第百二十三話 魔薬騒ぎを解決せよ

『勝者、ウィルベル・エルテスタ!』


 司会は驚きを持って、その結果を告げた。そしてそれは観客達も同じだ。

 誰もがそうであろう。誰もが勝者となるのはシスカだと思っていた。


 ロートネック家とは魔導国にて数多くのS級冒険者や特級魔導師を排出してきた名家。シスカも未来の特級魔導師と期待された逸材だ。

 それをウィルは完封した。


 いくらシルクの弟子と言えど、シスカには勝てない。そう人々は思っていたのだ。

 数名を覗いて。


「ふっ。俺から見れば、当たり前のことが起こったにすぎない」


 そう言うのは、いわゆる玄人と呼ばれる者だ。

 長らく魔闘技大会を見てきた玄人からすれば、まさに予定調和としか言いようがなかった。


「一流は勝敗を見誤らない。ここで驚いているようでは二流。否、三流だ」


 一流を名乗る玄人の目から見れば、ウィルの勝利は決まっているようなものだ。

 底知れぬものをヒシヒシと感じるウィル。勝利してなお、手札をいくつも隠し持っている気配すらする。


 シスカ・ロートネックは確かに天才だが、ウィルベル・エルテスタはそれを上回る。一流の目から見ればあまりに歴然たる差が見えていた。


「あいつに目を付けたのは俺が先! 後で自慢しちゃおう!!」


 玄人はとても舞い上がっていた。


『シルクさん。彼は一体?』


 そんな玄人の裏で、司会の男は目を見開いてシルクを見つめていた。


『言ったでしょ。私の弟子。いずれ私を超える子』

『な、なるほど……』


 シルクの言葉は要領を得なかった。一体どこで、こんな化け物を見つけてきたのか。どこから来たのか。どこで生まれたのか。どう育ったのか。その底知れぬ魔力の正体は。疑問は尽きない。

 だがシルクはそれを答えることなく、二人を称えた。


『シスカも、強かった。ちょっとウィルとは相性が悪かっただけ。シスカもこれから強くなれる』

『そうですね。両者に、惜しみのない拍手を!』


 司会の言葉で、闘技場は万雷の拍手に包まれた。

 多くの者がウィルとシスカを称える。まさに美しき景色と言えるだろう。


「シスカちゃん、大丈夫?」

「……う、ん」

「眠ってるだけかな。よかった」


 降り注ぐ拍手には目もくれず、ウィルは崩れ落ちたシスカを案じるように側にいた。

 恐らく魔力を大量に失ったせいで眠っているだけ。決闘結界が解ければ全て元通りだろう。それを確かめて、ほっと一息ついていた。


「こんなごり押し。あんま良くないかな」

「きゅ?」

「ただ魔力比べしただけ。結局シスカちゃんの結界は突破できなかったしね」


 ウィルはそう今の戦いを振り返る。それ以外に手段がなかったからやったが、その実態はただの魔力比べ。

 シスカの魔力が切れるまで、永遠に魔砲を放ち続けるというスマートではないやり方だ。これが実戦ならばありだが、今回は闘技大会。

 もう少しちゃんと戦って勝ちたかったのが本音だ。


「もっと頑張ろう。シスカちゃんの結界を破壊できるぐらい」


 魔力切れを狙うのではなく、真っ正面から破壊する。

 それを目標に、ウィルはより強くなることを決意した。



 ◇



「ウィル、がんばってるにゃー」


 魔都にある広場にて。空に浮ぶ映像を見ながら呟いたのは、ニャルコであった。

 魔闘技大会の本戦ともなれば、魔都の至る所に映像が浮かび上がり、国民全員で観戦する一大イベント。


 魔薬騒ぎを解決するために走り回っているニャルコの目にも、その映像は届いていた。


「まったくだね。あの少年は素晴らしい」

「……にゃ」


 そしてニャルコは一人ではなかった。その側にいるのは一人のエルフ。

 クソダメポンコツエルフのジーストである。


「いつまでついてくるの?」

「魔薬騒ぎが解決するまでさ!」


 そう高らかに叫ぶジースト。本音を言えばウザい。しかし意外と役に立つので邪険にするのもあれと、ニャルコの中ではちょっとした葛藤が起こっていた。


「ニャルコちゃんが一番、魔薬に近い場所にいる。この事件を解決するまで帰れない僕は、もちろんニャルコちゃんの側にいるのだ」

「ふーん。そう……」


 ニャルコは冷たい声音である。とてもウザい上に、何か気に入らないから優しくするなんてありえない。

 自分でやるわけでもなく、ニャルコに頼りっきりなところもマイナス点だ。


「名前呼ぶこと、許可してにゃいんだけど」

「良いじゃん、へるもんじゃないし」

「シャルに貰った大事な名前にゃの! 気安く呼ばにゃいで」


 この男に名前を呼ばれるのは何かゾワゾワした。いつも気持ちの悪い目で見てくるからかもしれない。

 シャルノアが帰ってきたら殴ってもらおうかと思いつつ、ニャルコは手元の紙束に目線を映す。


「あと少しだけだからね。もう解決する。そしたら魔導警備隊に帰りにゃよ」

「もちろんだとも。その為に僕はここにいる。そろそろ昇格したいしね」

「その強さで末端の副隊長はサボりすぎ」


 ジーストほど強ければ。もっと昇進できただろうに。

 実際、魔導警備隊所属の二人の特級魔導師は、それぞれ総隊長と零番隊の隊長とトップに上り詰めている。

 それなのにジーストだけ六番隊副隊長だ。


 この差を見れば、ジーストがどれだけダメエルフかわかるだろう。


「でもさ。何もしなくても首にはならない。ちゃんと給料も貰える。楽な仕事だよ」

「そんにゃんだから、こうして追い出されてるんでしょ」


 その強さがあれば、昇進して昇給も可能だろう。だがジーストはどれだけ楽をするかしか考えていなかった。

 その結果が、麻薬騒ぎを解決するまで出禁という現状だ。


「僕の目的なんてただ一つ。楽して金を稼ぎたいってそれだけだよ」

「ダメエルフ」

「よく言われる」


 ニャルコは溜め息をつき、ジーストは笑った。


「その為にも、魔薬騒ぎは解決しないとね。それで。今まで集めた情報を整理しようか」

「にゃん。魔薬はどこかで製造されているね。多分、魔導警備隊が簡単に調査できない所」


 魔導警備隊も魔都中を捜査し、その他の都市でも魔薬が製造されていないか調べている。それなのに、どこで作られているかわからない。どこかで作られ、それが魔都の至る所に広まっているのが現状だ。


「たとえば大企業の所有地。たとえば人類未到の地。たとえば、S級冒険者の所有地とかかにゃ」


 魔物達の住処などでこっそり作っていたり、権力を持つ者達が密かに作っていたり。

 そうであれば魔導警備隊も簡単には手が出せない。

 今まで解決できなかったのも納得だ。


「そこら辺をこっそり調査するのが良いかにゃ」

「間違いないね。今は魔闘技大会が開催中だし、それに紛れてこっそり行こう」

「……結構法律スレスレというか、アウトにゃことやると思うけど、良いの?」

「魔薬騒ぎが解決すれば全てOKになるんだよ」

「……まあそうかもだけどさ」


 非合法な手段で得た証拠だとしても、魔薬騒ぎが解決すれば全てが許される。そういうものだとジーストは言う。

 ニャルコも権力者の屋敷に侵入するのは慣れたものなので、楽しげな顔だ。


「ニャルコちゃんはまず、どこから行くべきだと思う?」

「そりゃ一番怪しい所でしょ」

「間違いないね」


 怪しい所を順番に潰していくのがセオリーだ。

 ニャルコは事前に作成したリストを見ながら、その一番上を指差す。


「S級冒険者であり、ここ一年ぐらいで人が変わったように暴力的ににゃった男。ゼンデルク」

「弟子に対して指導を超えた行いをしているというのは、上司の娘さんから僕も相談されたね」

「……シルクもトラブルににゃったって言ってたし。私も遠巻きに見ただけだけど、にゃんか目がキまってるし」


 S級冒険者なんて魔薬をキメてそうな頭のおかしい奴しかいないが、その中でも一番怪しいのが『炎帝』ゼンデルクだ。

 直接的な証拠があるわけでもなく、ただの勘だけだが、ニャルコはそう断言する。


「じゃあ行こうか!」

「やる気だね」

「そりゃね。これを解決して、僕も隊長に返り咲くんだ」

「……隊長ににゃって、どうせ部下に全部押しつけるつもりでしょ」

「よくわかってるじゃん」


 ジーストというダメエルフは何も変わらない。だが怠けることに対する並々ならぬ信念が伝わってきた。

 その為ならば、何でもするだろう。故に今回は頼りになる。


「僕より、ニャルコちゃんの方がやる気じゃん。何か理由があるのかい?」

「……にゃんで言わないといけにゃいの?」

「おっと。これは手厳しい」


 やる気になっている理由をわざわざ話して上げるほど仲良くなったつもりはない。

 それは仲間達にすらあまり話したくないことだからだ。


「まあいいや。じゃあ、あの日・・・みたいに楽しもうか。ニャルコちゃん……」


 ジーストはそう言って、歩き出した。


「……あの日?」


 ニャルコはその言葉に少しばかり違和感を感じながらも、前回酒場に突撃した日のことかと納得する。

 そしてその背を追って走り出した。

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