第4話

「アディ、支度は出来た?」

そう言いながら、母が部屋にやってきた。

私の母はカイラと言う。蜂蜜の様な金髪に夏空の様な青い目をしていて、娘の私から見てもとても美しい人だ。

とても儚げで元々キャベンデッシュ侯爵の婚約者で伯爵令嬢だったの。社交界では断トツの人気だったらしいわ。

侯爵はエイベル・キャベンデッシュという。彼は白い月を思わせるような銀髪に紫水晶のような目をしていて、こちらも超美形。

そんな美形同士の婚約も話題になっていたけど、破棄もまた社交界を揺るがすほど話題となっていたそうよ。

侯爵を騙して正妻の地位に就いた阿婆擦れは、元々男漁りが酷いと評判で、巷では彼女の罠に嵌ってしまったんだろうと、侯爵に同情的な意見が多かったらしいわ。

私の母にも同情的意見が多かったけど破棄された途端、釣書きが沢山送られてきたそうよ。婚約破棄された令嬢に対しては異例だったみたい。

でも、侯爵は母親を愛していたから諦めなかったみたいね。母親の実家に直談判、約束したようよ。必ず彼女等の罪を白日の下に晒し、母親を迎えに来ると。

うちの母親もそれに納得し、十年近い日陰生活を送ったわ。その所為で、幼少期の私が嫌な思いしたんだけど。

当の阿婆擦れは侯爵家に一応正妻として迎えたけど、本邸には置いてもらえず別邸に住まわせてたみたい。使用人からは相当嫌われていたみたいよ。我侭の癇癪持ちで。

使用人の間では別邸でのお世話は、罰ゲームとまで言われる位にね。

で、とうとう生まれた子供。完璧に他人の子だって一目で分かったようよ。

というのも、キャベンデッシュ侯爵家は代々、黒髪か銀髪しか生まれないらしいの。

金髪と銀髪の両親から黒髪の子が生まれたり(あ、それ私ね)、黒髪と黒髪の両親から銀髪の子が生まれたりと、ほぼ百パーに近いらしい。

元々魔力の強い家系で、それが関係しているのではと言われているらしいわ。

だけど、阿婆擦れが生んだのは阿婆擦れによく似た紅い髪の女の子。キャベンデッシュ侯爵家ではまずありえない容姿。

ただキャベンデッシュ侯爵家の事情を出したところで「例外もある」と言われてしまえば何も言えない。けど、侯爵家と血は繋がっていない事は誰もが確信したらいわ。

でもその証拠をどうやって掴むか。そんな時に無意識に私が前世の知恵を披露してしまって、出来上がったのが何度も言うけどあのふざけた名前の魔導具。

当家だけを救えば良かったものを、他貴族ひいては王家まで救っちゃったものだから大事になっちゃったのよ。

しかも侯爵も濁せばいいのに、発案者は私だって言っちゃったらしいのよね。

私の立場も、父親が居なくても母親の実家はそこそこの力を持つ伯爵家だし(何度も言うけど、おじい様は私にメロメロよ)、此度の鑑定で血はまごうことなく侯爵家と繋がってるって証明されたから、婚姻に関して一気に優良物件として浮上したってわけ。

鑑定しなくても侯爵の娘だって事は、周知の事実だったんだけどね。


あぁ~、面倒くさい・・・


鏡を見ればちょっと不貞腐れた様な私の顔が映ってる。

侍女達は良い仕事してるわよ?通常の二倍くらいは綺麗になってるもの。

腰まであるサラサラの黒髪も、白くきめ細かな肌も、熟れた果実の様な唇も、何時より断然綺麗に見える。

そして不機嫌に眇められた紫水晶の瞳は、贔屓目無しに綺麗だった。

不貞腐れたように顔を顰めても、綺麗なものは綺麗。自分の事なにの、第三者視点よ。

「これが、王宮に行く為じゃなければ、嬉しいんだけどね」

思わずポツリと漏らせば、最終チェックをしてくれていた侍女のローラが苦笑いする。

「お嬢様、美味しいお菓子を食べに行くと思えば苦にはなりませんでしょ?」

「まぁね。王宮のシェフが作ったお菓子は、本当に美味しいからね」

「最初だけちょっと我慢すれば、後は天国ですわよ」

「その、ちょっとが苦痛なのよ・・・行きたくないわぁ」

なんてぐちぐち言っていると、母親が慣れたものでさっさと私を回収して馬車に詰め込んだ。

確かにこんなやり取りを六年近くしていれば、慣れない方がおかしいわね。

でもね、何年経っても嫌なものは嫌なのよ。なんで、王宮に通わなきゃいけないのよ。

王宮に行くとなれば、支度を含め半日がかり。そんなことしてる暇あったら、新しいパンを開発したいわ。

それと、この長い髪・・・・邪魔だわ・・・・

食品を扱う為、何時もきっちりと結い上げてるんだけど、頭皮がキツイ!頭も重いし。

馬車に揺られながら、今日は降ろされている黒い髪をひと房握り込む。

「あー、髪邪魔。切りたい」

ポツリと呟けば、母親が悲壮な顔でこちらを見た。

やべっ、と思ったけど時すでに遅し・・・・母親は悲壮な顔から徐々に泣き顔へと変わっていった。

大きな青い瞳にみるみる溜まる涙。

思わず私は、大きなため息ついちゃった。またか・・・と。

私がちょっとでも貴族令嬢らしからぬことを言えば、すぐに泣くのよ。この母親は。

「泣くほどの事でもないでしょ。髪なんてすぐ伸びるわよ」

実際、私の髪は本当はもっと長かったのよ。ラプンツェルには遠く及ばないけどね。

それを肩くらいまでザックリ切っちゃったのよね。十才の時に。

ばれないよう、常に髪を結っていたんだけど、ある日、バカ王子二人の悪戯で髪がほどけて家族にもばれちゃった。

侍女のローラには初っ端からばれてしまって、隠蔽協力してもらっていたのよ。

母親には泣かれるわ、侯爵には呆れられるわ、王子達は陛下に雷落とされるわで、あの時は阿鼻叫喚だったわ。

因みに侍女のローラに御咎めはないわよ。彼女をクビにするなら今すぐ家を出ると言ったら、何も言わなかったわ。

そんなこんなで、王子たちにも私は良い感情は持っていないの。

なのに、再三の出頭命令。


簡単に言えば、王子のどちらかと婚約をさせたいのが、陛下と侯爵の本音なのよ。

冗談じゃないわよね。柄じゃないわ。

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