第三話 ペット入団
そこは賑やかな大通りだった。人が行きかい、露店が立ち並ぶ。明るく、楽しい世界。そんな場所を、ウィルは歩いていた。
「えーと。待ち合わせは……あそこだな」
「ん」
前を歩く二人についていきながらも、きょろきょろと周りを見渡す。ちょっと近くに、こんなに賑やかな場所があるとは思わなかった。
だが目的地についた事で、ウィルの観光は終わった。
たどり着いたのは、とても大きな建物。いわゆる大衆食堂と呼ばれる場所だが、とてもでかい。おびえながらもウィルは二人に続いて店に入った。
中はやはり広い空間で、店員は忙しく動き回っている。ベゴニアは迷いなき足取りで隅の席に向かった。
「やあ副団長。待たせたね」
「……約十五分の遅れです。いつもながら、十五分後行動は関心しませんね」
席に腰かけていたのはメガネをかけた男性。神経質そうな顔をしているが、多分そうなのだろう。
「ゆるしてくれ。これでも急いで来たんだ」
「まあ良いでしょう。あなたの遅れも全て考慮したうえでスケジュールは組んでいるので」
男はそう言って茶を一口飲む。そして鋭い視線をウィルに向けてきた。
「君が……ベゴニアが拾ってきたという子か」
「こんにちは」
「ああ。だいたいの事は聞いています。まあ、まずは座りましょう」
副団長の言葉で、三人は席につく。シルクはさっそく料理を注文して、こちらに関わるつもりはないようだ。
「さて。ウィル君。我ら激獣傭兵団の入団には、メンバーの過半数の同意が必須。まあ、あなたの入団を認める者は少ないでしょう」
クイっとメガネを触りながら副団長の視線はさらに鋭くなる。
「もちろん私も歓迎しない」
「副団長。もちろん将来的に、だ」
「ええ。……あなたが大きくなって、入団足り得る力を手に入れれば歓迎しましょう。しかし、今はただのお荷物」
「はい。理解します」
「ならば結構。ベゴニアが拾ってきたペット。私は君をそう認識しましょう」
「ありがとう」
「副団長は褒めてないからな」
「……そうなんだ」
ペットが何か分からなかったからお礼を言ったが、それはずれていた様だ。
「まあ、全ては団長次第です。団長が置いても良いと言えばなにも言いません。君の未来は本拠地に帰ってからです」
「だんちょー?」
「ああ。この激獣傭兵団のな。凄い強いぞ」
「それは凄い」
「ああ。まっ、団長なら置いとくくらい認めてくれるだろう」
団長は心が広いからな。とベゴニアが付け足すと、丁度注文していた料理がやってきた。
机に並べられたそれは、ウィルの知らない食べ物達だった。何か凄そうと思った。
「……おいしそう」
よだれが出ている。しかし食べ方が良く分からない。手づかみ以外の食べ方を知らないウィルは、フォークやスプーンを不思議そうに見つめる。
「食器の使い方を知らないのか。シルク、教えてやってくれ」
「……しかたない」
ウィルの横に座って、こちらの会話には我関せずだったシルクが、手本を見せてくれる。
「こう持つ」
「こう」
「そう。そしてこう食べる」
「こう」
「そう」
二人ともあまり言葉を発しないが、しっかりコミュニケーションは取れているようだ。二人とも、どこか似た物同士だった。
「これは?」
「こう」
「分かった」
「……何か面白い会話風景だな」
「ふん。私達も早く食べてさっさと本拠地に帰りますよ。団長も待っています」
ベゴニアはおもしろそうに笑い、副団長は鼻を鳴らす。
その席では、ウィルとシルクの静かな講義と、食器の音だけが鳴っていた。
◇
「なかなか物覚えが良い。弟子にしてあげる」
「ありがとう。うれしい」
「私のことは師匠と呼ぶ」
「ししょー」
新たな言葉を覚えてうれしそうなウィルと、初めての弟子の誕生に珍しく表情を綻ばせるシルク。歳の近い子供の様であるが、その間にはすさまじい年齢差がある。
「おいお前ら。準備が終わったし、そろそろ行くぞ」
ベゴニアの声が聞こえてくる。そちらを向けば中くらいの綺麗な馬車があった。
ゴテゴテとした高級車ではなく、性能にこだわった馬車。引く馬は他よりも一回りは大きく、迫力がある。
「うちの自慢の馬車だ。どんな危険地帯でも進めるぜ」
「凄い」
馬車。ウィルはそれを人生で一度しか見た事ないが、それに比べても圧倒的に凄い。今からこれに乗ると考えると、ワクワクしてきた。
「自慢だけど、実は六台目。高いのにすぐ壊す」
「それはしかたねえ。危険地帯で何度も乗りまわしてればすぐ壊れる。団長とシャルノアがよく破壊するしな」
「ベゴニアも良く破壊する」
「シルクもだろ」
どうやら傭兵団には問題児が多いらしい。
「これ、壊れるの?」
「大丈夫だ。今回は安全な旅だから壊れない」
その言葉にウィルはほっとする。シルクはさっさと乗ってしまい、ベゴニアは御車台の方へと行く。
ウィルも馬車に乗ろうとすると、そこでふとベゴニアが振り向いた。
「そうだ。ウィル」
「なに?」
「聞いておく事がある。強くなる、覚悟はあるか?」
「強く……?」
「うちの傭兵団は強さが全てだ。それに、これからついてくるなら強さは必須。弱けりゃ、いずれ死ぬ」
それは厳しい現実だ。荒事につねに身を投じる激獣傭兵団にとって、弱い事は罪。弱さゆえ、味方を危険にさらす事など大罪。
その言葉を聞いて、ウィルは笑った。
「もちろん。強く、なりたい」
真剣な瞳で言う。
ウィルは無知だ。だがそれでも知っている事がある。強者たれば、自由であると。強ければ、生きていける。今まで生きてきた世界で、それは知っている。
「ははっ。じゃあ、俺が鍛えてやるよ。最後まで着いてこられれば、確実に強くなれる」
「うん! ついていく!」
ウィルの宣言を聞いて、ベゴニアは満足そうに御車台へと消えた。ウィルが馬車に乗り込めば、馬車は進む。彼ら激獣傭兵団の本拠地へと。
「……あの。……二人きりです、ね」
馬車の中、そう言うのはウィルだ。
そして馬車の中にはウィルと、副団長のみ。
「はい」
副団長の視線は、幼いウィルを震えさせるのに十分であった。
頼みの綱であるシルクはどこかへ行った。ベゴニアは馬車を操っているし、本当に二人だけ。
今、気まずい馬車の旅が始まる。
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