第4話 愚者にくちづけを

 *くちづけ


 ある種の儀式。重く考える者と軽く考える者に、二分する。筆者は寡聞にして知らないが、檸檬の味がするとかなんとか。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 ボクが彼に気づいたのは、二週間前の雨の夜。誰しもが家路を急ぐが、夜の香気に混じった不快な湿りが進む足を重くする、そんな夜だった。

 お構い無しに、シャッターが閉まった商店街の一角に腰を下ろしアコギを掻き鳴らす。

 こんな夜は誰も足を止めてくれない。んなのは大した問題じゃない。マーティンのヴィンテージギターの鳴りは、ばっちり。それで充分過ぎるぐらい満足だ。

 二、三曲弾き終わると少し離れた自販機前に、彼が立っているのに気づいた。


 幽霊みたいなヤツだな。


 長い手足を伸ばしながら立つ彼は存在が希薄そのもの。視えているのに、そこに居るのに、視えない、居ない、そんな感覚。

 ボクがギターを弾き始めると、何時の間にかそこに居る存在。こっちに近寄る訳でもなく、少し離れて唯、じっと聞き入ってくれる。無害な存在なんだと、いうことは分かる。ほっておけば、夜のしじまに消えそうだ。だから、彼に向かって声を掛けたんだ。とびっきりの笑顔も添えて。


「演奏料代わりに、コーヒー奢ってくれない?」


 それが、ユーヤとのファーストコンタクト。




「その死んだ木は良い音、鳴るね」


 ユーヤの言い回しにボクは破顔する。


「カートの言葉だね。ニルヴァーナはボクも好きだな」


 死んだ木。貴方にとってギターとは? インタビュアーの質問にカートが答えた言葉は余りに有名でロックだった。

 それからもユーヤと色々、話した。連絡先を交換し、数日が経って変わったのは二人の距離。ボクの隣にはユーヤが居る。それは心地良い空間と距離。日をめくる毎にユーヤを知っていく中で戸惑う事もあった。

 ユーヤは感情を表情に現す事が極端に少ない。

 笑うのが難しくなった。と、ユーヤは言った。

 幽霊のようだ、と最初に感じた印象は益々深くなる。陽炎のように揺らめき、霧散する。それがユーヤの本質に思えて、怖くなった。裏付ける話がある。やっぱり、夜に繁華街で歌っていると絡んでくるヤツは何処にでも居るもので、且つボクは自分でも思う程、可愛いからトラブルは割とあったりする。

 ある日、ナイフで脅して来たヤツの腕をユーヤは躊躇なく折り、半殺しにした。後になって知ったのだが、ユーヤは夜の街では鉄仮面と呼ばれ、怖がられていた。無表情で喧嘩する事から付いた呼称らしい。

 ヨーヨーを武器にすればいいのか? とはユーヤ談。


 今、ボクの中には生まれたての小さな感情がいる。でも、それに名前を付ける事を躊躇ってしまう。そんな感情は一緒に時間を過ごしている間に大きくなっていく。



「ここは…」


「ボクが通ってた小学校だよ。廃校になっちゃったけどね」


 東と南に別れてた街の小学校。団塊の世代向けに作られた街の移住人口は上昇続きで、団地もアパートも空き待ちが当たり前のようにあり、過密と呼ばれたそんな時代。今や見る影もなく過疎化を辿る中、当然のように子供の数も減り二校あった学校は一つに統合される。


 フェンスを乗り越え、星灯りだけを頼りに歩くと幾重にも張り巡らされたロープに阻まれた非常用階段の入口が現れる。

 ロープの隙間を縫うように難なく侵入を果たし、ボクは階段を上がる。けど、ユーヤは長い手足が邪魔して思ったように隙間を抜けれず、四苦八苦していた。その様子がおかしくて、ボクが笑うとユーヤは憮然としながら「次に来る時はナイフで何本か切ってやる」と、ロープを睨みつけていた。だから、ボクはまた笑った。

 階段を一番上まで上がりきった正面の扉に鍵を差し込む。


「なんで鍵なんか持ってんの?」


「ボクが小学生の時に合鍵を作ったからだね。あの頃からボクには先明の見があったって証左だよねー」


 ギギィ、と金属が摩擦する音ともに開いた扉の先は屋上。何故か乱雑に投げだされたパイプや椅子を避けたり、踏んだりしながら進むと六畳程のプレハブがあった。

 扉に付けられた南京錠を開け、ボクはユーヤに向き直る。


「ようこそ。ボクの隠れ家へ」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「彩花か」


 陽射しが、真新しい校舎の白壁を照らす中でユーヤは呪詛を吐くようにボクの名前を呟いた。仕方の無い事と分かっているのに、泣きそうになるのは我儘でしかないよね。


「久しぶりだね、ユーヤ。元気してた?」


「元気? そんな言葉は僕の辞書にはないですね」


「そういう冗談を言えるようになったんだね。少しは笑えるようになったかな?」


 ユーヤの目を下から覗きこもうとすると、露骨に顔を背けられた。


「近いんですけど? そもそも声を掛けないでもらえますか」


「他人行儀な話し方をするんだね」


「そう望んだのは、お前だろ」


 そんな冷たい声を出すんだね。

 先程までの浮かれた気持ちが、冷水を浴びせられたみたいに急速に萎んでいく。

 かって、ボクに向けてくれた穏やかな眼差しも、ボクに触れてくれた温もりも消えてしまった。そうしたのはボクだ。選択したのは誰でもない、ボクだ。

 だから、泣くな。泣く資格なんかボクにはない。

 その時だった。第二校舎から、誰かが、こちらに向かって走ってくる音がした。

 その音は急速に近くなり、目を向けると一人の男の子が息を切らして走ってくる。

 その子はこちらをチラリと横目にし、中庭の方へと駆けて行った。


「ユーヤの知り合い?」


 先程の中庭の雰囲気からして、あの可愛い二人組の関係だろう。どちらかの彼氏かもしれない。

 ユーヤはそれに答えず、さっさと歩き出した。

 ボクは引き留める言葉を持たない。遠ざかるユーヤの背中をそのまま見送り、胸中で呟く。


 ┈┈┈今度は間違えないから。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「彩花のお母さんもシンガーだったのか」


 ユーヤが手にしたCDジャケットを興味深そうに見ている。


『GHOST』


 真っ暗な背景に、タイトルと顔を俯かせた女性が立っているだけのシンプルなジャケット写真。


「メジャーデビューはしたけど、細々としか活動しなかったから有名じゃないよ。コアなファンは居るけど」


 ユーヤも知らなかったようで「聞いてみたい」って言ったので、ラジカセにCDをセットする。


「お母さんは、ボクが五歳の時、死んだの。自殺だった。遺書は残されてなかったから自殺の理由は分からない。さっきも言ったけど、お母さんが音楽活動が余り出来なかったのはボクを私生児で産んだからだと思うんだよね。ホントのとこは分からないよ? そうかもしれないし、違うかもしれない。お母さんが教えてくれたのはギターの弾き方。遺してくれたのは多少のお金と、一枚のCDと、このギターだけ」


 ユーヤは何も言わなかった。

 再生ボタンを押し、曲が流れる。

 お母さんが作った曲『GHOST』。

 パイプオルガンの幻想的な調べから、遺されたマーティンのアルペジオへと変調する。

 何処までも続くかと思われた主旋律は唐突に静止し、紅涙を絞るかのような声ともに曲が再開する。



『彼が私の名前を呼ぶ。


 それは私であって 私ではない名前。


 じゃあ、私は誰?


 彼が名前を呼んで 私の身体を抱くけれど


 その胸に抱かれる私は誰?


 可惜夜は終わりを告げる。


 街で一番の早起きの小鳥が朝靄を求めて飛びたつのと


 蝙蝠がねぐらに帰るのは 大体が同じで。


 未だ明けきらぬ、薄い青に融けゆく空は視えざる者を


 うっかり置いていかないように手を引いて』


 この曲を聞くと、ナイフを突き立てられてるように胸が痛くなる。

 彼女は何を想って、この曲を作ったんだろう。

 ┈┈┈絶望なのだろうか。

 ┈┈┈祈りなのだろうか。


「ボクはプロのシンガーになりたい。お母さんが見た景色をボクも見れたら……」


 ボクを置いて、自ら命を絶った理由が分かるかもしれない。


『踊る 踊る 誰もが踊る。


 安いダンスホールで 仮面をつけて。


 踊る 踊る 誰もが踊る。


 安いダンスホールで 手を取り合って。


 あぶれた私は ゴルゴタの丘で眠りにつきましょう。』





 主旋律の終わりを継ぐように、ハーモニクスが鳴る。優艷さながらに、物語のエピローグを語るように奏唱される。


『人は仮面を脱ぐことは出来ない。決して実像を見せることはない。人は生きながらにしてGHOSTのようなものだ、と思わない?』



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 八坂 裕也が編入したクラスの男子でカースト上位はと聞けば、中学時代バスケ部で活躍していたという坂本の名前が先ず、挙がる。

 その彼は不機嫌な顔を隠しもせずに、教室で弁当を食べるメンバーに怒りが混じった心情を吐露していた。


「あの転入生、気に入らねー」


 坂本が言えば、何人かの男子生徒から賛同の声が上がった。何といっても学年一と名高い美少女である相川 沙那と学年ランキング五指に入る夏目 結衣からのご指名による昼食の誘いである。しかも、誘われた当人は迷惑そうな顔をしていたのだ。坂本でなくても朱を注ぐというものだ。


 ガラッ。

 教室の引き戸が荒々しく開かれる。

 何事かと皆の視線が集まった先には、長いプラチナブロンドの髪を腰まで伸ばした目を奪わんばかりの美少女が立っていた。

 誰かを探しているのか、きょろきょろとクラス中を見回すと、直ぐ近くの坂本達のグループと目があった。



「そこの貴方。このクラスに八坂 裕也が転入してきたと思うのだけど、何処に行ったのかしら」



 柚木 美桜。

 二学年ランキング一位であり、ハーフでモデルながら、地元では屈指の名家のお嬢様という立場の彼女は注目という意味では学内ではトップであった。

 声を掛けられた男子は秒速で立ち上がる。


「や、八坂なら中庭の方へ行くと言ってました!」


「中庭? 一人で?」


「あ……いえ、クラスの女子達と三人で行きました」


 柚木 美桜の柳眉が逆立つ。

 琥珀色の瞳が猫の目のように細くなる。

 坂本達は背筋がゾクリとするのを感じた。

 彼女は無言で踵を返し、教室を後にする。

 そうして緊迫した雰囲気はようやく地を掃い、喧騒が教室に戻った。

 この場にいる女子は色恋沙汰の匂いを。

 この場にいる男子は唇を噛む鉄の味を。

 反応は二極化したが、思う所は一つだった。


 八坂 裕也は、一体何者なんだ。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ユーヤと二人で、お母さんの曲を聞いてから数日が経った日の事。

 ボクはお世話になっているライブハウスのマスターから呼び出された。ちなみに、シンガーとしてのお母さんを知ってるコアなファンだったりする。

 行ってみると、マスターと知らない人が待っていた。その知らない人はボクを見ると、破顔し名刺を渡して来た。

 名刺には大手芸能事務所の名前が記されていた。





「香水をつけない女に未来はない」


「は?」


「ココ・シャネルの言葉だ。そういう訳で、これをやるよ」


 コンテナハウスに来ていたユーヤがくれたのは香水だった。


「日本未発売らしい。父さんが土産にくれた。俺は香水をつけないから貰ってくれると助かる」


 言葉こそ素っ気ないものだったが、ボクには福音に聞こえた。

 ボクは小さな箱を開けて、早速香水をつけてみる。


「どうかな?」


「いい匂いだと思う。彩花って感じがする」


 もう無理だ。

 ボクの中で膨れ上がった感情が暴れ回っている。名前をつけない事で誤魔化すのは、もう限界だ。


「ねえ。ユーヤ」


 今日あった事を話す。

 もしかしたら、メジャーデビュー出来るかもしれない事を。


「その上で聞いて欲しいんだけど、女って現実主義で利己的なのが本質なんだよ。でもね、ロマンチストでもあるんだ。矛盾してるんだけど女って生き物はそうなんだよ」


 不意に立ったボクをユーヤは目を細めて、見上げる。

 ユーヤの正面に立ち、肩に手を置いて、ゆっくりと唇を重ねた。

 触れるだけのキスをしながら、ユーヤの膝上に跨った。唇を離すと眉に迫る位置にお互いの顔がある。


「ユーヤが好き。でも、夢を諦めたくもないんだ」


「彩花の歌は諦めるには惜しいと思うよ」


「ふふん。じゃあ両方諦めないから」


 もう一度、唇を重ねる。今度は触れ合うだけじゃない。舌を舐め合い、吸い合う、唾液の音が淫靡に響く濃厚な口付けを交わす。


「あれれーー? おっかしいぞーー!?(CV:高山 みなみ) なんか、固いモノが当たってるぞーー!?」


「……生理現象だから仕方なくね?」


 ユーヤがすっと顔を背ける。揶揄うように言ったものの、ボクの顔も朱に染まっているだろう。愛しい人に女として見られている。手の舞い足の踏む所を知らずとはこの事か。

 顔を寄せユーヤの耳元で囁く。


「ユーヤ……クリスマスにボクの全てをあげる。だから、今は我慢して」


「……理由は何?」


「何も無い日より、特別な日の方が記念日になるでしょ。クリスマスに好きな人と結ばれるって素敵じゃない?」


「そうかもな」


「身も蓋もない事を言っちゃうと、クリスマスのカップルは rule34 だからね」


「それが存在するなら、それのポルノがある。例外はないってやつか」


「それ! こじつけだけど意味は通じるでしょ」


 その日は何度も何度もキスをして、夜更けに二人で眠った。寒い夜だったけど、二人でくるまって眠るシーツはとても暖かった。



 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪


 落葉樹の散らした葉は、舗装路から姿を消し、訪れる冬の寒さを忍ぶ針葉樹の並木通りにはイルミネーションが煌々と十二月の街を彩っていた。



 頭痛がする。

 彩花の音楽に触れてからは無かった。

 夕方に彩花から届いたLINEを見るまでは。


 ごめんなさい。


 その短い文字は、俺の中に恐れを思い出させるには充分過ぎた。


 ジジッ。ジジッ。

 ホワイトノイズの音が何処からか聞こえる。飾り立てられた夜の街を、彷徨う。

 ライブハウス、いつもの街角、廃校のプレハブにも彩花は居なかった。

 見つかるはずもない。ないはずなのに。

 見つけてしまった。

 高そうな外車に乗り込もうとしている彩花。


「彩花」


 呟くような声は届きはしないはず。なのに、彩花は俺に気づいた。その目を見開き、端正な顔が歪んだ。

 彩花は助手席のドアを開け、運転席に向かって、一言二言と声をかけて、足取り重く俺の方へと。彩花との数十歩の距離が遠く感じた。


「ユーヤ。約束を守れなくて、ごめん」


 さっきまでの暗鬱な表情は消えていた。

 ただ、右手で自分の身体を抱きしめるようにしているのは震えを隠す為だろう。それぐらいは俺にも分かった。

 頭痛が酷くなる。

 奥歯を噛み締めた。口腔に鉄の味が広がった。


「前に話してたレコード会社の人が、大事な話があるんだって。今から予約してあるレストランに行くんだ」


「そうか」


「うん。その後は…今夜はクリスマスで、男女が二人なら、rule34だよね。ごめんね、ユーヤ。ボクの初めてはユーヤにあげたかったけど…こんな事なら……」


「そうか」


 こんな時に掛ける言葉を俺は持ち合わせていない。慰めの言葉も、罵声も違う。

 どうにもならない。そんな諦観に似た気持ちが渦巻いているだけだ。

 もし、此処で俺が行くなよ、と言えば彩花は行かないかもしれない。

 だが、それでなんになるというのか。

 彩花は夢を選んだんだ。それに対して俺は何を言えるというのだ。

 彩花は迷いを振り切るように、駆け出す。

 俺は二人を乗せた車の遠ざかるテールランプを見送った。

 もう限界だった。頭が割れるように痛む。

 視界がエクタロームフィルムを貼り付けられたように情景が、深い青に染まる。

 続けて、フレーム落ちの如く断続的に情景が途切れ、ホワイトノイズの音が共鳴する。

 ジジッ。ジジッ。

 変容した視界に映る木々に装飾されたイルミネーションの明滅が、俺を追い立てるようだった。店から流れる陽気な音楽は葬送曲に聞こえた。幻想的な並木通りを歩く人の群れは葬列者のようだ。



 ここは苦界だ。




 足取りも覚束無い中、どれぐらい歩いたのだろうか。気がつくと懐かしく見覚えのある道に出ていた。身体が自然に向かっていたのは、かって俺が住んでいた街だった。この角を曲がれば、俺と母さんが二人暮らしていた家が見える。その隣には沙那の家がある。


 記憶がフラッシュバックする。

 忘却に捨て去ったはずの過去が俺を糾弾してくる。俺は頭を抱えながら激しく、首を横に振った。そうする事で消失すると祈るように。立っていられなくなり、知らない家のブロック塀にもたれかかる。

 ふと視線をあげると、遠くに一年半振りに見る沙那の姿。何処からかの帰りだろうか、綺羅を飾った格好をしていた。

 沙那は一人ではなかった。

 夏目 海衣と一緒だった。

 親密そうに見えた。



 俺は来た道をなぞるように、歩きだす。

 足取りは軽く、スキップでも踏めそうだ。

 アイスピックで刺すような傷みの頭痛も今は無い。

 吐き気も目眩も消え、靄がかった思考も晴れた。


「フフッ」

「アーッハハハハ! ハハハハハハ!!」


 そうだな。そうなるよ。

 あの二人が付き合うのは何も変じゃない。

 間違っていたのは俺の方なんだろう。

 笑える。笑うしかないだろう。


 ジジッ。ジジッ。


 視界が滲む。ぼやけて前がよく見えない。

 落涙が止まらない。笑え。笑えよ。

 俺は狂ったように笑い続ける。

 何かに亀裂が入ったのが分かった。

 いや、亀裂は元から入っていた。俺が笑う度に、涙が零れる毎に、乾いた地面が割れていくように、亀裂が走り、拡がっていく。


 絶望しろ。なにもかもを呪え。

 希望なぞない。祈りの言葉は届かない。

 何もない。何も掴めなかった。何もかもが無駄な足掻きだった。

 分かっていたはずだろ?

 知っていたはずだろ?

 見ろよ。桃色の蜘蛛が一本の糸を垂らしてやがる。カンダタのように一縷の望みに縋るのか。

 今更、何を。いつもそうだ。気がつけば、何もかもが遅きに失していた。予定調和に物語が幕引くのであれば、徒労に終わるのは当然だろう。

 消えろ。消えてしまえ。

 俺はその糸を引き千切る。



 ジジッ。ジジッ。


 記憶がフラッシュバックする。


 沙那が何事かを言った。声は聞こえない。

 海衣がゆっくりと距離を詰め、ふわりと沙那を抱きしめた。


 ジジッ。ジジッ。


 俺の中で、バキンと何かが、粉々に砕けちった。





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 フォロー及び、♡★有難うございます。

 モチベアップに繋がりますので、餌下さい。

 これにて序奏は終わり、提示部(第一主題、第二主題)(短め)に移ります。重い内容は軽めになっていきます。多分。何かあれば、近況ノートにて受け付けております。

 次回、更新は四月からになりますので、よしなに。

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