第六話 傭兵団のウィル

 それは団長やベゴニアが見せてくれた物と同じ、魔力の放出による威嚇。

 恐怖が湧き出る。すぐに逃げ出したいそう感じる。でもウィルは、冷や汗を掻きながらも笑った。


「こんにちは」


 いろいろ考えるも、とりあえずそう言ってみる。


「はあ?」


 ウィルの態度が想定と違ったからか、男は少し困惑げにウィルを見た。


「おい。殺すぞ」

「……それは怖いです」


 だがあまり怖がっている様には見えない。ウィルはたしかにプルプル震えているが、一歩も引くことなく男と対峙した。


「怖そうに見えねえな。なぜ、怖くない」

「……本当に、殺す気なら多分とっても怖い。でも、本気じゃない」

「っ!」


 男はウィルの言葉に図星を付かれたかのような顔をする。それは正解だった。男は確かに殺気を飛ばし、魔力も飛ばしていたが、それはあくまで威嚇。反省して、泣いて謝るならばそれで許してもう二度とするなよ、とそういうプランだった。


「なぜ、……分かった?」

「本当に殺す気なら、もっと怖い」


 ウィルは、五歳ながら過去に幾度か死線を潜った。直近で受けたベゴニアの殺気もあるだろう。

 それらの経験から、男の殺気が優しすぎると見抜いていた。


「……ちっ。盗人のガキがこんなに鋭いとは思ってもいなかったぜ」

「僕は盗人じゃないよ」

「あん? じゃあなんだってんだよ」

「今日から、ここにおいてもらう事になった、ウィル。です」


 ウィルはぺこっとお辞儀した。その様子をみて、あっけにとられたような表情をする男。だが、すぐに納得したような顔を作った。


「なるほどな。俺はこの傭兵団の料理人兼メンバーのウァードックだ」

「……信じるの?」

「もし盗人なら俺が気づくより先に団長が始末してるだろーからな」

「へー」


 団長を思い出す。たしかにあの人ならばすぐに気づいて始末する事ぐらい訳ないだろう。

 ウァードックは火にかけてあるスープの様子を見ながら、口を開く。


「まあ、仲間だってんならよろしくな。今から夕食を作るから、楽しみに待っていてくれ」


 ウァードックはそう言ってキッチンに立ち、調理器具を取り出したり魔道冷蔵庫から野菜を取り出したりと忙しそうに動く。

 ウィルはそう様子を、じっと見つめていた。


「なあ、何で見てるんだ?」

「……手伝う」


 ウィルはウァードックの横に立つとそう言う。


「手伝う? 何でだよ」

「働かざる者、食べちゃだめ」


 それは、かつて言われた言葉だ。

 ウィルは考える。今ウィルを繋ぎとめているのは、膨大な魔力という一点。もしそれに価値がなくなれば、ウィルは捨てられるかもしれない。

 ベゴニアがそういう人ではないとは知っている。だが本当に。万が一という可能性もある。あるいはほかのメンバーの手によって。という可能性もある。


 だから、それ以外でも価値が欲しい。家事などをやって、ウィルがとても優秀であると。そう知らしめる必要がある。

 幼いながら、必死にウィルはそう考えていた。


「……なるほどね」


 だがウァードックはじっとウィルを見つめるだけだった。

 あるいは、ウィルの打算に気付いているのかもしれない。

 だからウィルは、もう一言つけたした。


「ベゴニア達に、恩返ししたいし」


 それも紛れもない事実だ。

 初めて親切にしてくれたベゴニア。いろいろ教えてくれた副団長。姉の様なシルク。

 良い人ばかりだ。ウィルが今まで生きてきた世界ではあり得ない優しい人達。だから、ウィルはそれに応えたい。

 打算などと言っても、結局この考えがウィルの頭を占めていた。


「……なるほどな。よし、まずは野菜を切るんだが、皮むきできるか?」


 ウィルの言葉を聞いて、ウァードックは優し気に笑ってそう言った。


「もちろん。一通りはできる」


 かつて強者の庇護下に入っていたころ、家事雑用を全てしていた。

 その時の経験から、最低限の事はウィルにはできた。


「よし、じゃあ手伝ってもらうかね」


 キッチンは、ドワーフであるウァードック用に少し低い。それは、ウィルにとっても丁度良かった。

 ウィルはウァードックに教えてもらいながら料理をする。二人は、いつのまにか打ち解けていた。



 ◇



 屋敷の食卓の間にて、ウィルは忙しくちょろちょろ動き回っていた。

 料理が乗ったトレーを慎重に机まで運び、それを繰り返す。ちょろちょろと動き回るその様子は、見ていて微笑ましかった。

 ウィルは最後に自分の席にトレーを運ぶ。ウァードックが作った料理はとても美味しそうで、ウィルは自分が食べて良いのか不安になる。

 三度も確認して了解は得たので、恐る恐る席についた。


「へえ。ウィルも手伝ったのか。やるな」

「坊主、なかなか筋が良かったぜ。これならいずれ料理を任せても良いかもな」

「がんばります」


 だがウィルは、自分が料理をしているビジョンが想像できない。

 それほどウァードックの技術は素晴らしかった。見ていてほれぼれする料理技術は、とてもウィルでは習得できそうにない。


「もう、食べよ。せっかくウィルが作った料理が冷めちゃう」

「せやせや。美味いもんは熱い内に食うのが鉄則やで」


 シルクと団長はもう食器を手に今か今かと待っていた。


「それでは神に感謝の祈りを捧げましょう」

「そんなもんええわい。さっさと食おうや」


 副団長の声を遮って、団長は料理に食いつく。それを合図に食事は始まった。


「はぁ」


 副団長はため息をつく。しかし誰も気にも留めてなかった。いつもの事である。


「ふくだんちょー。何かするつもりだった? 今からする?」

「いいえ。ウィル君はとてもいい子ですね。でも良いのです。いつもの事なので。さ、ウィル君もご飯を食べてください」


 そう言う副団長の言葉に困惑しながらも、ウィルはフォークを持つ。シルクに教えてもらった食器の使い方も、何とか見える様にはなっただろう。

 そうして、ウァードックが作った料理を口に運んだ。


「っ!」


 それはウィルの知らない味の世界。今まで食べていた物は食べ物ではなかったのか。そう思わせてくる。

 来る前に食べた食堂のご飯や道中の料理もウィルにとってはごちそうだったが、これはそれ以上。

 自分程度が食べて良い物だろうか。そうウィルは思った。


 不安げにキョロキョロ見渡すが、誰もウィルを咎める者はいない。

 それを見て、やっぱりみんな良い人だとウィルは再確認した。



 ◇



「じゃあゆっくり休めよウィル」


 ウィルの自室までついて来てくれたベゴニアは、そう言って扉に手をかける。


「うん。ありがとう」

「ああ。それと、他の三人のメンバーに関してはどっか行ってるみたいだから帰ってきたら紹介するな」

「うん。分かった」

「じゃあお休み」


 ベゴニアはそう言って、部屋を出ていく。

 ウィルはその後ろ姿を見ながらほっと一息ついた。


「……生き延びた」


 ウィルはポツリと呟く。

 何度も死にかけた経験を持つウィルも、今回は流石にダメかと思った。ガラガラ草を食べて死を待つばかり、それがいつのまにかこんな屋敷の一室での生活。

 何が起きたのだろう。いまだ混乱している。


 敵のいない空間。美味しいごはん。お風呂なる物も凄かった。

 ベッドはふかふかで、ウィルは記憶を探ってもこんなに良い寝床を知らない。


 だがふと思う。

 なぜ、こんなに生きる事に執着する自分がいるのだろう。

 過去、何度も死にかけた。そのたびに生き汚く生き延びた。なぜだろう。夢も希望もない世界で、何で必死に生きていたのだろう。

 別にベゴニアについていく必要なんてなかった。この世界に、希望なんてないと知っていたから。死ねば楽になると願っていたから。


 でもまた生き伸びている。自分の中に燻る強い生きたいという思い。なぜこんな思いがあるのかウィルは分からない。

 ただ、生きなければいけない気がする。そして、何かを求めている。


「ふぁ……。寝る」


 でもまあ良いか。そう思いながら、蝋燭の火を消した。

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