第2話 宵宮

二 宵宮


八年前、四十年ぶりに小学校の同窓会で再会した俺と雪乃。その当時の俺にはまだ辛うじて家庭があり、仕事は順調で遊びの方はもっとお盛んな不良中年で御座いました。

雪乃は二度の離婚で五人の母親。まだ一人手のかかる子供が居て朝から晩まで働いて、母子家庭を支えていた。

再会始めのころは年に一、二度娘連れで一緒にお神輿担ぐ程度の交流だった。

年々会う回数も増えてはきたが、まだまだ雪乃も母子家庭を支える身。中々会う機会にも恵まれず三年の月日が過ぎた。

俺もその頃、息子が二人とも大学を卒業して就職したのを機に女房から離婚を切出され、独身中年男子となっていた。


そんな時の鳥越祭りの土曜日、俺の実家の一階事務所が昔から担ぎ仲間の詰め所になっている。宵宮(夜出立するお神輿)を担ぐ仲間や後輩達に雪乃の娘家族、勿論雪乃も集まっていた。宵宮の時間になり皆は神輿を担ぎに出て行ったが、仕事帰りで急いで来た雪乃が『道ちゃん少し吞んでていい?』って言ってきた。

ちょいと仕事疲れのご様子だった。

この歳になっても毎年神輿前で喧嘩をしちゃう俺は自粛の意味で今年の宵宮は担ぐ気が無く「いいよ!俺も付き合うから」と一緒にグラスを傾けた。

暫くは仕事の話や近況について話していたが雪乃の野郎がポツリポツリと昔話を始めやがった。勿論俺との想い出話。

『あたしと道ちゃんて不思議な関係だよね』

『四十年も別々の人生送って来たのに何の違和感も無くこうして逢えてるし。何度裏切られても許しちゃうし』

「おいおい!何度もって、一度きりだろ!」

「そん時だってソレが原因でお前に振られたろ!」

『だってあたしと初めてした後、直ぐに他の女のとこ行ったじゃない!』

俺と雪乃は幼馴染で十四の歳に初めて同士で結ばれた。

「だからそれはお前の勘違いだよ!そもそも初めての時は一ノ宮の件があってお前に振られた後で、付き合っていなかったんだぞ!」

『そぉ~だったっけ?』

「そぉ~なの!」

「意外と人の記憶って間違ってるんだよ。嫌な記憶があると消しちまったりとか、塗り替えちまうとかって不思議なんだよ」

『あたしずぅ~と勘違いしてた』

『でも一回は裏切ったよね!』

「だからそれは連絡取れなくなって、、、分かった!俺が悪かった!でももう時効だろ!」


『あたしにとって一番大事な素敵な想い出』

『あんたが初めてでホントに良かった』

唐突に瞳を潤ませた雪乃が言い出した、、、

外から聞こえる神輿を担ぐ担ぎ手の掛け声と神酒所から流れるお囃子のBGM、町中祭り一色の雰囲気にちょっとセンチになっていたのかもしれやせん。

『道ちゃん!あんたがモテなくなって誰にも相手にされなくなったら、あたしがあんたの面倒みてあげるから!』

「どうした突然に?」

『何となく言ってみただけ』

「あいも変わらず素直じゃないねえ」

『あんただけには言われたくない!』

「やっぱり神輿担ごうかな?」

何だか雪乃の“あんたの面倒、、、”を聞いた俺は無性に神輿が担ぎたくなった。

『早く支度してきなさいよ!』

『あんたの祭り姿は誰よりも粋で恰好が良いんだから!ほら、早く早く』


ちょいと視線を外しておいらも呟いた。

「雪乃!俺もお前が初めてでホントに良かった」


『ちゃんと顔見て言いなさいよ!』

女も五十過ぎるとかなり強くなりやす。


支度を済ませた俺は雪乃と二人、皆の集まっている神輿場へ向かった。

実家を出て思い出の小学校を過ぎた時、雪乃の野郎が手を繋いできやがった。


四十年前の鳥越祭りの時もこうしてこの道を二人で手え繋いで歩いたっけなあ、、、

握った手には明らかに時の流れが感じられた

“お互い知らず知らずに歳だけ喰っちまいやがった”とい独りごちしながらもしっかりと雪乃の手を握り締めた。


“きっと爺さんと婆さんになってもこうして手え繋いで歩いているんだろうなあ”


ふとそんな事が頭をよぎりやがった。


俺らが通ったまんまの小学校とちょいとサッパリしちまった公園を横目で眺めていると、遠い記憶のやんちゃだった自分とランドセル背負って元気に走り回っている雪乃の姿が瞼の奥に蘇ってきた。

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