第四話 副団長は泣く

 馬車の中。ある程度整備された街道を走っているとはいえ、中に揺れはほとんどない。乗り心地は抜群で、馬車の旅を満喫する時だろう。

 しかし馬車の中には、なんともいえない空気が漂っていた。


「あの……良い天気」

「そうですね」


 それで会話が終了である。振った話題が悪いのもあるが、取り付く島もないとはこの事だろう。副団長はウィルに視線をふらずにそっけなく答える。

 ウィルは幼いながらも、どうにかできないかと頭を回転させる。


「……この馬車、すごい」

「でしょうね」

「うん。……何で?」

「さあ」


 それ以降沈黙が流れる。

 何かもっと良い話題はないだろうか。そう考えるも、五歳児であるウィルにそんな気のきいた事はできない。


「無理して話さなくて結構です」

「……そっか」


 どうすれば良いかと考えていると、副団長はそう言ってくる。ウィルもそう返してみるも、少しさびしかった。


「僕、邪魔、です……か?」

「別に。邪魔ではありません。必要でもありませんが」

「僕……嫌い?」

「……そうかもしれませんね」


 副団長にあまり好かれてはいないというのはなんとなく分かる。だが実際面と向かって言われると、傷つくものだ。


「まあ、全てを決めるのは団長です。私があなたを嫌おうが、団長が良いと言えばここには居れますよ」

「そっか」

「ええ」


 それ以降、副団長はしゃべる気がないのか黙る。しかしそれで終わるウィルではなかった。


「ふくだんちょーって。……苦労してるの?」

「苦労? 別に、無理にしゃべる必要もありませんよ」

「ううん。ふくだんちょーとも、仲良くしたい」

「っそうですか」


 ウィルの言葉に、呆気にとられた様な顔をする。しかしすぐ元に戻り、返答した。


「……確かに苦労してますよ。よくわかりましたね」

「そんな、顔してる」

「そうですか。……うちは私を入れて八人の傭兵団なんですよ」

「うん」

「その内三人。ベゴニアとシルク。あとシャルノアという人がもうとっても問題児達で、しょっちゅう問題を起こしては私が後始末に奔走し、やっと解決したと思ったら次の問題を。ついこの間なんか公爵家の跡継ぎ様を半殺しにして、私が謝り倒す事三日間。それに二週間前なんか――」


 少し、答えるだけのつもりだった。しかし、気付いたら決壊する様に愚痴を吐きだしていた。今まで吐き出せる相手いなかった弊害か、五歳の少年にさまざまな愚痴をぶちまけていた。


「ふくだんちょうー大変だった。よしよし」

「うぅ……初めて言われました」


 副団長は涙を流していた。問題児達の尻拭いに奔走し、一人で胃を痛める日々。こんなに優しくされたのは初めてだ。


「分かってくれるの君ぐらいです。こんなに苦労するのも団員がいくら問題を起こしても笑い飛ばす団長のせいかもしれません」

「へー。団長、困った人?」

「ええ。尊敬できる人なんですけどね。君は……問題児にならないでくださいね」

「がんばる」


 ウィルは幼いながらも誓った。副団長に苦労はかけないようにしようと。


「……君はもしかしたら良い子かもしれませんね」

「?」

「少しだけ気に入りました」

「ありがとう」


 ウィルはぺこっとお礼をする。それを見た副団長はうんうんと頷いた。



 ◇



「ベゴニア、辺りに問題なし」

「了解。ありがとな」


 そこは馬車の外。御車台に座って馬を操るベゴニアに、周囲の探索をしていたシルクがそう言ったところだった。


「まっ、フェンリルが並走している馬車を襲おうなんて考える奴、人にも魔物にもいないだろ」

「確かにね」


 そう、今馬車の横を、巨大な狼が並走していた。


 名をフェンリル。魔物の危険度を示すランクでは、最高のSに位置する最強の魔物。それが並走していた。

 しかし敵ではない。その背にシルクが乗っている事から仲間であると分かる。


「そろそろ休憩するか」

「うん。ちょっと先に、良い所がある」

「じゃあそこで休憩だな」

「うん。ところで、ウィルと副団長って中?」

「ああ。中だ。二人きりでな」


 その言葉で、微妙な顔をする二人。

 副団長がウィルの事を歓迎していないというのはさすがに察せる。団長が許可を出せば何も言わないだろうが、良い気はしないだろう。


「中、どうなってる?」

「分からん。まあ、微妙な空気が流れている予感はする」

「だね」


 見張りなんてせずに仲を取り持つべきだったかと思うシルク。最初にたしかにそう思ったが、めんどくさいと見張りに逃げた結果だ。その責任を負って中に突撃するべきだろう。


「とりあえず、休憩場所にいくか」

「そうだね」


 臭い物には蓋をする事にした。


 しかしすぐに休憩場所に到着する。すぐに蓋をあける事になった。

 シルクは覚悟を決めて、馬車の扉に手をかける。どんなに気まずい空気が流れていようが、負けないと。


「つまり、魔法は魔力を使う事で発動します」

「すごい。使いたい」


 しかし馬車の中では、和気藹藹とした空気が流れていた。

 あのつねに苛立っている副団長が、丁寧にウィルに何かを教えている。

 シルクは何かの幻覚かと思った。副団長は気難しい事で有名だ。子供相手にあそこまで楽しそうに教えるなんて、やはり幻覚だ。


 シルクは一度扉を閉めた。そして深呼吸する。次開ければ険悪な雰囲気が漂っているだろうと。

 しかし、それもまた外れる。


「では体内の魔力を感じるところから」

「はーい。先生」

「…………?」

「ところでシルク。用があるならさっさと言ってください」


 もう一度閉めるかと考えていたシルクに、副団長はそう言い放つ。閉める機会を失ったシルクは、戸惑いながらも要件を伝えた。


「えっと……休憩の時間」

「なるほど。では授業はまた次の機会に」

「はい。先生」


 なぜか師弟関係が出来上がっていた。

 つねに冷静沈着で、感情をあまり表わさないシルクが珍しく目を丸くして驚いていた。


「何を驚いているのですか?」

「……副団長。キャラ、変えた?」

「失敬な。もともとこんな感じです。はあ、ウィル君は結構見込みがあるので教えていただけです。教えるというのも楽しい物だと気付きましたよ」

「へー」


 あの神経質で気難しく、つねに怒っている様な副団長がこうも変わるとは。シルクはやっぱりびっくりした。


「ししょー。先生、すごかった」

「そうなんだ」

「魔法、教えてくれた」

「それは良かったね」


 いつのまにか副団長の事を先生を呼んでいる事にまた戸惑いながら、もう考えない事にした。


 休息。といってもご飯を食べたりはしない。それはもっと後で、今回は小休止だった。


「……おっきい」


 そしてウィルは、礼儀正しくお座りする巨大な狼、フェンリルを見上げていた。

 フェンリルは巨大な魔物だ。全長四メートル以上あり、五歳児のウィルにとって見上げるだけで首が痛くなる。


「なんだ、怖くないのか?」

「怖い?」

「フェンリルは最強クラスの魔物だ。人一人丸呑みできる」

「それは怖いかもしれない」

「怖がっているようには見えないけどな」


 フェンリル。確かに怖い顔をしているが、不思議と怖くはなかった。というより、首が痛いという感想しか抱けない。


「なんで、フェンリル? がここにいるの?」

「フェンリルのリルは、私の眷属だから」

「けん、ぞく?」

「眷属。私は召喚士だから、リルを召喚した」

「それは凄い」


 こんなに巨大な狼を使役できるのは、凄い事だとウィルにも分かった。


「グルル」

「とってもおとなしい子。可愛いでしょ」

「確かに」


 そっと寝そべったフェンリルの頬を撫でてみる。美しい毛並みで、撫でれば気持ちよさそうにする姿は見ていて可愛いともいえる。


「ウィル、……お前は将来大物になる気がするよ」

「大物? ……召喚士の方が良い」

「それは素晴らしい。ウィルも召喚士になるべき」

「なる!」

「それは適性次第だろ。召喚魔法の適性があって、その上で才能があればの話だ」

「ほー」


 いまいち理解しきれなかったが、難しい事なのだとは分かった。召喚士にはなれないかもしれないと思うと、少ししょぼんとする。


「ま、休憩ついでに、ちょっと稽古をつけてやろう」

「けいこ?」

「稽古だ。ウィルを強くするな」


 そう言って楽しそうな笑みを浮かべるベゴニア。


「剣と魔法どっちが良い?」

「魔法」

「即決かよ」


 ウィルも子供らしく魔法には憧れた。

 二度ほど、ウィルも魔法というものを見た事があった。その時は小さな火を出す魔法であったが、あれ以来小さな憧れを宿している。

 使える機会があるなら、使ってみたいのが男の子だ。


「まあ良い。うちの傭兵団は、全員魔法のエキスパートだ。だから、師匠には困らないぜ」

「……ベゴニア、剣士じゃないの?」

「剣士でも魔法は使う。両方使えた方が強いに決まってるだろう」

「なるほど」


 ベゴニアは軽く言うが、それは簡単な事ではなかった。両方極める。それは途方もない道だ。ベゴニアはやはり天才なのだろう。


「ま、まずは魔力を感じるところからだ」

「魔力! 魔法のみなもと!」

「良く知ってるな。凄いぞー」

「へへー」


 馬車で副団長に習った事をここぞとばかりに胸を張って言う。そこは幼児らしい一面だ。


「それで。どうするの?」

「体内にある魔力を感じとるのが最初の修行だ。瞑想をして自分の内に語り掛ける。早ければ三か月ぐらいで「感じた」

「はっ?」


 ベゴニアの解説を妨げる様に言われた言葉に、目を丸くする。


「いやいやいや。そんな早いわけないだろう。何かの勘違いだ。魔力を感じるのには最低三か月はかかる」

「……体の中にたくさん溜まっているへんな液体。たぷたぷしていて今に溢れそう」

「ん? それで」

「なんか、ちょっとねっちょり。でも悪い気はしない。ちょっと灰色っぽい? 凄い力を感じる」

「っ……」


 嘘、だと断じるのは簡単だ。しかしウィルが言った特徴は確かに魔力の特徴を当てている。適当に言ったにしては正確すぎるのだ。

 だが修行開始から魔力を感じるのに三か月はかかる。今さっき開始したばかりなのにだ。


「もしかして、生まれつき感じてたりしたか?」

「分からない。でも、今にも溢れそうな感じはずっとあった」

「……まさかだが。生まれつき魔力の量が膨大なのか? それで感じやすくなっているのかもしれない」

「へー」


 ウィルは思い返す。ずっと物心ついた時から抱いていた感覚。つねにバケツギリギリに入った水を持っている感覚。いつ溢すんじゃないかとひやひやしていた。説明を聞いてから、何となくこれが魔力なんじゃないかと思ったが当たっていたらしい。


「おーい。副団長」


 地面にシートを引いて本を読んでいた副団長に向かってベゴニアは声を上げる。


「なんですか騒々しい」

「ちょっと、ウィルの魔力を見てくれないか?」

「ウィル君のですか?」


 副団長は本を閉じると、メガネを触りながら歩いてくる。


「いったいどういう事ですか」

「見てくれれば分かる」

「はあ、分かりました」


 副団長はため息をつきながらもウィルの頭に手を乗せる。

 魔法使いとしてならベゴニアよりも上の腕前を持つ副団長であるから、できる芸当だ。


「ん? ……ちょっと失礼」


 めんどくさそうにしていた副団長だが、すぐに真剣な表情へと変わる。


「ウィル君」

「なに?」

「何で、こんなに魔力を持っているんですか?」


 副団長が感じ取った魔力は、今までで一番といえる魔力量だった。

 自分自身よりも、傭兵団で一番多いシルクの魔力量すら超える。


「分からない」

「……私やシルクをも超える……ベゴニア、もしかしたら思わぬ拾い物だったかもしれません」

「やっぱり、そうなのか」


 副団長とベゴニアは互いに冷や汗をかきながら笑う。

 そんな様子を、ウィルは首をかしげながら見ていた。

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