愚者は小夜曲を歌わない③

 *デマゴーグ

 詭弁や虚偽を愛し、弁論や擁護を拒絶する扇動家クソ野郎


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 ■■夏目  海衣■■


 ピリリリリ。

 鼓膜を震わす高い電鈴、ホームから電車が発車した音を背後に聞く。

 数人が慌てて改札へと走り出すのが見えたが、とっくに間に合わないだろう。

 それにしても。

 何で今日はこんなに人が多いんだ?

 西条学園の生徒が多いのは当然だが、それ以外にも他校の制服を着た女子が目立つ。

 中には大学生らしき風体のお姉さま方が混じっている。彼女らは動く素振りを一切見せない。そして期待に満ちた視線は一様に改札口に向けられていた。


 ━━━━誰かを待ってる?


 脳裏に浮かぶのは不可侵領域の男。

 有り得ない。いや、瑠花のSNSが発露だとしたら否定するには弱すぎる。

 瑠花が西条学園に通っているのは制服姿をうpしている事から博引旁証するまでもなく分かる事だ。そこからの繋がりを探られた?

 いや、うちの生徒の誰かがリークした可能性もあるのか。

 ……これ以上考えるのはやめよう。

 こういう時こそ、くだらない中身の無いバカ話だろう。

 辺りを見回すも見知った顔は一人も居なかった。特に約束をせずとも誰かしら、俺と一緒に行こうと待っているのに。

 使えねえヤツらだぜ。

 いつも通りの時間。とはいえ、HRまで余裕がある訳ではない。

 仕方無い。行くかと足を出せば、ふと気付いた。

 思えば、一人で学校に行くなんて初めてじゃないか?

 登下校に限らず、周りに誰か居るのが当たり前だった。何故なら常に俺は中心に居たからだ。


 ゾワッ、とする。


 暗闇の中で子供が泣いている。

 まだ幼稚園ぐらいの時の俺。

 帰りが遅い父親。

 家を顧みない母親。

 いつだって泣いてる俺の手を引いてくれてたのは姉である結衣だ。


 かぶりを振る。

 もう俺は大丈夫なはずだ。俺は強くなれた。

 あの泣き虫だった小さな俺は、もう居ない。


 歩く事、数十分。

 校門がもうすぐといった所でベンツが停まった。磨きぬかれた黒塗りの車体が朝の光をピンボールのように乱反射させる。

 次に視界に映ったのは、女神━━━もとい車から降りた柚木 美桜だった。

 祝福するように朝の光を受けて輝くプラチナブロンドの髪。それに引けも取らぬ容姿はまに仙姿玉質といえた。


 誰しもが惚けたように立ち尽くす中、全く意にも介さず悠然と校舎に彼女が消えるとようやく我に返ったように歩き始めた。


「女神降臨」

「朝から至福すぎる」

「マジヤベーよ(語彙力)」


 美辞麗句の中、一部で声を潜め聞こえてくるのは例の書き込みについてだ。沈静化はしたものの燻り続けるのが世の習いというものだろう。

 もし、あの書き込みが真実であったならと下衆な妄想。確かに大枚を叩く価値はある、とは思う。

 誰がやったのかは知らないが動機は妬み嫉みといった負の感情だろう。

 ただ、中途半端だな。ちょっとした騒動になっただけで終わった。火種を用意したならば扇動━━━思考誘導しないと絵に描いた餅だ。そう、悪意の呪言を紡ぎ蒙昧なる大衆を傀儡とする呪術師デマゴーグにならないと。

 結衣から聞いた話によると、あの仙姿玉質は裕也の婚約者であるとか。世迷言をと切って捨てるにはKASAYAの威光が許さない。

 ギリッ。

 奥歯を噛み締める音がやけに大きく響いた。




 ■■八坂  裕也■■


 やはり車は渋滞するとどうしょうもないな。順調に走っていたのも束の間、見事に通勤ラッシュに巻き込まれHRのベルが鳴る五分前にようやっと学園前に到着。平身低頭する進藤さんと運転手さんを宥めるのが大変だった。

 進藤さんは、この世の終わりみたいな顔するし、何なら腹を掻っ捌くとか言い出した運転手さんに軽く引いた。渋滞は誰のせいでもないしな、うん。

 流石にこの時間となると廊下は誰も歩いて居ない。寂然たる空間が広がっていた。そんな空間の心地良さに浸っていると無粋なチャイムが校舎に響き渡る。

 ━━━━やれやれ。

 このチャイム、ブザー、呼び方はなんでもいいが昔から好きじゃない。生き急げと急き立てられるようで。

 教室まで階段一つ分と廊下を二分歩く距離。どうせ間に合わないなら走るまでもない。二階の渡り廊下の窓に視線を移し空を見た。陽光は未だ遮るものなく、グランドと遊歩道を別つように点在する鬱蒼と茂った木々を照らしている。

 レンガを敷き詰めた━━━通称、レンガの小路を移動する人影が目についた。

 小走りでスカートを揺らしている。

 誰かと思えば沙那だった。制服のどことは言わないが、ふよんふよん揺れる様相に思わず拳を握る( *˙ω˙*)و グッ!

 遅刻かな?  いや、正門とは真逆の方向からだから違うか。

 しかも、地を蹴る足を覆っているのは上靴のようだ。登校した後に何らかの用事があって済ませてるうちに遅れたってとこか。

 沙那━━━幼馴染であり彼女だった。

 彼女は言った。

 浮気なんてしてない、海衣とは付き合っていない、と。

 それを信じろ、と。あの日見た光景は無かった、と。

 分からない。俺には分からない。

 何が正しくて、何が真実だというのか。

 さらにはアクセサリーとスマホが壊れていたとか。

 俺は壊していない。じゃあ、誰が何のために壊した?

 その答えを俺は持たない。

 寧ろ、今更知る必要はあるのか。世の中には知る必要のない事もある。とうに過ぎた事柄を解き明かした所で失ったものは還らない。詰りは自己満足、自己肯定するだけで何が変わるのか。


 


 沙那の姿が見えなくなる。

 歩みを進めようとした時、強い視線を感じた。

 そちらに目を向けてみれば、一人の男が窓下の向こうから俺を見上げていた。

 剣呑な光を目に湛えて。

 これは偶然か? ━━━━沙那が来た方向から、後から来た男。

 俺は知っている。忘れたことなどない。


 ━━━夏目  海衣。


 胸の奥底に一つ、火が点った気がした。


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 次話、対峙。

 今話から誰の視点か分かり易いようにしました。しなくても問題ないようなら、次話からは表記しませんが、どうでしょう?


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