提示部[第一主題]

冷笑家の物語は誰も読まない

 *冷笑家

 その眼が視力不足であるが為に、物事は当然こうあるべきではなく、実際にあるがままに見てしまう下衆野郎---------A・ビアス


 ♢♢♢♢


 夜が動いた。

 時の砂が、黒一色の空に散らばる。ゆっくりと、確実に推移する色相は幻想的ですらあった。今や深い青に彩られた空は、あたかも水のヴェールが、かかってるかのように揺れて見える。まるで、海の底から見上げているような錯覚を覚えた。たゆたう空を見て、俺はひとつ吐息する。


「また朝が来た。昨日と何も変わらない朝だ。たったひとつの願いを持って、しとねに入り、目覚めれば、繰り返される毎日は呪いたくなるほど残酷で最悪で最低だ」


 そう思わないか? と何時の間にやら隣に立っている少女に声を掛ける。

 少女は黒を基調とし、ボルドーのレースが随所にあしらわれたドレスの裾を翻す。

 そして、俺の正面に立ち、にんまりと三日月に弧を描いた。


「自分の世界に始まり、完結する貴方にも朝は平等であり続ける。ワルプルギスの夜を照らした、篝火すらも朝には消えるように。貴方アパシーもそうであるように、奇しきラッパの響きを捧げましょう。アーメン。」


 珍しい事に少女の機嫌は事の他、良いらしい。レクイエムを朝から捧げられるとは、である。



 ホィーピピピピピピ。

 黎明の空をけたたましく鳴き、一匹の鳥が飛来していく。

 嘴が長く、湾曲している鳥だ。


「シギね。南から北へ渡りの途中だわ。知ってるかしら? シギは年を通して、一万キロ以上も移動するの。それこそ太平洋を一周するように。生物には帰巣本能があると言われているけど、貴方は何処に帰るのかしらね」


 少女は俺と同じようにして空を見上げている。


 ┈┈帰る場所。

 沙那の隣だけが帰る場所だと思っていた。

 その沙那を奪われ、美桜には拒絶され、彩花は俺を選ばなかった。爾来渇望し、探し求めた。雨露を凌げる場所すら見つからなかった。いや、贅言は要らないな。

 自分の物語を他者に幕引きを託す程、徒爾なものはない。


「明日が来て、明日が去り、また明日が来て、時はゆっくりとした調子で、この世界の最後の日に辿り着く。

 すべて昨日という日は、愚か者どもの、つまらぬ死の道程を照らしてきたのだ。

 消えろ、消えるんだ、儚い灯火

 人間の一生など歩いている影にすぎぬ、惨めな役者だ。

 舞台で大げさに騒いでも、劇が終われば消えてしまう。

 間抜けの唱える物語だ」


 少女は独白に白白とした眼を向ける。


「マクベスの一節ね。何をかいわんや。貴方は舞台に登れない。その為に与えられたワタシの役は門番。無感動アパシー? ちょっとは思惟を巡らせなさいな。言辞を弄した所で得られる物は何もないのだから。所詮、貴方は虚像でしかない。そうね。テレクラで延々とフッキングして、ただただ時間を浪費してる役なら与えてあげてもよくてよ」


 少女は舞う。愉しくて愉しくて堪らないという風に。スカートは翻り、裾に装飾されたスパンコールがナイフで削ぎ落とした雲の切れ間から降りる天使の梯子と相まって、瞬くように煌めいた。

 そんな幻想的な空間は、可惜幕を切る。無粋な音によって。


 ジジッ。ジジッ。

 ホワイトノイズの音がする。

 本の頁をめくるように、視界が暗転する。


 音の無い部屋。


 先程までの時間が嘘だったように、いつもの場所に戻される。

 慟哭にも似た響鳴が、部屋を揺らした。


 ジジッ。ジジッ。

 次から次へと現れる画面。

 その中のひとつに、ブラとショーツだけの扇情的な姿の美少女が男に組み敷かれている場面があった。恋人同士の営み。行為だけを抜き取れば、誰もがそう思うだろう。

 だが、暗澹たる心を映すかのように、彼女の表情は絶望そのものだった。


 彼女の名前は柚木 美桜。


 彼女にのしかかっている男は┈┈┈




「……いつまで続ける? キミのやってる事は完結した物語の続きを探しているだけ。そんなものは何処にも無い。

 牢獄に幽閉した感情が、幾ら泣こうが叫ぼうが、もう俺に流れる涙はない。エンドクレジットが流れるのは時間の問題だ。それにアパシーの存在は裕也という人間の敵ではない。寧ろ、救済だと言っていい。何故、産まれたのかはキミだって理解しているだろう?」


 少女は真っ暗な瞳で俺を視る。


「まるで学者気取りね。彼らはいつも出来ない言い訳ばかりを通暁して、出来る方法を模索しようともしない。いつの時代も歴史に名を冠する者たちは、既存の常識を常に疑い、そこから模索してきた。単に常識破りな白痴との違いは明白。

 それから、自分だけの世界で完結した物語を一体、誰が読むと言うのかしらね?

 物語は、他者の世界と自分の世界を繋ぐ案内人になるべきものよ。他者の世界と断絶した冷笑家の物語なんて、誰にも読まれはしない 」


 ♢♢♢♢


 彼は再び眠りにつく。

 日に月に、落とした影は燎原の火が如し、彼を染めていた。仄暗い海の底に沈んだ澱のような痕跡がかろうじて、彼を彼として留めている。

 憾むらくは、もう時間が残されていない。


「マクベスの一節を借りるなら

 乳を飲ませ、育てたあげた赤子。何て可愛らしい赤子。けれど、殺してみせましょう。一度やると決めたのなら。

 ってところかしら。すでに種は蒔かれた。さあ、眼を見開け。耳朶を開けろ。鞘を払え。また、こういう事を言うと俎上に乗せられるのかしら? 実に益体ない。自身の価値を押し付けるだけの批評は済度し難い。それを努努忘れるな。何度でも繰り返す。この言葉は、たった一人に届けばいい」



 

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


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 次話は主題二です。



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