第16話


「・・・・あれほど求婚しても、何一つ響いていなかったというのか・・・」

呻く様に呟くクリスに「え?あれは義理求婚でしょ?」と言えば「何処でそんな事に!!」と、テーブルに突っ伏してしまった。

そんなクリスに、昔聞いた大臣の話をした。


「なんだよ!それ!!そんなの嘘っぱちだ!!」

「え?そうなの?だって、一時期、婚約者候補なんかも立ててたじゃない」

「それはっ!・・・・僕が期限内にアディから婚姻の了承を貰えなかったから・・・」

国王からの条件で、クリスが十六才になるまでに、私から婚姻の了承を得られなかった場合、婚約者候補を立てると言われていたのだそうだ。

「じゃあ、今までのやつって全て本気だったの?」

あっさり引いていたのに?信じられないとばかりにクリスを見れば、

「十才前後の少女に、ガツガツ求婚したらドン引きされるだろ?!」

確かに。ただのロリコンと言われちゃうわね。

「僕だって、アディと出会ってすぐに求婚しようとは思わなかったさ。・・・・・ある時から、アディは別人のように変わっただろう?」

何処か探る様に私の目を覗き込んでくるクリス。

クリスとレオンとの付き合いは、結構長い。

私が前世に目覚める少し前からの付き合い。だから、ある日突然変わった私の事を、間近で見ていた一人でもある。

「どちらかと言えば大人しくて可愛い妹にしか思えなかったのに・・・レオンをボコったあの日から、僕の中でアディを見る目が変わってしまった」

あらやだ・・・ボコった時からって・・・

「アディって、見た目は子供なんだけど、何気ないしぐさだとか言葉や目線で、僕達より遙かに大人なんじゃないかって」

まぁ、これといって隠していた訳ではないし、違和感はあっても誰も何も聞いてこなかったから、私は何も言っていない。

ただ、周りの反応は其々で、だけれども時間が経つにつれそれ・・に慣れていくから、それ・・が私になっただけなのよ。

「親子鑑定の事や衛士隊、知らない間にパン屋で働いて、この国の・・・いや、この世界の食文化まで変えてしまっていて、中身が本当に別人になってしまったんじゃないかって・・・その時はちょっと怖かったんだ」

なるほど・・・「君、中身別人?」「そうよ!私は○○よ!」と、あっさり肯定されてしまえば、ある意味ホラーよね。

頭がおかしくなったのか、何かが取り憑いてしまったのか、本当に別人格になってしまったのか。

本人にしか分からない事だから、他人は想像するしかないのよね。だから、怖いのよ。

周りの人達も無関心で私に問わなかったわけではないと思う。

クリスの様に違和感を感じていても、聞けなかったのかも。雰囲気でわかるものなのよ。


「でも、生き生きと自分の好きな事に全力で挑んでいくアディが初めは羨ましくて、でも次第に目が離せなくなって、知らないうちに好きになっていた」

絡めた指先に力を込め、告白してくるその瞳は僅かな光の加減で色を変えながらも、真摯に想いを伝えてくる。


今まで求婚はされていたけれど、告白をされた事はなかった。義理求婚に納得していたのは、その所為もあった。

頭の中では『義理』と思い込んでいたし、断ればあっさり引いていたし、私に何の関心もないと思っていたから。


でも、初めて男性から告白されてドキドキしないわけがない。

それが、今はなんとも思っていないクリスだったとしても。

クリスは美丈夫だから、尚更ときめいてしまう。

多分私は柄にもなく、真っ赤になっているのかも。


そんな私を見て、クリスは蕩ける様な笑みを浮かべ、私の頬をそっとなぞった。

「ねぇ、アディ。レオンに王位継承権を放棄させないのは何故だと思う?」

クリスに見惚れてしまっていた私は、ハッとした様に表情を引き締めた。

あまり言い方は良くないけど、クリスに何かあった時のスペアがレオン。まだ、はっきりと王太子を宣言されていないから、互いが互いのスペアという事なのかもしれない。

普通の人は私と同じ考えだと思う。だけど、彼の答えは全く違っていた。


「それは僕がアディを追って、平民になった時の事を考えてだよ」

「えっ?!」


クリスが、私を追いかけて平民に?―――・・・・ありえないでしょ。

今まで何不自由なく暮らしていたのよ?衣食住、全て最高級よ?使用人達に傅かれ、全て世話をしてもらっている人が・・・・無理に決まっているじゃない!

それ以前に、この国の為に勉強し努力ししてきた事を、ふいにするっていうの?

「駄目よっ!クリスは平民になっては駄目!勿体ないわっ!!」

全力で否定するけれど、クリスは笑みを深くするだけで「何故?」と問いてくる。

「何故って、これまで国の為に一生懸命勉強してきたのに・・・それが無駄になっちゃうじゃない!それに、これまでお金には困らない、衣食住にも困らない環境で生きてきたでしょ?平民と貴族は常識も違うのよ。しかも、自分の事は全て自分でしなくっちゃいけないの。王子様には無理よ」

つまりは、生活に対する苦労知らずのボンボンには無理だと、取り敢えずやんわり伝えるけれど、クリスは変わらず微笑んでいるだけ。


「ねぇ、アディ。アリス商会って知ってるよね?」

急に話を変えて、人を小馬鹿にしたような質問に思わずムッとしながら「知ってるわよ!」と返せば「そう、良かった」と益々笑みを深くする。

「今までの会話にアリス商会は関係ないでしょ?」

「いや、大有りだよ」

「はぁ?」

アリス商会とはここ数年で急成長した、国内では知らない人がいないというほど有名な商会。

私もパンの材料を、今はそこから購入している。質が良いのに、とても良心的な価格だから。

今の所、王都にしか店舗を構えておらず、貴族街と平民街に一店舗ずつ置いている。

まだまだこれから成長していくんだろうなって思う商会には、私も一目置いているの。

そのアリス商会が、何で出てくるわけ?まさか、話をすり替えようとしてるんじゃないでしょうね。

そう思ってクリスを睨めば、先ほど告白された事なんてスカッと忘れる位の衝撃告白をかましてきた。


「そのアリス商会の代表が、僕なんだよね」

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