第39話 接触

 倫弥は、倫弥であったものは、他の意識との接触を欲する。そこに現れる別の意識。まだこの世に生がありここに居るのは稀である。死を経過していない場合、それに選択を迫られる。『行く』か『戻る』か。『行く』を選択する。死を経過した場合、選択肢があるかはわからない。この選択で生と死が決まる。生きている場合であるが。『戻る』の選択もできただろう。『戻る』を選択したらここまで。文字通り『戻る』。ここへ来る前の生に。


 『行く』の先。すべてが見透かされる世界。その行いも、心持ちも、他の感覚も、すべてが自分の意識と他の意識に入り込む世界、くくりで言えば一つ。だが、いくつかのくくりに分けられる。交わらないものもいる。居心地が良ければいつまでいてもいい。人に与えた感情も痛みも喜びも苦しみも、ここですべて引き受けなければならない。すべて自らの行いによるもの。このことを地獄と感じるものもいるだろう。恥ずかしいと感じるものもいる。恥ずかしいと感じるならまだ救いがある。ここでは交わることができるもの同士が交わる。個を保った集合体。ここでは自由に構築できる。


 倫弥は、かつて、ここまでエリカを連れ戻しにきた。黄泉の国の境界でエリカを見つけ、エリカの手を引き、連れ戻そうと。そんなものは、そんなところは無かった。自我の崩壊と再構築の後に辿りついた所では、エリカの欠片さえ見つけられず。目的を果たせていない魂は、また、終わらせていない生を辿ることを求められ、求めた。記憶喪失の魂は、記憶を取り戻し、また、記憶喪失になる。わかったのはここにエリカはいないこと。会えるのは倫弥の知るエリカだけ、記憶の、記録の中のエリカ。その先のエリカに会えるのは、倫弥がこの生を終わらせた後のこと。そのことは変わらなかった。淡い期待はあったが、変わらなかった。

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