愚者は小夜曲を歌わない①
*奇妙な果実
人種差別で虐殺され、木に吊るされた黒人の歌。
ともすれば社会の孤独、或いは遺児。
━━━━━━━━━━━━━━━
「ヴォエ」
絞り出た声ともに吐瀉物が音をたてて、磨きこまれた洗面所が見るも無惨な姿になっていく。
ひとしきり嘔吐き、出るのは嗚咽だけになって脱力したように崩れ落ちた。
大理石調の床が冷たさを伝えてくる。
泣きたくなる。
子供みたいに泣き喚ければどんなにいいか。
世間の常識に照らせば、十七歳は子供だ。自分でもそう思う。だけど昔から稟性と環境のせいか泣くという事が負けるみたいで嫌だった。その考え自体が誤謬だ、と今は理解出来る。
あの日見た、鴨居にロープをかけて揺れる母は南部の木にぶら下がった『奇妙な果実』と何が違うのか。
あの頃は良かったなんて振り返る想い出はすべからく塗り潰され、独りになった小さな子供に世界は容赦しないし慈悲もない。
庇護という聞こえの良い言葉は救済にはならなかった。そもそもが無謬性ロジックの上に成り立つ日本の行政なぞ虚構でしかない。
泣きたくなる。
たった一つの衝動の為に今まで抗ってきた。
この身体とギターだけで戦ってきたんだ。
辛酸を舐めてきた。
髀肉の嘆を味わってきた。
犠牲を払ってまで掴んだ糸は手放さざるを得なくなった。
残ったものは何もない。何もかも失われた。
後は埃を被ったギターともに朽ちるだけ。
そう思っていた。
だけど、因果は巡る。
再び糸は垂らされた。
二度目の糸。それがもたらす結果は望んでいた事とは少し違う。
だけど、最良のものとなる事は博引旁証するまでもなく心が叫んでいる。
三度目の糸は無い。分かっている。
あの人もそう言った。
懊悩とするボクに、肺腑を抉るように抑揚なく言ったのだ。
『能はざるに非ざるなり、 為さざるなり』
是非はない。
ボクはやらなければならなかった。
■■■
4Kモニターに映しだされる半裸の男。
カメラが無駄な肉を削ぎ落とした体躯にシックスパックを舐めるように上から下へと。
次いで、幻想的なステンドグラスの前に全身を晒すシーン。瞬きの間に『yasa』とブランドネームが画面に。
誰だ、コイツは。
画面越しに見る自分って自分じゃないように見えるよな。
喜色満面に父さんが「ブラボー」と言いながら拍手している傍らで薫子さんが莞爾と微笑んでいる。
部屋の隅に控えている進藤さんに至っては、感極まったように涙ぐんでいる始末。
「薫子さん」
「なあに?」
「これはなんですか?」
「次のコレクションのイメージ映像ね。こないだ撮影して貰ったじゃない?あの後の社内ミーティングで満場一致でこのまま使う事にしたの」
はて? 確か前撮りだと聞いた気がするんだが。
「いいじゃないか。次のコンセプトにも合ってるようだし、何より裕也が映えてるよ」
父さんが親バカ発言し、薫子さんと進藤さんも追随するように首肯する。
なるほど、味方はいないようだ。
すでにブランド公式サイトではアップロードされてるようで視聴回数も十万越えしてるとか。
きゃいきゃい話す薫子さんを横目に、明日からの学校が騒がしくなりそうだ、と嘆息を禁じ得ない。
だからと言って俺は何も変わらないのだけども。
後述になるが、俺は甘く見積もっていたらしい。藤崎 瑠花というインフルエンサーの拡散力と『yasa』のモデルをするという影響力を。望むと望まざるとも拘わらず、大きく動き出す。
それは過去すらも同様だ。
[レセプションパーティまで後、十六日]
━━━━━━━━━━━━━━━
やっと終章前まで来ました。
が、先に言ってしまうとこの話は長いです。
なので前回に書いた通りナンバリングで分割します。
フォロー及び、♡★有難うございます。
モチベアップに繋がりますので、餌下さい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます