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「わたしたちがなぜ王族なのか、知ってる?」
お姉さまはそう云った。ふたりは雨上がりの庭を駆け回り、つかれはてて木陰の岩に座り込んでいた。お姉さまはポーラの興味を惹かせることにかけては天下一品の才能を持っていた。
「それはわたしたちが……王様の親戚の家に生まれたから?」
「それはそうよ」お姉さま──トライメリアーナ・ル・イドロゲアはくすくすと笑った。「じゃあ王様はなぜ王様なの?」
「王様が王様なのは……」
ポーラは悔しそうに頭へ拳を当てる。トーランお姉さまは微笑みながら、手に持った木の枝で地面をつついた。
「王様が王様なのは、魔法が使えるからよ」
「魔法?」
「そう。そしてわたしたちが王族でいられるのも、魔法が使えるから。イストラリアンの王家は、この国で唯一魔法が使える一族なの」
トーランは大地に模様を描き出す。菱形を四つ、四角くならべて真ん中に丸い籠。そしてそれを貫く二本の針。イストラリアン王家の紋章だった。
「王家は北の大地の王イーストラと、南の海の女王トロイメリアーナの末裔。だからふたりから魔法を受け継いでいるの。そしてその魔法があるからこそ、わたしたちはこの国を平安に守ることができている」
「わたしにも使えるの?」
「ええそうよ。わたしだって使える。でも、魔法の使い方はとてもむずかしいんですって。それに使い方を誤ればたいへんなことになる。大災禍のことは知ってるでしょう?」
ポーラは肯く。
『天界を炎に包んだ大災禍は、世界中を覆い尽くし、すべてを焼き尽くした』
イーストラ叙事詩のもっとも有名な一節。神々の戦争と、その痛ましい末路。
「ポロン」トーランはポーラのことをいつもそう呼んだ。「あなたが大人になったら、きっとお父様たちが魔法を教えてくれるわ。でももしかしたらそれよりも前に、あなたは自分で魔法を使えるようになるかもしれない。そんなときは決して、その力を試そうとしてはだめよ」
「危ないから……?」
「そう。魔法は天の火であって、地の光ではないの。太陽を地上に持ってくることはできないように、今のあなたが魔法を使うわけにはいかない。もちろんわたしだってお父様たちに比べれば、まだ子供だわ。だからわたしも使わない。約束よ」
天の火、地の光。
お姉さまの言葉の意味するところはまだポーラにはわからなかった。だが憧れの姉が云うことなのだ。きっといずれポーラにもわかる日が来るに違いない。そうおもってポーラはおとなしく頷く。
「……うん」
「それにあなたには魔法と同じくらい強い力を教えてあげる」
「そんなものがあるの?」
「そう。使いこなせば魔法よりもずっと強いもの。それでいて、魔法のようにだれかを傷つけたりしないもの」
お姉さまは秘密めかして、その力──地の光を教えてくれた。
トーランは云った。
「それは──論理よ」
論理的に物事を捉えるということ。
偏見と色眼鏡を外して、自分の直感を疑うこと。
それができれば、あなたはきっとだれよりも良い王様になれるわ。
その言葉は、遠い日の思い出として、今もポーラの心の奥底に沈んでいる。
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