第2話 追憶の夜曲

 *追憶

 しばしば都合良く改竄される過ぎた事象。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 私には幼馴染がいる。

 彼は母子家庭で、お母さんが日中勤めに出ていたから私の家によく預けられていた。

 だから、幼い頃から私達は家族同然の付き合いだった。彼は大人しい性格で、とても優しい男の子。私はどちらかというと勝ち気な性格で、彼を振り回していた女の子。

 いつから、彼に恋をしていたかはもう分からない。恋なんて突然、訪れて浮かされるものでしょう?

 恋を自覚した私は頑張った。それはもう頑張った。大事な事だから二回ry。

 中学一年の時に私と彼はめでたく幼馴染から恋人へと昇格。

 それは良かったんだけど┈┈




「彼氏が居るってんのに告白してくるってどうなのよ」


 私は中学に入り、何回目になろうかという告白を受け、いつも通りに断った。

 おもいっきり顔を顰めていたからか、隣に居るユウは苦笑を浮かべた。


「釣り合いが取れてないって思ってるんだろ」

「そこよ。何を以て、釣り合いが取れてるか他人に決めつける権利があるってのよ。ふざけんじゃないわよ。私が好きになるのも選ぶのも私の勝手じゃない。あー思い出したら腹立ってきた」



 バスケ部のエースだか何だかの先輩が、キメ顔で「キミにふさわしいのはアイツじゃなくて、この俺だよ」とか殺意が湧いた。


「彼氏が居るのに告ってくるとか良識無さ過ぎ。やっぱり彼氏好き好きアピールが足りないのかしら」


 私は抱いてたユウの腕を更に、抱きしめる。私の胸はまだまだ成長中だから、ユウは楽しみなはず。うん。

 そう思ってユウを見上げたら、顔を赤くしてたから心の中でガッツポーズした。


「アピール云々の問題じゃないと思うけど?」


 隣を歩く小学校からの親友、夏目 結衣が呆れを含んだ声で言った。


「俺もそう思うぜ。裕也もイケメンなんだけど、気弱に見えるのがなあ。もっと男らしくガンガン行こうぜ」


 結衣と双子である夏目 海衣が肩を竦める。海衣が兄で結衣が妹の一卵生双生児の為か二人とも顔が似ていて、おまけに容姿端麗。性格も悪くないので、二人ともに人気があるのも頷ける話だ。

 ただ、私には自覚はないが、この奇跡の双子と称される二人より目立つ容姿をしているようで兎に角、昔から周囲が騒がしい。正直、ユウが居ればそれだけでいいのに、ほっておいてくれない周りが鬱陶しくて仕方無い。そして、ユウの評価が低い事にも腹が立って仕方無い。どいつもこいつも節穴の目しか持ってない。だから、海衣にも言ってやる。


「強引さを男らしさと勘違いしてる奴には、一生私の視界に入る事はないわね」



 結衣と海衣に別れを告げ、私達は歩く。

 抱きしめた腕は勿論、離していない。そうして家の近くまで来た時に、見慣れない車が停まってる事に気づいた。

 黒塗りで高そうな車は、不吉の象徴のように思えて何故だか、胸騒ぎが止まらなかった。

 そんな車が、ユウの家の前に停まっている。しかも、ユウのお母さんが玄関先で立っている。


「お帰りなさい。ユウ、沙那ちゃん」


「母さん、起きてて大丈夫なの?」


 ユウが慌てて、おばさんに駆け寄る。

 おばさんは、ここ暫く体調悪く、伏せる事が多かったのだ。


「おばさん、身体は大丈夫なの?」


「ありがとう、沙那ちゃん。心配かけてごめんね」


 逢魔が時にあって、おばさんに影が落ちてるもんだから表情が見えなかったけど、声質に疲れが滲んでいた。


「それで、悪いんだけどユウを連れて行きたい場所があるから今日はお開きにしてもらっていいかな?」


「分かりました。じゃあ、ユウ。また明日ね」


 私が首肯すると、おばさんは戸惑うユウの手を引き、黒塗りの車に乗り込んだ。

 その際に、奥に座った壮年の男性の姿が見えた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 僕には彼女の隣に居る資格はないのではないか?

 これは、自虐ではない。幼馴染という希少な関係から、奇跡的にも両想いであった事から一歩踏み出して恋人という肩書きに収まったけど、周囲は認めてくれない。いや、認めてもらう必要はないのは分かっている。

 彼女は誰もが認める容姿端麗さで、中学に上がって、第二次性徴期に入り、ますます美貌に磨きがかかった。そんな彼女の隣に居る奴が冴えない男であったら、やっかみや誹謗は凄いものだ。 直接にせよ間接にせよ毎日のように言われるのだ。たまったもんじゃない。

 こんな状況で誰が自信を持てるというのか。


 かろうじて僕が踏ん張れているのは、彼女がいつも好意を言葉にしてくれるからだ。

 でも、それでも僕は考えてしまう。


 彼女には、僕よりもふさわしい奴が居るんじゃないか、と。



 悪意というのは狡猾で厄介なものだ。

 誰に気づかれぬように、用意周到に、影に潜み、機微を伺っている。間もなく、僕はそれを知る事になる。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ユウのお母さんが亡くなった。

 いつものように学校から帰ったら、亡くなっていたのだ。死因は病気で、おばさんはユウにすら隠していたのだ。だから、近しい私達ですら知らなかった。

 ユウの落ち込みようは酷いものだった。病気の事に気づけなかった事もあるが、ユウとおばさんは最近、口論が絶えずに続き、仲直りも出来ずに死別したのが一番の要因だと思う。

 私は喧嘩の原因は知らない。ただ、あの黒塗りの車が関係しているのは間違いない。

 二人が諍い始めたのが、その日からだからだ。あの優しく、おばさんを大事に思ってたユウが怒るぐらいだもの、余程の事情があるはず。何時か私にも話してくれる。余りに長く諍いが、続くようなら聞こう、と思ってた。それは間違いだった、と今なら分かる。早くに聞いておけば、絶対にユウを一人にしなかったのに。


 ユウは学校に行かなくなった。

 家に閉じこもりがちになった。

 お母さんが倒れた姿をフラッシュバックするようになり怯え、震えていた。

 日毎にやつれ、私に縋って泣く。

 私がユウを見捨てる事はない。私の親も一緒に暮らそう、と言ってくれている。


 そんな日々も一ヶ月とすれば、微かなものであったがユウの目に力が戻ってきたのだ。

 だからかな、私自身に自覚はなかったけど張り詰めていた気が、ふっと緩んだのは。

 結衣の誘いに乗ったのは。



 何故か、駅前で待ち合わせに来たのは、海衣だった。結衣は先に行って待ってるという。

 その店は近辺では人気のあるお洒落なレストラン。予約しているという。前から、その店に興味のあった私は少しだけ浮かれた。


 店に着くと、結衣と親しい友達が居て、口々に「おめでとう」と言ってくれた。


 そうだ。忘れていたけど、今日は私の誕生日だったのだ。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 頭が痛い。

 目眩がする。

 吐き気がする。

 これでも随分とマシになった方だ。


 僕は沙那の誕生日プレゼントを買いに街へと来ていた。久々の外は病んだ自分には厳しいものだったが、いつも支えてくれる沙那のプレゼントは疎かにはしたくなかったのだ。

 手頃なアクセサリーを選び、帰ろうとするとスマホがメール受信を知らせた。


 指定された場所はそこから遠くない場所だったから、余り気は進まなかったが行ってみる事にした。それが間違いだった。



 沙那が海衣と腕を組んで歩いている。

 二人は楽しそうに、沙那が「何時か行きたい」と言っていた人気店に入って行った。




 逃げるように家に帰り、嘔吐する。

 頭痛が止まらない。痛い痛い痛い。

 チカチカと頭の中で光が点滅を繰り返す。

 身体を支えきれなくなり、床をのたうち回る。

 胸が苦しい。喉の奥でひゅうと鳴る。


 ジジッ。ジジッ。


 何処かでホワイトノイズが聞こえる。

 ブラクラを踏んだみたいに、記憶がフラッシュバックする。


 母さんと喧嘩した。

 母さんが冷たくなって倒れていた。

 もう…永遠に、ごめんねって言えない。


 沙那。とても大好きな幼馴染。

 沙那。沙那。沙那。沙那。沙那┈┈。


 あああああああああああああ!!!


 苦痛に耐えかねて絶叫する。

 視界が歪む。急速に色彩を失っていく。

 足元が崩れ、真っ暗闇が侵蝕してくる。

 遠いようで近い、誰かの笑い声がした。



 力ない目で天井を見上げる。

 それから自嘲気味に笑ってみる。

 さっきの光景が脳裏に浮かんだ。

 腕を組んで楽しそうに歩く二人。

 しっくりと、歯車が噛み合うように。


「……お似合いだったな」


 ジジッ。ジジッ。


 また、ホワイトノイズが鳴った。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 遅くなってしまった。

 夕方までには帰るつもりだったのに、サプライズパーティをしてくれた友達にそんな事は言えず。店の料理も噂に違えず、美味しいものだったし、何より友達の気遣いが嬉しかった。ユウがこの場に居ない事だけが、残念でならない。


 家に帰る前にユウの家に寄る事にした。

 合い鍵を開けて入る。玄関で、彼の名を呼びかけても返事はない。

 家の中は暗く、物音もしない。私は嫌な予感がした。


「ユウ!」


 すぐさま、家の中に入り部屋の中を探し見回ったが、彼は、何処にも居なかった。


 ただ、壊れたスマホと砕けたアクセサリーだけが残されていた。




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