き飛ばしたから。テロンがいた場所には光の柱が立ち上がっており、当たれば敗北していたのは間違いない。
「化け物かよっ!」
テロンはそう吐き捨てて、シュナを睨んだ。
光の結界に引きこもり、安全圏から攻撃してくる。それがシュナの行っていることだ。
「『光柱』『光柱』『光柱』」
「くそっ。レオ! ホークは避けながら攻撃!」
「グルル!」
シュナは情け容赦なき追撃を行った。テロンはすぐさまレオに飛び乗り、全力で逃げるように指示。
レオが攻撃を察知できることは不幸中の幸いであり、それで逃げながら勝機を探るしかないだろう。
「くそっ。ホークじゃだめか」
ホークが風の刃を放っているが、シュナの光神域は突破できない。
この体勢を取られた時点で、テロンが大きく不利なのは間違いなかった。
「発動する前に叩くしかなかった。……どうする」
シュナを守る光神域は発動まで時間がかかっていた。対処法はその発動前にどうにかして止めるしかない。
この現状は、それを逃してしまったテロンの落ち度だ。
レオが全力を出せばシュナの光神域を突破できそうだが、そんなことをしていれば光の柱にやられる。
手段が、ない。
「俺は、また、負けるのか……そして師匠に……」
テロンは絶望に浸っていた。
シュナは希望に満ちていた。
そしてユキカゼは言った。二人には、大した力の差はないと。
そして勝敗を分けるのは、モチベーションの差であるとも言った。
その言葉は、恐らく間違うことはない。
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