愚者は小夜曲を歌わない②

 *ポケット

 隠語:動機の揺り籠、良心の墓場。女性にはない器官。彼女らは動機なく行動し、良心の埋葬を拒否されている-------------A・ビアス

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 月曜日は憂鬱だ。

 そんな奴らはサザエさん症候群に罹患してるらしい。統計を見ても月曜日の自殺率が高いという。

 ブラックフライデーは安売りの日だがブラックマンディは命の投げ出しの日らしい。

 そんな愚にもつかぬ事を朝っぱらから思うぐらい、どうかしてるのは昨日送ったLINEや電話が一切、繋がらなかったせいだ。

 半日ぐらい連絡が着かない事は少なからず、あった。それでも丸一日というのは初めてだ。それは自分が蔑ろにされるという意味合いに措いて。

 老若男女問わず、自身への反応は概ね好意的な物。特に異性からは顕著に好ましい対応をされるのが常である。然もありなん、中堅といえど世界的企業の傘下の会社の息子であり、爽やかな外見に高身長、人当たりも良いとくれば非の打ち所はない。

 しかし、有象無象の妬み僻みは避けれない。光が大きい程、陰もまた大きくなるものだ。

 スマホの画面を開く。

 相変わらず既読にならないLINEを見て、何度目かの嘆息を吐いた。


「朝から陰気くさいわね」


 やや剣のある声がテーブル越しに発せられる。声だけでなく視線も冷ややかだった。


「チッ…まだ居てたのかよ」


 まだ部屋着のままの自分とは違って、すでに制服姿の結衣。

 スマホの時計を確認する。朝から顔を合わせるなんて高校入学してから初めてじゃないだろうか。


「言っとくけど、アンタが早いだけだから。珍しい事もあるものね、雪でも降るのかしら」


 そう、いつもならまだベッドの中に居る時間。こうして顔を見合わせたのは焦燥が引き起こした必然といえる。


「朝から何をイラついてるのか知らないけど、昨夜話した事を忘れてないでしょうね?」


 ただでさえイライラしてる所に胡乱げに目を向けられ、激高しかかったが昨夜の事を思い出し、自制が踏みとどまる。

 散々、話し合った末の結論だ。

 最悪ではなく最善を掴む。

 少ない選択肢。自滅や破滅を選ぶ訳にはいかない。誰もがそう考える。当然の帰結。

 不満ではあるが納得するしかない。


「小学校や中学校の時と違って、許されるキャパは褊狭なんだからね。昔みたいに出来ないのは心に留めて置きなさいよ」


 過去に起こした数々の退屈しのぎという名のゲーム。

 陰でこそこそと妬み嫉み僻むしかない弱者を操り、蹴散らした。それこそが位階に立つ者の力であり処世術というもの。


「いいわね、沙那の事だけじゃなくウチのクラスには絶対に来ないように。もし、廊下とかで裕也を見掛けたら脱兎の如く逃げるのよ」


「裕也はゾンビかなんかなのか?」


「ゾンビだったら倒せるだけマシよ」


 笑えねえ。倒せないアンデッドなぞ恐怖以外の何者でもない。

 ふと小学校時代を思い出す。権力の万能さに傲慢を隠しもしなかった子供だった自分が、裕也に絡み文字通り鼻っ柱を折られた時の事を。


「触らぬ神に祟りなし。当たらぬ蜂には刺されぬ。その二つをしかと胸に刻んでおきなさい」


 念押しするように言って、結衣がきびすを返す。ややあって扉が閉まる音を聞いてから長い嘆息を吐いた。

 分かってるよ、分かってるんだ。

 結衣の言ってる事は正しい。何をやっても許されたのは権力があったからだ。

 後は子供だからと許された年齢による環境。

 高校生ともなれば、周囲からの視線はまた違ったものになる。自重と責任が常に伴う。

 けど、袖手傍観して


 ━━━奪われるのは違う話だろ?


 結衣が居なくて良かった。

 今の俺の顔を見たら、何がなんでも止めようとするだろう。



 ■■■■


 気情報によると今週から天気が崩れるらしい。

 五月雨ってやつだ。

 心配症の父さん、薫子さんはバイクに乗る事の懸念を伝えてきたのが昨夜の事。

 そんな訳で俺はやたらに、ふかふかなシートに偉そうにふんぞり返っている。

 対面のシートにはきっちりとスーツ姿の進藤さんが優雅に座っていて、タイトなスカートからは遠謀深慮の三角地帯が覗けそうだ。近そうで遠い領域に何故、人は惹き付けられるのか。主に視線が。

 そっと視線を外し、流れる景色を何となしに見てる。


「いつもより朝早い時間でしたが大丈夫ですか?」


「問題ないよ」


 寧ろ、この状況こそが問題がありそうな気がしてならない。

 考えてもみろよ、こんな黒塗りの高級車で学校に乗りつけるなんて何処ぞの御曹司って話だよ。まあ事実なんだけど。


「目立つのが嫌という話なら今更かと」


「そんな事はないと思うんだけど」


「裕也さん」


 大きく嘆息を吐き、やれやれと言うように進藤さんが軽く頭を振った。


「自己評価が低すぎます。八坂財閥の後継者という事を抜きにしても、裕也さん個人は魅力的だと言う事を自覚された方が良いかと。奥様も我が子可愛さに『yasa』のモデルに推挙するような方ではありませんよ」


「そうかな」


 力強く首肯する進藤さんには悪いのだけども、はい、そうですかと肯定するには俺は俺に甘くない。甘くなれない。

 嫌という程、現実を見た。誰も彼もが侮蔑の目で悪し様に罵った。


「ところで、裕也さん」


「ん?」


「先日の掲示板書き込み犯が分かりました」


「早いですね」


 八坂の調査網、恐るべしである。


「━━━━。━━━━で間違いないです」


「そうですか」


 意外には思わなかった。僅かばかり感じてた違和感に正鵠を得たといったところか。


 ━━━━やっぱり壊れていたんだな。


「ところで、裕也さん」


「はい」


「今日は黒のレースです」


「何故言った?!」


 見てたのはバレてたようだ。

 どうせなら嫌な顔をしながらパンツ見せて、と言ってみようか。いや、本当にやりかねない怖さがあるのでポケットに閉まっておくとしよう。


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 全く関係ないですが、ガソリン高くて嫌になりますね(´・ω・`)

























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