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イストラリアン王国議会議事堂、屋上。
海岸通りと港、そして正面に横たわる海原を一望できるその場所にふたりは立っていた。
すでに日食は終わり、太陽は西に傾いて視界を赤と紫に歪ませる。水にいくつもの絵の具を溶いたように淀む混沌の空の中で、一番星が燦然と光を放っている。
ふたたび夜は巡る。星が巡り、ひとも巡る。少女と老人の出会いは、その巡りの中で起こった奇妙な重ね合わせの現象だったと云えるのかもしれない。
少女が懐から何かを取り出した。それは朝方、少女が離宮を飛び出したときに『宝箱』から引っ張り出して持ってきたものだ。老人はそれを見て、ちょっと驚いたように首を動かす。
「そんなもの持ってたのか」
「たいせつなものだから」
少女はそれを海に向けた。彼女の優れた視力でも見えないもの。それらがこれを使えば手に取るように近づく。海峡に散らばった無数の黒点。それらはゆっくりと遠ざかっていく。
「艦隊が帰っていくのが見えるわ」
「そんなもの見てもつまらんだろう」
「どうかしら」
ポーラにとってそれは、天の奔星よりも美しい光景だ。この夕焼けに染まった海に、静かな夜が訪れる。風雲が過ぎ去った後の静謐の海がそこにはある。視界を少しずらしてみると、黒点のうち一団だけ、他の艦隊とは違ってイストラリアンの港に向かってくるものがあった。
父だ。
「あとはお父様に任せるわ。わたしには荷が重すぎたもの」
「そうだな。それがいい」
「……よくやった、って云ってくれないの?」
「そういうことはおまえの父親が云ってくれるだろ」
だからわしの仕事じゃない。そんなふうに云うかのように、老人は顔を背けた。かれの心の中に何があるのかはわからない。でもきっと、ポーラは少なくとも、こうして穏やかな夜をふたりで迎えることができたのを嬉しく思う。テオンにも同じように感じていてもらいたい、とも。
「こんなところにいたんですね」
振り返ると、ユーアとバランがいた。お互いに肩を支え合っている。バランの顔は腫れ上がっていて、あちこちに包帯を巻いていたが、表情は穏やかだった。
「ポーラ様。私は約束をお守りしましたよ」
「バラン!」
ポーラはかれに駆け寄って、思い切り抱きついた。
「無茶なこと云ってごめんなさい。もう二度とあんなこと云わないから」
「ははっ、きっとポーラ様は良い王様になれますよ。あんなに私をその気にさせるのが上手いんですから」
バランの硬い手がポーラの背中に当たった。
「ユーアもありがとう。あなたの授業がなければ、あんな無茶な演説できなかったわ」
「まったく無茶も良いところです」ユーアは怒ったような口調で云う。「これでわかりましたよね。ポーラ様にはもっともっと勉強してもらわないといけないんですよ。知識がなければ国は救えませんから」
「ポーラ様、これはユーアなりの照れ隠しですよ」
「ちょと! バランったら、何を……」
「ありがとう。ふたりとも」ポーラは笑う。「わたしが将来国王になるのかはわからないけど。わたしが一人前になれるように、これからもよろしくね」
「そうですね。今回はほんとうに運が良かったからどうにかなっただけなんですからね」
「まぁまぁそれくらいにしてやりなよ」
そこへ、さらにふたりの男が現れた。南北それぞれの大国の正装をまとったふたり。片や帝国七賢の異色の才人。片や口八丁の協商一の商売人。
「いやぁ、一時はどうなることかと思ったが、存外なんとかなるもんですな。ね? ポーラ様」
「テオンとの記念すべき再会がこんなふうになるなんて私も想像してなかったが、どうかね。これから一杯やりにいかないか?」
ケルロスとラクロンは両大国における親イストラリアン派として多大な強力を寄せてくれた。きっとこれから先、王国と両大国が上手くやっていくうえでも重要な架け橋になってくれることだろう。
「ふたりで一緒に現れるなんて……いつの間に仲良くなったの?」
「いやなに」ラクロンが嬉々とした表情で話す。「私の話を最後まで聞いてくれるような辛抱強いやつに会ったのは久しぶりなんでな。テオンですら私が話始めると途中から無視しやがるから」
「おうよ。話ならいつでも聞くってもんだぜ」
「ラクロンの長話に付き合うとは……おまえも大したものだな。バンダロス」
テオンも呆れ顔だ。その言葉を聞いて、ケルロスはテオンの肩を叩いた。
「なんだ。おれの名前を憶えていてくれたのか。ありがとな。あんたも今日は大手柄だったそうじゃないか。あとで詳しく聞かせてくれよ」
「気が向いたら、な」
口ではそう云いつつも、テオンも満更ではなさそうだ。山猫と猿のように相容れなかったふたりだが、この騒動のあとではそんなしがらみなんて安いものだ。
「そうそう、さっきアカラッチアーナ様から伝言を預かってきたんだった」
ケルロスが頭を掻いて云う。
「お母様から?」
「ああ。下で待ってるから、テオンとポーラ様のふたりで来るようにって。それと……」
最後に秘密めかして付け足す。
「ちょっと意外なひとも来ているらしいですぜ」
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