第56話 居場所

 死はわたしにとって恐怖の対象でしかなかったが、母の死以降、向き合わなければならないものになった。父とふたりの生活には徐々に慣れてきてはいたが、母が居ないと言う事実がふとした日常の中で思い知らされ、その都度、寂しい気持ちになる。けれども母がまだ傍にいるような気がしてならなかった。母の死をまだ受け入れていないのだろうなどと自己分析していた。エリカ叔母ちゃんは父とわたしを気遣って、時々食べるものを作って立ち寄ってくれていた。母の唯一の身寄り。母は子供の頃、両親を失くしエリカ叔母ちゃんとふたりで随分苦労したという話は聞いたことがあった。父の帰りが遅い時はアパートに来て一緒に居てくれた。

 

「エリカ叔母ちゃんは何才?」

「29才。もうすぐ30才。もうおばさんね。」

「まだ大丈夫だよ。」

その言葉に叔母ちゃんは苦笑いし「ありがとう。」と言う。

「寂しくない?」わたしは尋ねる。

「寂しいよ。がんばろうね。」

叔母ちゃんも寂しいんだと思うとなぜだか安心した。共有できる人が居ると思うと少し強くなれた気がした。

「うん。がんばる。」とわたしは応えた。


 小学校ではひとりで居ることがほとんどだった。わたしから人を遠ざけていたのかもしれない。誰かと話をする時に言葉を考えることが苦痛になっていた。発した言葉は戻せなかった。言葉に傷付くこともあった。発した相手は気付いていないかもしれない。わたしが発した言葉で誰かを傷付けているかもしれない。そう考えると辛くなった。人との会話の予行演習をして、ようやく会話する。それにも疲れてきた。誰かと話をすることは控えようと考えた。休み時間は図書室に行くことが多くなる。本はいろんな世界や人生を見せてくれる。言葉が嫌いで言葉が好きだった。いつもランドセルに借りた本を数冊入れていた。

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