第七話 特訓! 身体強化

「おいおい。嘘だろ」


 次の日の早朝、屋敷の庭にてベゴニアは驚いたような呆れたような。そんな声を出していた。


「何が?」

「お前が教えてから一分で『身体強化』を習得した事だよ。すさまじいな」

「そうなんだ」


 ウィルの体がキラキラと輝いている。それは魔力による輝きだった。


「魔法の基礎技能とはいえ、一分での習得なんて異次元だ」

「……多分、僕はもともと使えてた」

「ん、使えてた?」


 ウィルは今の自分の感覚を、過去の記憶から探る。


「たまに、こんな感じになった事がある。最初は大人に追いかけられた時。こんな感じになって逃げきれた」

「なるほどな、火事場の馬鹿力みたいなもんか。ウィルの場合は生まれつきの膨大な魔力ゆえ発動しやすかったのかもしれない」

「なるほど」


 ウィルは庭をぴょんぴょん走り回る。やはり通常よりも身体能力が二倍近くに向上していた。

 これが、魔法の基礎技能『身体強化』。


「体の一か所に溜まっている魔力を体全体に循環させて身体を強化する技能だが、これも意外と奥が深い。しばらくは、これを鍛えてみろ」

「うん。そうする」

「団長はこれの達人だからな、『身体強化』に関しては団長に聞いた方が良いかもしれない」

「分かった」


 そう言いつつも、団長の事は少し怖い。豪快で明るく、悪い人ではないのだが、獅子獣人特有の怖い見た目と、垂れ流している魔力のせいでウィルは団長の事がちょっと怖かった。


 その後もベゴニアに教えてもらいながら『身体強化』の練度を高めていく。気づけば、太陽は完全に昇っていた。


「おっ。もう太陽が昇ってる。昇る前からやっていたから、大分やってたな」

「うん……あっ」

「ん? どうした」

「ごめん。ウァードックと約束がある。朝食の手伝いしないと」


 昨日、夕食の手伝いが終わった後に筋が良いからと明日の手伝いもお願いされたのだ。出来ればで良いと言っていたが、楽しかったし信頼を勝ち取る為にも行かねばなるまい。


「そうなのか。じゃあ今日はここまで。あんまり無理するなよ」

「分かった」


 ベゴニアにそう言いながら、ウィルは走ってキッチンまで向かった。



 ◇



 朝食の手伝い。といっても大した事ではない。野菜を切ったり、火の番。皿洗いや食器を出したり。ウィルでもできる簡単な仕事だ。

 あいかわらずウァードックのご飯は美味しく、朝食の後片付けを終えればウィルは自由時間となった。


「……何しよう」


 しかしウィルはポツンと一人だった。食堂にてテーブルを拭き終わり、仕事はもうない。


 ベゴニアは何か用があるらしくいない。シルクも朝からどこかに行った。副団長は忙しそうに事務をして、ウァードックは趣味の市場巡りにでかけた。

 ウィルは一人だった。


「んー」


 ウィルは考える。

 『身体強化』の鍛錬でもすべきか。しかしもうしている。朝からずっと『身体強化』は発動しっぱなしだ。朝食の手伝いをしながらも発動していた。ベゴニアが言うには限界まで発動してみろとの事だが、未だ限界は見えない。


 という事で、ウィルは暇だった。ちょっと前まではありえない事だ。つねに忙しく、死は隣にいた。それが突然、安全な空間で何もしなくて良いと言われたら混乱してしまう。

 また探検でもしてみるかとウィルが考えていると、ふと食堂に人が入ってきた。


「なんや坊主。まだ食堂におったんか」

「あ、……だんちょー」


 入ってきたのは団長だった。

 獅子の獣人である団長はやはり威圧感が凄い。だがそれ以上に、ピリピリとした覇気を放っていた。

 恐怖が湧き出るが、しずかに蓋をして鎮める。ウィルは何とか心を落ち着かせて、団長と向き合った。


「なんやワイが怖いか?」

「……ぜんぜん」


 それはやせ我慢だ。基本的に恐怖に対して凄まじい耐性を持つウィルでも、団長の覇気には恐怖を抱く。


「嘘はつかんでいい。ワイが魔力を垂れ流しちゃうんはどうにもならん癖でなあ。かんにんな」

「大丈夫です。ふくだんちょーの方が、怖いから」

「はっはっは。そうかそうか。確かに副団長は怖いな」


 第一印象は必ず怖い人。になるであろう副団長。しかしウィルはただの苦労人であると知っている。実際は団長の方が怖い。


「んー。なんや坊主『身体強化』発動しとんのかい」

「修行してます」

「なるほどな。だが、『身体強化』はワイの十八番や。どや、少し教えたるで」

「……じゃあ、お願いします」


 ベゴニアもさっき言っていた。団長は、『身体強化』の達人であると。

 ならば強くなるために断る理由はない。ちょっと怖いけどウィルは承認した。




 庭にある訓練場に移動する。


「『身体強化』ってのはまあ簡単な技や。練習すれば誰でもできる。だがその分奥も深い技や」

「うんうん。分かりました」

「よし、じゃあワイも身体強化してみよか」


 団長はふぅと息を吐いた。

 その瞬間、風が吹いた様な気がした。


 団長を中心に、荒々しく吹き荒れる圧倒的覇気。

 思わず逃げ出しそうになる。それでもウィルは負けじと更に気合をいれて身体強化する事で何とか耐えた。


「みせたる。鍛えると、こんな事もできるようになるんや」


 団長はしゃがんだ。そして一気にジャンプする。だがそれはジャンプに収まらなかった。空高く、団長は跳ぶ。しばらく滞空したと思えば、一気に落下した。

 凄まじい衝撃が巻き起こる。だが団長は落下地点で無傷で立っていた。


「ただのジャンプで空を飛べる様になる。王都を囲む壁だろうが、ワイにとってはないもどうぜんや」

「ほー。すごい。どうやるの?」

「その為には、さらに鍛えるしかない。イメージするんや。体ん中の魔力が熱を持って更に加速する様な」


 団長に言われた通り、目をつぶってイメージしてみる。体の中で巡る魔力が、更に加速し、熱を持つ様な。

 すると、どんどん体が熱くなってくる。だが悪くはない。どこか走り出したい気分だ。


「坊主、それで走ってみい」


 団長の言葉を聞いて、ウィルは翔けた。


「っ!!」


 自分は今風になっている。そう錯覚する。身体能力が、圧倒的に向上していた。だが向上しすぎて自分でもコントロールしきれない。ウィルは何とかコントロールしようとするが、速さに振り回される。

 そして気づけば、庭の塀が目の前に迫っていた。


「ぶつかるっ」


 止まろうとするが、止まれない。そしてウィルは塀に激突――する事はなかった。


「気を付けるんやで。力に振り回されている。まっ、練習あるのみやな」


 激突しようとしていたウィルを、団長はひょいっと抱える。


「……とても速い。でも、むずかしい」

「ワイも最初はそうやった。だいたいそんなもんや」


 団長はそう言うと、ウィルを地面に下ろす。


「じゃあ、ワイはそろそろ行くわ。コントロールできたら、また教えたる」

「ありがとう。がんばる」


 ウィルはぐっと拳を握った。

 強くなるために。訓練をつむと誓って。


「そや。坊主、あんまり根詰めすぎるんやないで。適当にやるんが一番や」

「でも。がんばらないと」


 強くならないといけない。価値をしめさないといけない。ウィルはそう思う。


「……ちょっと見てれば何となく分かる。坊主は魔力だけの存在やないで。価値がなくなったら放りだすとか、弱かったら追い出すとか、そんな事ないからな」

「でも」

「人間、生きてるだけで凄いもんや。だから、がむしゃらに頑張らなくてええ。もっと力ぬいても誰も文句は言わんで」


 団長は、ウィルの頭に手をおいてわしゃわしゃと撫でる。


「大丈夫や安心せえ。悪いようにはせえへん」


 ウィルを安心させる優しい声。団長は笑うと、その場を去っていった。


「だんちょー」


 何で団長が団長なのか分かる気がした。怖いと思っていた団長のイメージが一気に変わる。ウィルは暖かい物を感じた。未知な感情であったが、悪い気はしない。

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