序奏[壊した彼女達]
第1話 傍観者は語りけり
*傍観者
何ら責任逃れする事に長けた姿。
一説では神の所業を現すとかなんとか。
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ホームに滑り込んだ鈍色の電車が、薄い水色のシャツに赤銅色のネクタイにリボン、グレーのズボンにスカートを排出する。
統一された制服を着た群れは、規則正しい流れで出口へと。
やや古めかしく情緒すら感じさせる駅から数十分歩くと、彼、彼女らの目的地である学校がある。
私立 西条学園。
自由な校風をモットーとしながらも、偏差値レベルは高いという対極さを併せ持ち、エスカレーター式に大学まで進学可能という。近辺では人気のある学校だ。歴史は古いが近年、建て替えをして真新しい校舎になった事も人気に拍車をかける要因のひとつとも言えた。
入学式が終わり、一ヶ月が過ぎたGW明けの今日。入学して間もない時には無かったグループでの登校や、数人で登校する姿がチラホラあるのは学校生活が上手くいってる証左であろう。
ぼっち登校が悪い訳ではない。ただ、負けたような卑屈さを感じてしまうのは陰キャの性質かもしれない。
僕は前を行く、道幅一杯に広がる一際賑やかな集団を見る。
すでに学年一と名高い女子を中心として、わいわいと大きな声で騒いでいる。
朝から陽の者共は元気だなあ。こちとら、ネトゲのやり過ぎで寝不足だ。
ふわぁ〜あ。と、欠伸が出る。
まあ、それはそれとして朝からご尊顔を拝見出来て眼福眼福。今日は善き日になりそうだ。
僕の位置からは横顔しか窺えないが、学年一と名高い美少女は、どの角度から見ても美少女だった。流れるような艶かな黒髪は陽光に照らされ、凛とした眼差しはやや勝ち気さを映す。窮屈そうに制服を押し上げる双丘の存在感は歩を進める度に揺れて、デュフフ。薄い桃色の唇が時折、弧を描くのは独占欲を唆るには充分過ぎて、彼女が歩いた後には屍が累々と転がっているとも揶揄されるぐらいだった。
彼女の名前は相川 沙那。
僕とは同じクラスメイト。ただそれだけだ。
片や学年一の美少女。トップカースト。
片や存在感皆無の陰キャぼっち。特技は忍び足。気づいたらそこに居るので、忍者と命名された事もある。
陽の者共は朝から良く喋るよなあ。
聞き耳をたてずとも、声がでかいので話の内容は聞こえてくる。休みに何処行ったとか、カラオケとかゲーセンとか遊びの内容が大半である。それに乗じて、蜜に群がる蟻の如き、相川さんを遊びに誘おうとしては、相川さんと隣に並んだ美少女、夏目 結衣に明確に拒否されていた。
この夏目 結衣も学年ランキング上位にランキングされている美少女だ。噂では何処ぞの令嬢であるらしい。そう聞けば気品のある振る舞いは得心のいくものであるが、毒舌家で僕は苦手だ。
余談だが、双子の海衣は学年イケメンランキングのトップだと言っておく。
それはそれとして。
ぷーくすくす。断られてやんの、ざまぁ。
と、溜飲を下げてたらさっきまで遠くに聞こえてたバイクと思わしき排気音が、近づいてくるのに気づいた。
それは前を行く集団も同様だったのだろう。振り向いた僕の視界に入ってきたのは、真っ黒な弾丸、猛スピードで迫ってくる黒いバイク。
短い悲鳴を発し、反射的に脇へと身体が逃げる。
風きり音ともに風圧が、僕の髪を浮かせた。
次いで、陽キャ集団はというと僕と同じように悲鳴を上げながら、モーゼの海割りの様に分断されバイクは減速する事なく間を走り抜けて行った。
暫く誰もが無言で、走り去るバイクを見ていたが、陽キャ共は立ち直りも早いらしく口々に「ヤバかった」「卍」「ヤバたん」「ウチの制服着てたよな」「マヂ? 誰」
確かにウチの制服っぽかったけど、前提としてバイク通学ありだったかな、と僕は気を取り直して歩き出す。
学校に着き、自分のクラスに向かう。
僕は後ろ側、つまり教壇がある扉側でない方から教室に入る。陰キャな僕は人目に晒されてはいけないのだ。スキル 忍び足を発動して誰にも声を掛けず窓側の自席へと移動する。
すでに教室に居た数人の陽キャが、俄に騒がしくなる。我らのアイドル、女神様が降臨なさったようだ。登校中も見たが、やはり華が咲くように笑顔で「おはよう」と耳朶にスっと入る声は心地よい。無論、僕に向けての挨拶ではないので勘違いはしない。
彼女と僕は単なるクラスメイト。これからも、それ以上の接点はない。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
HRが始まる。
教壇に立つのは、去年新卒採用されたばかりの担任、檜垣 真由美。現役高校生といっても通じそうな幼さを残す美人の先生だ。
陽キャ共からは真由美ちゃんと呼ばれている。僕も心の中ではそう呼んでいる。てへぺろ。
「今日は皆さんに紹介したい人が居ます」
真由美ちゃんの一言にクラスメイト達がざわつく。
「はい、静かに。ちょっと事情があって一ヶ月遅れの新入生です。入ってちょうだい」
引き戸が開かれ、姿を見せたのは一人の男。
赤茶けた髪に、細身の体躯は上に高く、黒縁眼鏡をかけている。普通というには雰囲気があり、イケメンというには眼鏡が邪魔している、そんな印象だ。
まあ、でも女子受けはしそうな感じだなって周囲を見てみると何人かの女子は上気した顔をしているし、男子は値踏みするかのような視線を送っていた。
「じゃあ、自己紹介をしてくれるかな」
「僕の名前は八坂 裕也です。先程、先生が言った通り、まあ色々あって一ヶ月遅れで入学になりました。皆さんは先輩になりますので、分からないとこは教えて貰えたら助かります。宜しくお願いします」
そう言って、彼は軽く頭を下げた。
クラスメイトからは宜しくって声と拍手が飛ぶ。差し障りのない挨拶は上々で、良かったんじゃないかな。少なくとも「声が小さくて聞こえないんだけど」と洗礼を受けた僕よりは。ぐすん。
その時、ガタンと音がした。
見れば相川さんが立ち上がっている。
様子がおかしく、紅潮した顔で心なしか身体が震えているように見えた。
「どうしたの? 相川さん」
真由美ちゃんが怪訝な顔で問う。そこで、相川さんは注目を浴びている事に気づいたのか、軽く首を横に振り席にそのまま着いた。
皆は突然、立ち上がった相川さんに気を取られて気づいて無かっただろう。
彼は相川さんを見て、露骨に顔を顰めたかと思うと「(・д・)チッ!」と舌打ちした事を。
これは壊れた彼の物語だ。
僕は傍観者。関わりのない観客。
これが悲劇になるのか、喜劇になるのか。
これより、戯曲の幕が上がる。
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