第57話 ナズナとエリカ

 「ごめんね。ナズナちゃん。」

エリカ叔母ちゃんはそう言って話を切り出した。

「どうしたの?」とわたしは尋ねる。

「これからね。あまり来れなくなるかもしれないの。」

「どうして?」

「ちょっと遠くにお出かけすることになってね。ごめんね。」

叔母ちゃんはわたしの頰に触れる。

「うん。いいよ。ナズナは大丈夫だよ。」

わたしはそう応えるしかなかった。

「お父さん遅いね。」

叔母ちゃんは時計を見る。20時をまわっている。

「もうすぐ帰ると思うよ。8時頃になるって言ってた。」


 エリカ叔母ちゃんは仕事が休みの時にはわたしを連れ出してくれた。夏休みはもう終わる。宿題はとっくに済ませた。夏休みの間、一人では外に出ずに窓から外を眺めていた。街並みの向こうに山が見える。お昼のテレビはつまらないので、本を読んでいることが多かった。父は「どこにも連れていけなくてごめんな。」とわたしの頭を撫でる。父の休みには一緒に散歩や買い物に出かけることはあった。母がいなくなって1年以上経つのに母がまだ傍にいる気がして、アパートに一人で居る時もそれほど寂しくはなかった。


 階段を昇ってくる足音。父が帰ったことがわかる。ホッとする。毎日この足音を聞くとホッとする。ガチャッとドアが開く。

「遅くなったね。ただいま。」

「おかえりなさい。」わたしと叔母ちゃんとで出迎える。

「お父さん。今日ね、歯が抜けた。」わたしがそう言うと父は口の中を覗く。歯が抜けたわたしの顔を見て「かわいくなったな。」と笑う。

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