第21話

これまでの何が彼をこうもドキドキさせているのか・・・その要素が全く思い当たらない私は、そっとクリスを仰ぎ見た。

するとタイミングが良いのか悪いのか、彼と視線がかち合ってしまった。

瞬間、クリスの顔が真っ赤に染まり私の顔をぎゅうぎゅうと胸に押しつける。

「ぶはっ」

色気の無い声を上げ「ぐ・・・ぐるじぃ・・・」と呻けは、ハッとした様に腕を緩めた。

「なんなのよ!クリス、どうしちゃったのよ?」

彼の胸からようやく解放され見上げれば、未だ頬を染めながらも蕩ける様な眼差しの・・・半端ない色気ダダ漏れのクリスが私の視界を埋め尽くした。


初めて見るその表情に、心臓が大きく跳ねた。


時が、止まったのかと思った・・・

言葉も出ない。

目を逸らす事もかなわない・・・

まるで彼の眼差しに、捕らわれたかのように。


幼い頃から、クリスの瞳が好きだった。飽きることなく、いつまでも見つめている事が出来るほどに。

そして、今この目の前にある彼の瞳は、いつもよりも数倍美しい。

陽の光を受けキラキラと変わるそれは、正に宝石。


呆けたようにその瞳に見入っていた私は、一瞬何が起きたのか分からなかった。


額に、頬に、まなじり、瞼、鼻先・・・・唇の端に・・・


―――・・・何?


顔中に感じる少し冷たくて柔らかな感触と、チュッ、チュッという音が耳に届き・・・・何が起きているのかやっと理解が出来た瞬間、一気に顔に熱が上がる。

「なっ・・・なっ・・・」

言葉もでなくて口をパクパクする事しか出来ない私に、クリスは私の頬を両手で包み込み額を合わせた。



「愛しているんだ・・・・アデリーヌ」


久し振りに呼ばれた、愛称ではない・・・名前を。

ただそれだけで、先ほどのクリスと同じ様に心臓が激しく脈打ち始めた。

そして、その声が熱くて、甘くて、酩酊したかのようにクラクラする。


・・・・そう、兎に角甘い。雰囲気が甘くて飲み込まれそうになっているけれど、私自身何がどうしてこうなっているのか分からず・・・簡潔に言えば混乱中。

真っ白になった頭の中で、クリスの言葉が何度も再生されるのだけれど、まるで言葉が上滑りしているかの様に理解できずにいた。

「アデリーヌ、できる事なら私は今すぐ返事が欲しい」

「へ・・・んじ?」

「そう、アデリーヌに求婚した、返事」

その言葉で、急に現実味が帯びてきて、まるで今目が覚めたかのように世界が色づく。


「アディ・・・アデリーヌ・・・どうか私の妻になってくれないか」


先ほどとは全く違う、真剣な面持ちのクリス。

腰に回された腕が、そっと持ち上げられた指先が、彼の緊張を伝えてくれる。

そして、不安そうに揺れる瞳の奥には、隠し切れない熱情が揺れていた。


あぁ・・・そうか・・・クリスの言う通り、あれは嫉妬だったんだ・・・


不明瞭だった感情が、ストンと胸の中に落ち着いた。

クリスに求婚されて、とても嬉しい。

義理ではなく、挨拶代わりでもなく、恋しさを隠しもせず結婚する為に平民になると、堂々と『次期国王』を捨てると言う彼。

好きにならない筈がない。


―――だって、初恋の王子様なんだもの・・・

あぁ・・私は彼を、こんなにも恋しかったのか・・・・


何だか今更な気がして、思わず吹き出してしまった。

あれだけ、小説の展開を気にして平民になろうとしてたけど、よくよく考えれば王子二人が年上だった段階で物語は破綻していたのだ。

主なキャラクターの身分から何から全て違っていたではないか。

分かってはいたけれど、物語の強制力がいつ発動されるのか警戒し、自分の幸せだけを考えて行動していた。

平民になった先に、幸せがあるのだと。


突然笑い出した私に「アディ?」と、不安そうに顔を覗き込んで来るクリス。

「あぁ・・・ごめん。なんかね、私、クリスが好きだったみたい」

「え?」

「好きだったから、嫉妬したのよ。女性の扱いに慣れているから」

「・・・・」

「そう、他の女と同じように扱われるのが嫌だったんだわ。特別でなきゃ、嫌だったんだ」

「・・・アディ」

驚きと期待に満ちた表情で、クリスは震える指先で私の頬を撫でた。

「だから・・・・」

頬を撫でる彼の手に私の手を重ね、ちょっと意地悪に微笑む。


「クリスが付き合った女性の数だけ、私も男性と付き合ってから結婚しましょうか」


この甘い雰囲気の中でも、こんな言葉が出てくるくらいは私もクリスが好きなのねと、胸に燻る嫉妬と独占欲を吐き出した。

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