第百二十四話 準決勝前日

 キサラギ・ユキカゼは天才である。

 東の国において同年代どころか大人ですら太刀打ちできぬ、本物の天才。

 もはや勝てるのは数名程度。将来は国一番の侍になると言われた少女こそがユキカゼだ。


 凡人とは違う尺度で生き、凡人が一年かけることを一日で終わらせる。何をやらせても結果を出していた。

 そして底抜けに明るく、自分の好きなこと以外絶対にしないその性格は好む者も多い。


 東の国でアイドル的な人気を誇るユキカゼは、魔導国という広大な世界を旅していた。

 しかしそんな世界でも、ユキカゼ以上の天才は存在しない。同年代の天才と呼ばれる者と会ったりもしたが、結局はユキカゼ以下だ。

 もはやユキカゼ以上の天才は存在しない。

 そう、思っていた。




「明日かー。楽しみだなー」


 机に突っ伏して、ユキカゼはそう呟いた。

 その目は、希望に満ちた明日しか映していない。明日の戦いを何よりも楽しみにしているようで、キラキラと瞳は輝いていた。


「あんたって、緊張とかしないの?」


 そんなユキカゼに対して、隣に座ってジュースを飲んでいたシスカは問いかける。

 それにユキカゼはにやりと笑った。


「緊張ってよくわかんない!」

「……あんたのことが羨ましくなるわ」


 そう言って、シスカは溜め息をついた。


 二人がいるのは美味しいスイーツを食べられるカフェ。

 本戦二日目を終えたユキカゼに、強引に連れてこられたシスカという形だ。


「結局準決勝には、私以外の四人が進んだのね。なんか悔しいわ」

「しょうがないよ。ウィルと当たっちゃったんだし」

「しょうがないで片付けたくないわよ。落ち込むわー」


 いつの間にか仲良くなっていた五人組の中で、唯一初戦敗退のシスカは悲しげだ。

 しかしウィルに当たらなければ間違いなく準決勝まで行けていた逸材。全てはくじ運のせいだろう。


「今日で四人まで絞られたし、もう二日しかないのね。あんたとももうお別れかしら」

「さびしいね。シスカのこと大好きになったのに」

「……短い付き合いだけど、間違いなく今までで一番インパクトのある子だったわよ」

「えへへ。よく言われる」


 最初の出会いは間違いなく、良いものではなかっただろう。

 魔闘技大会の受付をしようとしたところで、とても強そう、と突然話しかけてきた上に襲いかかってきたのがユキカゼだ。


 紆余曲折ありいつの間にか一緒にスイーツを食べる仲になったが、当初は本当に嫌いであった。


「がんばんなさいよ。私の敵討ち、ユキカゼに頼むわ」

「任せて。あたしが明日、ウィルを倒すから!」


 そうユキカゼは高らかに宣言した。

 明日の準決勝。目玉は間違いなくウィル対ユキカゼの一戦だ。


「……ウィルは間違いなく化け物よ。倒せる?」

「今のウィルに負ける気はしないなー。兎さんとスライムちゃんがいても勝てるよ」

「あんたも大概バケモンね」


 シスカはウィルとバーニに完封されてしまったが、ユキカゼはそれに加えてイムがいても勝てると豪語する。

 だがそれを納得させるだけのオーラをユキカゼは放っていた。


「でもウィルはそれで終わらないと思う。まだ隠してるよ。凄いの」

「あの上があるとか、ちょっと信じたくないわ」

「楽しみだなー。早く寝て明日にしたい。本当に、あたしはワクワクするんだよ!」


 そう叫ぶユキカゼは、とても眩しかった。

 犬耳をピンと張って、尻尾をぶんぶんと振り回す。ウィルという化け物と戦うとなっても、どこまでもワクワクしかユキカゼは持っていない。

 そんなユキカゼが、シスカは羨ましくなる。


「楽しい明日になるといいわね」

「間違いないよ!」


 シスカはそう微笑んで、笑顔のユキカゼの頭を撫で回した。



 ◇



「わかっているな、テロン」


 そこは暗い地下室だった。

 小さな蝋燭のみが光源の地下室にて、大人と子供が相対している。


 一人はS級冒険者であるゼンデルク・バーモンド。

 一人はその弟子であるテロン・エルマだ。


「は、はい。師匠」

「必ず優勝せよ。俺も優勝する。師弟で魔闘技大会を制覇するのだ」

「も、もちろん、です。期待に応えてみせます」

「うむ。その言葉が聞きたかった」


 テロンは精一杯の虚勢を張った。

 優勝すると言えど、優勝できる気はしない。それほどにデカい壁があるからだ。


「明日は、確かシュナというガキだったか。あのシルクとよくいる奴だな」

「はい……」

「お前が負けるはずがないな。問題は、決勝戦。必ず勝ち上がってくるあいつだ」


 ゼンデルクはそう叫び、手に持っていたグラスを破壊した。


「敗北は許さん。シルクの弟子風情に二度も負けるなど、あっていい話ではない」

「もちろん、です……」


 ゼンデルクは破壊したグラスなど気にも止めなかった。不甲斐ない弟子の姿を思い出したのか、怒りのみがそこにある。

 テロンはただ、肯定するだけだ。


「なに。全て俺に任せておけ。俺がお前を勝たせてやる」

「…………」

「最強の召喚士にしてやろう」

「…………っ」

「返事はどうした?」

「はい! ありがと……ございます」


 テロンは慌てて感謝を述べた。その様子にゼンデルクは満足げに頷く。


「最強の召喚士になるのがお前の夢だものな。こんなところで躓いていられないぞ」

「あ、はい……」


 反射的に返事をしたが、本当にそうなのだろうか。

 たまに、テロンは自分がわからなくなる。

 最強の召喚士になることが、目標だっただろうか。テロン自身は何がしたい。テロン・エルマの自我はどこにあるのか。


 テロンはゼンデルクの夢を叶える人形だ。

 だからたまに、わからなくなる。今生きているのか。自分がテロンなのか。


「シルクを、超える。それがお前の全てだ」


 ゼンデルクの言葉に、ただ反射的に頷いた。



 ◇



「あかんわ。そろそろ改名せなあかん」


 宿屋の食堂にて行う食事は、激獣傭兵団の大切な交流の場である。しかしそんな大事な交流の場で、団長は机の上にうつ伏せになって鬱っていた。


「団長。そろそろ元気だしたらどうかしら? ユキカゼみたいに」

「あのクソガキみたいになれるかー。ワイは弱なってしまったや」


 魔闘技大会の予選で敗退してから、定期的にこの状態になる。

 弱くなってしまったことに悲しみを抱いているらしい。


「激獣なんて大それた名前、やっぱ似合わん気がする。これからは激弱や。激弱傭兵団として活動するんや」

「さすがにそれはやめよう。大丈夫。みんなで団長の体は取り戻すから」

「……ええ子すぎる。好き」


 頼もしい上に良い子なウィルに、団長はキュンキュンした。

 引っ張って遊んでくるユキカゼというクソガキとは大違いである。


「ぷるぷる……うまうま」

「またやってる」


 そんな光景が連日続けば、優しい子供達以外団長の相手なんてしなくなるものだ。

 シルクとイムはガン無視して食事をしていた。


「うまうまだけど、ニャルコいないとさびしーな」

「そうだね。何してるんだろ」


 団長を放置している二人が話すのは、もう一人の仲間であるニャルコについてだ。

 今日も帰ってこなかった上に、最近顔を見ていない気がする。

 あの見た目でも立派な大人なため、過度に心配することはないが、仲間としてちょっと不安にもなる。


「……あの子は強い子や。大丈夫やで」

「そうだけど……ね」

「ニャルコは強いけど、強いからこそ心配にもなるのよ。ね、ウィル」

「そうだね」


 一人で全部どうにかしちゃう強さがあるから、頼ることをあまりしない。

 その強さのせいで不安なのだ。


「ニャルコは僕達に何も言わずに全部終わらせて、また帰ってこようとしているんだと思う」

「せやな。……間違いないわ」

「最後まで頼るつもりは、ないんだろうね」


 ニャルコは本当の親を探していた。そのためになぜか魔薬騒ぎを解決する必要があるらしい。そして親のことを知って、心に整理をつけて、また激獣傭兵団の元に戻ってくるつもりだろう。


 それら全てに、ウィル達を関わらせるつもりがない。

 自分の問題だから、一人で解決するつもりなのだ。


「ニャルコも、複雑な心境なんや。特にシャルノアには……知られたないやろな」

「うん……」

「二人はやっぱり、ニャルコが何してるか知ってるんだ」

「まあ、ちょっとだけな。だからワイは、ニャルコの意思を尊重するつもりやで」


 結局、その結論に行き着いた。

 仲間のことは助けたい。しかし助けを求めない以上、その意思を尊重するしかないだろう。


「ぷる~。ニャルコのことは置いとくのだ。今は、明日のごしゅじんとシュナ!」

「ん。そうだね。二人のことを、話そうか」


 ニャルコの件は一端忘れ、話は明日大きな戦いを控える二人に移る。


「ウィルはユキカゼ。シュナはテロン。頑張ってね。二人なら、勝てる」

「ぷる!」

「めっちゃ応援しとるで!」

「ふふ。頑張るわ」


 三人は激励してくれてる。シュナもやる気バッチリ。

 ウィルも明日を思って、薄く微笑んだ。


「えっと師匠。バーニ縛りは?」

「もちろん継続! 私の弟子ならできる!」


 流れで聴いてみれば、やはりそう言われる。

 弟子を過大評価している節があるシルクは、バーニ縛りでユキカゼを倒せると思っているらしい。


 だが難しい。というか大分無理な話だ。

 コブロがいないと勝てる気がしないユキカゼを、バーニ縛りで倒すなど。


「……大丈夫かなぁ」


 ウィルは小さく、弱音を吐いた。

 明日はユキカゼとの一戦。勝てる気持ちは、あまりない。

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