崩壊と構築の章

第45話 崩壊

 目隠しされ、手足は拘束され、口を塞がれ、箱に入れられる。耳からの情報も入ってこない、その状態のまま放置される。その恐怖に似てはいるが、そんな表現さえ陳腐なものになる。この闇の中は制限はないが、闇が限りない、恐ろしいほどに限りない。無限という言葉に恐怖を感じることはなかったが、それは人間の想像の域を越えないものだったからであろう。無限がなんたるかを人は知らない。認識できないものに人は恐怖する。

 ナズナはそこにいた。闇の中に。最初は手探りで動く、なにも手に触れるものはない、ここには心地よさは微塵もない。

『 レイ 』

ナズナはレイの名を呼んだ。返事は当然ない。発したはずの音もせず。声帯の振動も空間の振動もない。人の形をしていることはわかる。なにかを感じたいと欲している感覚も残る。なにかの上に立っているはずだが足の裏の感覚もない。頭が上で足が下のはずだが、それさえあやしく思えてくる。この闇の中で恐怖を思考する。思考し続ける。止まらない思考。

『考えるのを止めよう。』

ナズナはそう思うが、ここでは思考する以外やることはない。

『しりとりをしよう。』

一人でしりとりするが、静止した時には勝てず。油断すると恐怖が入り込んでくる。

『なんなのここ。』

ナズナはもう一度辺りを見渡す。あるのは闇と入り込んでくる恐怖。

 

 『少しでも光があれば。』と願う。完全な闇ではなんの欲求も満たされなかった。衰弱も疲れもない。眠りも許されない。やがて、自我の崩壊。ナズナの崩壊。人の世ですりこまれたものの崩壊。善でも悪でもなく、ただの石ころのようになる。そして、それも砕かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る