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 深夜の港。積み上げられた貨物の列を縫うようにして、男は足音を立てぬように歩いていた。艦隊の撤退については酒場の噂で聞き及んでいる。思わぬ誤算だった。まさかあの窮地から脱するとは……どうやったのかわからないが、あのポラロロアーナという少女は何かおそるべき力を秘めた少女だ。

 今回ばかりはかれの完全敗北だ……だが、失敗には馴れている。かつてテオンに敗れたあのときのように、南部島嶼の最貧民街に落ちても必ずここへ戻ってきてやる。残された時間はあまり長くないが……

 それに二度もかれの計画を邪魔したテオン・アッシャービアにも目にものを見せてやろう。ただではおかない。連中に復讐をするためであれば、いかなる手段でも選ばず……。

 間もなく夜明けとともに船が出る。かれはそれに乗り込んで、南を目指す。各貴族の分権性が敷かれているエヌッラであれば官憲に煩わされることなく安全に暮らすことができるはずだ。

 今に見てろ。必ず戻ってきてやる。

 エヌッラに向かう貨物船にこっそりと潜り込む。貨物の奥に隠れていればめったに見つかることはない。今までだってしてきたことだ。目的のためならみずからの尊厳など度外視することができる。それがこの男の強さであり、弱さだった。

 甲板の上にはいくつもの木箱や籠が並んでいる。中でもかれの目当ては食料品を詰め込んだ大型の箱だった。

 さてどれにしようか……。そう考えていたとき、奇妙な音声が耳に届く。

 足音が聴こえてくる。おかしい。まだ出港までには時間があるはずだが?

 見回りだろうか。とにかく身を隠さねば、本能的に後じさりしたかれは何かに躓いて後ろ向きに転び、したたか後頭部を打ち付ける。

 視界が明るくなる。目が眩む。頭を打ったせいか?

 違った。

 気がつけばかれの周囲には無数の武装した船乗りたちが詰め寄り、かれの眼の前に鉈の先を突きつけていた。

「ほう……そうか」

 ばれてしまったのなら仕方ない。こういうときに備えて夜に行動しているのだ。かれは頭で念じる。おれのことを見るな。おれのことを捕まえるな。おれを逃がせ。おれの眼の前から失せろ。

 見ず知らずの相手にも問答無用で届くカルラビエの魔法。それを使えばこんな状況はいくらでもひっくり返せる、はずだった。

 しかしその思いが届くことはなかった。かれが念じようとした次の瞬間には、激しい頭痛がかれを襲った。

「──ぐぁッ……」

 なぜだ。だれかが、攻撃をしているというのか? だれが? かれに匹敵するような魔法使いは、この国にはあの小娘を除いていないはずだが……

「カルラビエ・ロ・マリウス卿ですね?」

「……おまえは?」

「停戦合意には間に合いませんでしたが、なんとか私もポロンの手助けができそうです。あなたが上手く罠にはまってくれたおかげでね」

 船乗りたちの影から、背の高い人影が現れる。男のように動きやすい衣服を着たその姿。余裕たっぷりの表情。カルラビエは幼いころの彼女と数回顔を合わせたくらいの面識しかなかったが、直感的に彼女の正体をりかいできた。

「これで長旅が報われるというものです。エヌッラからイストラリアンへの友好の証として、あなたを王家に差し出すとしましょう。ああそれと、魔法を使おうとしてもあいにく無理ですよ。そのために私が派遣されてきたんですから」

 船乗りたちに甲板に押さえつけられ、カルラビエは忸怩たる思いでおんなを睨んだ。そこにはトライメリアーナの悠々たる笑みが浮かんでいた。

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