2-8 ポーラ
「あれからいろいろ試してみてはいるんだけど……ぜんぜん上手くいってないの」
「ふむ……これは根本的に実験のやり方を変える必要があるかもしれんな。
テオンは西の空をぼんやりと眺めながら云った。夜中の観測は身体に堪えるわい、と云ってこの熱帯夜にも外套を着込んできている。ポーラが持ってきた赤い提灯が、あたりをほんのりと照らしていた。
「一度だけ上手くいったかもしれなくて……ついさっきなんだけど、官邸の門兵が居眠りをしていたものだから、頭の中で思いっきり叱りつけてやろうと考えたの。そしたらそのひとが飛び起きて……」
「あれはポーラ様の殺気を感じたからだと思いますよ」
バランが欠伸をこらえながら云った。今晩の観測についてきたのはかれだけだった。
「だいたい思ったことが叶うだけだったら、神話に出てくる『光を影に』のくだりに説明がつかんだろが。きっと魔法とは云っても、用途が限られていると考えるべきだ……」
「そんな気はするのよ」
「あるいはもうすでに効果が出ているにもかかわらず、気がついていないということもありうる。なんでもいい。魔法を試している間に不自然なことはなかったか」
不自然なこと……
このところはこれと云って事件もなかった。不自然と云えば父の不在が妙ではあるが、あれはもうしばらく前から続いていることだから、関係ない。となるといよいよもって……
「あっ、そうだ!」
ひとつあった。
マリウス卿に魔法を試した夜のことだ。あのとき会話の途中でアパラン先生の補講のことを思い出したポーラは、思わず逃げ出したのだ。それからすっかり今の今まで忘れていたけれど、補講をすっぽかしたというのにアパラン先生から小言を貰っていない。それどころかあの夜はアパラン先生に会うことすらなかった。
「それは……似てるな」
「何と何が似てるっていうの?」
「その話とあのパラエの祭で起こったことが、だ。あの祭のときもおまえは云ってただろう」
あの晩は母に叱られると思っていたのに、けっきょくお咎めがなかった。
「そうだわ……」
「この一致が偶然とは思えない。それに、今回のはそのマリウス卿とかいうやつに魔法を試した直後に起こったことだ」
「じゃあつまり、こういうことね。この魔法はわたしが怒られるのを回避したいときに発動して、怒られずに済むようになるっていう……」
「だとしたらずいぶん莫迦莫迦しい話ですね」
横で聞いていたバランが口を挟む。たしかにそうだ。そんな冗談のような能力が、王家に代々伝わる魔法のはずがない。
「そういえば、テオンと喧嘩をしたときはちゃんと母上のお説教を受けたわ。あれだってほんとはいやだったけど」
「私は喧嘩などした憶えはないが」
白を切るテオンを無視して、ポーラは話を進める。
「だとするとやっぱり……魔法の発動条件には時間帯が重要なのかも。上手くいったのはみんな夜の出来事だわ」
「そして効果はお説教の回避……いやもっと云えば、ポーラ様が『叱られるようなことをした』という事実自体が綺麗さっぱり消えてしまったかのような……」
「そうか──ッ!」
テオンが爆竹のような大声を出して跳ね起きた。
「そんな大声を出すと身体に障るわよ」
「莫迦にするな。それよりようやく分かったぞ」
テオンは珍しく髪を振り乱して上ずった口調で叫んだ。
「──魔法の因果律が解けた」
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