公孫烈、間諜の任務に思い悩む

 寝台にごろりと身を横たえて、公孫烈は考えあぐねていた。


 星昌国の国境を越えて数日、休息を取っていたところをいきなり、兵たちに捕らえられ。

 問答無用で、領主だという史白敦の寝室に引き出されたのが2日前のことだ。


 その豚のような体でのしかかられたが、一瞬の隙をついて這い出し。

 手ごろな馬を奪い、走りに走ったが、追手に見つかり、危うく連れ戻されかけたところを、あの美しい龍種アルファ・景覇姫に救われた――それが、昨日の日中のこと。


 そのまま覇姫の城館に保護され、客人用の小部屋をあてがわれ。

 疲れもあってこんこんと眠り、ようやく目が覚めたところである。


 さて、これからどうする――。烈はふところから、1枚の割符を取り出した。故国・龍生国を出るとき与えられた、彼の任務の証である。


 彼の任務、それは、星昌国への間諜スパイであった。



 烈は、龍生国の小貴族の長子として産まれた。

 彼の父は武官だった。そのさっそうとした姿に憧れた烈は、父と同じ道を歩むことを夢見る。父もまた軍務の合間を縫い、武芸、学問を教え、嫡子として期待をかけた。


 しかし、烈は華種オメガだった。

 烈の性がわかったのは、11歳のときである。その活発さから、彼を龍種と信じて疑わなかった父は、ひどく落胆した。嫡子の地位は、龍種だった妹に移った。


 烈は剣を取ることも、書を読むことも禁じられた。

「そんなものは、華種には不要だ。お前は将来の夫のために、音曲でも学びなさい」

 優しく、しかし冷たく言い放った父の声を、今も烈はよく覚えている。


 それでも、烈は諦めきれなかった。父の死後、なんとかつてを探し、礼部(儀礼・外交を司る役所)の調査係としての仕事を見つけた。

 だが、彼に与えられたのは、隣国・星昌国の都、平都の「調査」という仕事であった。


 ――平都には、1年前に潜り込ませたお前の先輩がいるはずだ。そいつが、割符のもう片方を持っている。着いたら教えたとおりのやり方で連絡つなぎを取って接触し、任務を引き継げ。


 危険で、しかも不本意な仕事だ。だが父のように、己の力で働きたい、という願いをかなえるには、それしか手がなかった。



 この林州・朝陽から平都までは、まだまだ遠い。

 のんびり、この館に世話になっているわけにはいかない。早めに立ち去らねば。

 とはいえ、普通に平都まで向かおうとすれば、また道中、この間のような目に遭いかねない。今回は辛うじて助かったが、今度はどうなるか。

 考えると、烈の気持ちは重くなった。


 それに――。いや、何より。


 景覇姫の、光るような瞳が、彼の心に居座っていた。


 龍種アルファを見て、

「ああ、美しいな」

と思ったことは何度かある。男女を問わず、だ。なるほど、これが華種オメガさがというものか、とそのときは自嘲していた。


 だが、覇姫と視線が合ったときのあの感覚は、それとはまったく異質だった。

 全身に苦しいほどの緊張が走った。

 命が終わるのか、とさえ思った。


 龍種と華種の間には、「運命のつがい」というものがあると、古くから伝えられている。


 この大陸では、世界は創造神である「赤龍」と、守護神である「白龍」の力で成り立つと信じられる。赤龍の気が強くなりすぎれば戦乱が起こり、白龍の気が勝れば怠惰に流れる。2つの力を調和させることの大切さを、神話や経典は繰り返し説く。

 龍種と華種においても、「ふさわしい」組み合わせというものが、この世には存在すると、この大陸の人々は考える。両者の気が完全に和合する、最良の2人。

 それが「運命のつがい」である。


 この話を、烈は信じていなかった。

 華種が龍種に「所有」されることを正当化する、おとぎ話の類としか思っていなかった。


 だが――。

 そこまで考えたところで、コツ、コツ、と足音が耳に入る。手に持ちっぱなしにしていた割符をふところにしまい、烈は慌てて身を起こした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る