中編

「とりあえず明日また来ます。今日はこの一冊だけ借りますね」


 と言ってそのまま家に帰ってきた。


 古本屋さんを営業してるって事は

 商売だしおばぁちゃんも本を人にあげてばっかり

 だとせっかく新しく出来た古本屋さんなのに潰れちゃうから。


 明日また行ってお礼の品でも渡そうと思ったのだ。


「お母さん!ただいま戻りました!!」


「え?今なんかゆぅ〜た?言った?


「た・だ・い・ま!!」


「ぇえ?こっち来てからゆぅ〜てこっちきてから言って


「はぁ……耳遠なったな。今年で63歳やし、

 歳いったなぁ〜!!」


 私は少し腹が立ってしまって聞こえないからという理由で大声で叫んだ。


「まだまだ、あたしは若いで!!!」


聞こえてるやんきこえてるじゃん!!」


「ぇえ!?なんて?」


 聞こえてるクセに……

 顔見せて欲しいんかなお母さんは。

 ツンデレ女やな。


 私は木製の歩く度にギシギシ音が出る廊下を歩いて行って母がいるリビングへ向かった。


「ただいま戻りました」


「おかえりなさい。なにこうてきたん買ってきたの?」


「この前、綺麗なアサガオいっぱい咲いてた空き地あるやんか、そこに古本屋さんできてて本借りてきてん」


「ふーん今日あたしも散歩ついでに行ってみよっかな」


 最近ずっと新しい散歩コースを開拓しているお母さんは、興味津々に目を光らせながらこちらを見た。


「お母さんこの本知ってる?『乙女心は雨模様』ってやつ」


「誰が書いたのん?」


「大谷茂さんやって」


「へーあの人か。昔、大正くらいやったかな……

 この辺りに住んでて小説書いてはった人。あたしのおばぁちゃんの友達やったらしいで」


 お母さんはズズっとお茶をすするとため息を吐くように言った。


「その本読み終わったら貸してな。約束やで。」


 その時のお母さんは何かを思い出したように

 淋しそうな目をしていた。


「散歩に行ってきます。」


「はい、行ってらっしゃい。」


 私はお母さんが去って行くのをリビングの椅子に座りながら見届けると


 早速『乙女心は雨模様』を読むことにした。


 ペラペラとページをめくっていき、

 お気に入りのフレーズがあると左端をちょっとだけ折った。私の癖なのだ。


 読み直して何時間経っただろうか、

 私は物足りなくて何回も何回も初めのページから読み直してはまた、同じ所をループしている。


「おかしいなぁ……こんな所で終わるはずがない」


『小雪が胸に沁みる。冬になり真っ白なはずの裏庭は紅色に染って見えた、キヨお前はど………』


 いい所で終わってしまった……。


 許嫁がいた小雪キヨさんと松永義雄くんの親を押し切ってまで駆け落ちした純粋な愛に生きた二人の物語。


 駆け落ちして住んだ東京府にある小さい家の裏庭が真っ赤に染ってキヨが居なくなるの?


 ねぇ結末はどうなるの!!!!!!


 その時家のドアが開く音がした。


「ただいま!帰ってきたわよ玲香!!」


「おかえりなさい!お母さん!!」


 リビングの方に早歩きで向かってくる急ぐような

 お母さんの足音が聞こえてる。


「玲香!古本屋さんって何処にあるの?お母さん全然たどり着けなかったんやけど……」


 あの場所に行ったはずなのに、どうして?と私に視線で訊ねてくる。


 おそらくお母さんは古本屋さんの場所に行った。

 なぜならそんな驚いた表情をしたお母さんを見た事がないからだ。


「とりあえず息切れしてるからお母さん、また明日

 の朝一緒に散歩行こう」


「わかった……それで『乙女心は雨模様』読んだの?」


「うん、でも続きが……」


「続きが書かれてないんでしょ」


 お母さんは私が言おうとした事を遮って見事に当てた。


「どうして知ってるの?」


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