第15話

「ねぇ、アディ。僕と結婚して?」


「え、無理」


秒殺されたにも関わらず、クリスの表情は変わらない。・・・・それは、本気じゃないし慣れているから。

何時からだろうか。クリスは世間話をするかのように、プロポーズしてくるようになったのは。

頻繁にというわけではないけど、ふとした時に突然プロポーズしてくる。

例えば、他愛無い会話の途中だったり、考え事をしていてうわの空だったりとか・・・無意識に了承の言葉を言ってしまいそうになり、慌てた事は一回二回ではない。

秒で断ると「そう?残念」ってな風にあっさり引いていく。私を抱き込みたい国王達に対するパフォーマンスだと思っているから、今の私は本気にしていないわよ。

でも、初めてプロポーズされた時は、流石にドキドキしたわ・・・・あの美形だもの。

だけどそれは彼にとってはお仕事の一つ。『一応、求婚はしているよ』ってな姿勢を見せてるだけ。

王宮に呼ばれた時に偶然、聞いちゃったのよね。大臣達の話を。

要約すれば、クリスが私に求婚するのは、他国や下級貴族、平民に私を取られない為の義理求婚。そのうち、頷いてくれたら儲けもんだってね。

下級貴族や平民と言うのは、私が平民になりたいのを皆知っているからなの。彼等と結婚すれば・・・特に平民と結婚すれば自動的に平民になるでしょ?

正直、ショックを受けたけど、それ以上に恥ずかしかったわ。多少、本気にしてしまっていたことを・・・

だって、物語の王子様の様な(リアル王子だけど)綺麗な人に、求婚されるのよ?誰だって好意を抱いちゃうわよ。

いい歳(精神的に)してるくせに、ダメダメじゃん・・って落ち込んだわ。

それに、あぁ・・これが政略結婚ってやつか・・・って、妙に納得した事も覚えてる。

だからね、淡い恋心も瞬間冷却の様に一瞬で冷めちゃった。


まぁ、幾つになっても心は乙女なのよ。今世の年齢は正に乙女だし。

真実を知ったら何だか勘違いしていた事が恥ずかしくて、一時は王子達とは距離を置いたわ。

ちょうどその頃、彼等にも婚約者候補が宛がわれたから、自然と会う機会が王宮でだけになったのも良かったみたい。

婚約者候補を立てる話を聞いて、受ける気はさらさら無かったけど、あの求婚する意味あったの?と、王家が何を考えているのかさっぱり分からなかったわ。

そして、婚約者候補が解散してから、また昔のように侯爵家に来ては求婚するようになったの。難儀な事だわ。


今では、普通に付き合えるまでに関係は改善されているけど、王宮に行くことすら嫌悪する時期もあったわね。恥ずかしくて。

こうしてお茶したり、勘違いしていた黒歴史を思い出す求婚をも聞き流せるようになったのは、私が前世の記憶を引っ張り出し、大人になったから。

自衛よ自衛!見かけは子供、中身はおばちゃんになったのよ!子供の戯言と思うようになったの。誰だって傷つきたくないでしょ?勘違いしたくないでしょ?

それに思ったの。クリスも国王達の命令で、致し方無く求婚しているんだろうと。好みでも何でもない女を口説かないといけないんだから、気の毒よね。

元々、王族は恋愛自由ではないし、黙って婚約者候補の中から選んでればよかったのよ。・・・・・まぁ、それを解散させた私が言う事でもないんだろうけど・・・


クリスとレオンがよく私と会っている事は結構噂になっていて、私に対する釣書きもグッと減った事だけは感謝してる。

当時は、DNA鑑定や衛士隊(前世でいう所の警察ね)の発案者として、私の事も有名になり始めていて、王家だけではなく色んな人間が周りに群がり始めてきていたの。

それこそ、釣書きわんさかよ。将来は平民になるつもりだから、見合いすらする気は無かったけど、結構精神的に疲弊するのねって思ったわ。


一応、私も貴族だから政略結婚なんてのをしなくてはいけないのかもしれない。

うちは、お金に困ってないし、ひもじい思いもしない。

雨風しのげる家もあるし、温かいお布団もある。

それはひとえに、侯爵様が貴族としての責務を果たしているから。

本来であれば娘である私も、家の為にと親の薦める縁談をして、家に利益なりなんなりを齎さないといけないんだろうけど。

でも、私は根本的に前世の常識が何をしても消えなかったし、貴族間の常識が好きにはなれなかったの。

多分『わたし』が目覚めなければ、きっとアデリーヌも周りの令嬢と同じく家の為にと、顔も知らない男と結婚していたんでしょうね。

でもね、幸か不幸か私は目覚めた。

中身はおばさんだから、貴族を辞めて一人で生きていく術を探す事も考える事も出来た事は幸運だったわ。


そして本当に運が良かったと思う。パン屋のおじいさんとおばあさんに出会えた事は。

パン屋で働いて、彼等と笑い合っている時がまるで前世と被り、とても幸せだった。

例え一時だったとしても、色んなしがらみから開放されていたから。

だからね、私はおじいさんとおばあさんの面倒を、最後まで看取る為にも平民になりたかった。

貴族の義務から逃げてると思われてもいいわ。DNA鑑定で十分義務を果たしたと、私は思っているから。



いつもであれば、求婚を拒否した時点で話は終わる。とてもあっさりと。

だから、私は終わったとばかりに繋がれていた手を離そうとした。

「・・・・・クリス、手を離して」

なのにギュッと握り返され、意味が分からないとばかりに首を傾げた。

えぇ、全く意味が分かりませんわよ。


「ねぇ、アディ」

「なに?」

「アディは僕の事、どう思っているの?」


思いっきり「何とも」と答えれば、何故かクリスは泣きそうな顔で天を仰いでしまったわ。



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