景波厳、妹の行動に困惑する

 景氏の本拠・朝陽は、ちょっとした騒ぎになった。

 18歳にもなって、華種オメガへの興味を一切示さなかった当主・景覇姫が、いきなり若い華種を連れ帰ったというのが、まず一つ。

 そして、もう一つが――。


「もめただと? あの史氏と?!」


 頭を抱えたのは、景波厳である。覇姫の3歳上の同母兄だ。


「しょうがないでしょう、兄さま。あんな無法を、どうして見過ごせますか」

「理屈ではそうだ。だが覇姫、いや主――」


 波厳は、平種ベータだ。

 龍種アルファ華種オメガの子であっても、まれに、平種の子が生まれる。波厳は、それだった。

 平種は、家を継ぐ資格はない。波厳は、「家臣」の身として、己より優れた妹を支える道を選んだ。


 いかにも神経質そうな、薄い眉をぴくぴくさせながら、波厳は言葉を継ぐ。


「覇姫も――主もわかるだろう。この国を治めているのは、今や史氏だ。史白敦は末流とはいえ、その一門。その機嫌を損ねれば、わが景氏もどうなるか――」


 数百年前、龍生国から独立して建国された、この星昌国。しかしその実権は、各地に割拠する有力な大貴族たちに握られてきた。

 特にこの何十年かは、宰相の地位を独占する実力者・史氏とその一族が、皇帝以上の権力を握る状況が続く。

 今回、公孫烈をさらおうとした史白敦は、その史氏の一族なのだ。具体的には、宰相・史敏紅の大甥にあたる。


「兄さまも知ってるでしょう? あの史白敦が、宰相の威光を借りて、どれだけの悪行を働いてきたか。そろそろ、一発『かまして』やらないと」

「汚い言葉を使うのはやめろ覇姫……」


 生真面目な波厳が、文武に傑出しながら、危ういほどにまっすぐな覇姫の行動に悩まされるのは、今に始まったことではない。

 もはや、こうなったら言って聞く妹ではないことは、よく理解していた。


(戦わなければならぬか……史白敦とは。兵力はどのくらい要る? 兵糧は? 事後処理も考えねば……。特に、宰相さまにどう釈明するか……)


 思いをめぐらすうちに、ふと下世話な興味がわく。


「ところで、その華種オメガというのはどんなやつだ? お前がわざわざ連れ帰るということは、相当の美人なんだろうな?」


 妹のほほに、かすかな赤みが差した。


「連れ帰ったのはあくまで、行き場がなくて困ってたから! 世間的に美人かは知らないけど……吸い込まれそうな目をしてる。知りたいのよね。どうしたら、あんな目をするようになるのか」

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