第9話 見送る

「兄さんありがとう。またお邪魔するわ。」

「ああいつでもいいよ。沙絵も頼むよ。」

「わかってる。」

「ナズナちゃんもレイもまた来てよ。」

口元は笑って目はやさしい。倫弥は三人を見送る。

「さあ帰ろ、遅くまでごめんね。」

沙絵が先頭になり階段を降り、建物の脇に停めた車に乗り込む。

「家まで送るね。」


 夜をヘッドライトが照らし、街灯の光も呑み込む。

「ナズナちゃん。」紗絵はミラー越しに話しかける。

「はい。」

「不安にさせちゃったね。」

「いいえ。ホッとしてます。」

「そうか。よかった。話さなきゃならない事あるんだけど。また今度ね。たいしたことじゃないから。」

街の光と夜が溶けあい、薄ら明るい光になる。

「今日の話だけでも、消化できないよね。兄さんの言うように普段どおりでいいから。うん、いつもと変わらない。大丈夫。大丈夫だから。」

「ナズナ。わたしもナズナが怖くないように、寂しくないようにするからね。」

レイがやっと喋りだした。

「教えるの遅くなってゴメンね。なんですぐ言わなかったんだろ。こんな大事なことなのに、本当にゴメンね。」

「いいの。わたしがボンヤリしてるからなの。大丈夫。レイは何も悪くないよ。こうやって今助けてくれてるじゃない。」


 細い道に入り車のスピードが落ちる。

「ここ曲がればよかったかな?」

「あっ、もうひとつ先です。」

「ここ左です。この辺でいいです。ありがとうございました。いろいろ。」

「やっぱりうちに泊まりに来なさい。着替え持って。ここで待ってるから。」

沙絵はハンドルを握ったまま考えているようだったが、言葉を切りだした。

「大丈夫です。やらなきゃならないことありますし。ありがとうございます。」

ナズナはリュックを背負いながらそう応えた。

「わかったわ。絶対大丈夫だからね。寂しくなったら電話しなさい。迎えに来るから、何時でもね。じゃあね、おやすみ。」

車は動かずに待っている。

「早くおうちに入りなさい。寒いから。」

「わかりました。レイ、また明日ね。おやすみ。」

レイは窓を開けて手を振る。車はナズナが家に入るのを見届けて走り出す。テールランプは細い路地を抜け、角を曲がる。家の中で聞こえるのは冷蔵庫の音。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る