第12話 王都を歩く

 ―朝。携帯の充電は切れていてアラームが鳴らなかった。それでも、身体は習慣化されていて時間通りに目が覚めたようだ。

 ふと、思い立って食堂に行ってみた。それは予感のようなものだ。はたして食堂では窓の外を眺めている女子の姿があった。

「おはよう」

 アラタがその後ろ姿に声をかけると、スズは振り返った。

「おはよう、身体は大丈夫なの?」

「おかげさまで。スズ、朝市って知ってるか?」

「朝市?」

「使用人のカイルさんから聞いたんだ。朝にやってる市場。だから朝市」

「そうなんだ」

「昔、召喚された勇者が味噌とか醤油とか伝えていったらしくて、それが朝市に売られているんだって」

「そうなんだ」

「今から行かない?」

「うん、いいよ」

 表情に乏しいスズであるが、ほんの少し笑みを浮かべていた。

 朝市を二人は並んで歩く。アラタは安静にしろと言われていたが、そこまで従順な人間でもなかった。活気があり、人々が店舗を見て回って、品定めをし、買い物していた。

「今日は味噌と醤油を買うの?」

 アラタの横を歩くスズは尋ねた。

「やっぱり味噌汁飲みたいだろ?」

「うん」

 それらは、簡単に手に入れる事が出来た。少し味見させてもらったが、日本と遜色ない味に感じた。

 スズは、どちらかというとポーッとしている女子で何を考えているか分からないと言われるタイプだ。人混みの中で、かなり歩きにくそうだった。流されていって、アラタと離れていってしまう。

 アラタはスズの手を掴んで引いた。ほどかれる事はなかった。スズは少しうつむいて、アラタを見ていた。久しぶりに女子の手を握った気がする。手はアラタのに比べて冷たいので冷え性だな。などと、どうでもいい事を考えていた。

 アラタとスズは、出店で、パンに肉やら野菜やら詰めたサンドと、野菜ジュース、米に何かしらのスープをかけたものを購入して、ベンチに座って食べた。

 早起きは三文の得というが、早起きすれば美少女と飯が食えるなら、早起きも続けようというものだ。

「アラタは今日は一日中寝てるの?」

「せっかくだし、異世界の町並みを見てこようかな」

「でも……」

 スズは頭の包帯にそっと手を触れた。

「まぁ、大丈夫でしょ」

 そう言うとアラタは立ち上がる。

 宿舎に戻る時、アラタはスズの手を引く事はなかったが、スズはアラタの二の腕のあたりの服を掴んでついて行った。

 そのままスズは勇者の訓練に行き、アラタは朝市で買った品物を冷蔵庫にしまうと、再び宿舎を後にする。

 採取クエストで少し手持ちがあったので、道具屋に行く事にした。

 老舗の道具屋の赴きの店構えに足を止め、少しの間、外観を眺める。

「シブイな」

 アラタは感想をつぶやいた。

 中に入ると店の雰囲気にぴったりのおじさんが店長をしていた。

 商品のほとんどは何に使うか分からなかったが、アラタは目的の物があったので、それを聞いた。

「回復薬調合のスターターパックがほしいのだが」

「お前さんは新人の冒険者か?」

 支払いに出したギルドカードを見て店長が言った。

「そうだ。簡単な回復薬なら誰でも作れると本に書いてあったから来た」

「珍しいな。この国では本を読む者は多くないからな」

 それで図書館はガラガラだったのか。生活に追われて本を読む事はないらしい。情報は人づて。コミュニケーションで手に入れていく。とはいえそれで得られる情報など限られてくる。情弱な人々が多いという事なんだろう。だが、それでも生きていけるのは、人と人とが協力しあって生きているからだという。

「回復薬といっても、こいつは簡単に手に入る素材で出来る回復薬だから、効果はそこそこだ」

 袋の中に薬草やら何やら入っている物を出してきた。作る道具や説明書も入っている。

 まさに初心者調合セットといった内容だ。

「薬草はあまり入ってないから、もう少し買っていくといい」

「じゃあ、薬草と毒消し草を一袋ずつ追加してくれ」

「はいよ」

 勇者として、生活の面倒を国が見てくれている間に何でも試して、力を付けていく。

 そのつもりだから、アラタは時間を有効的に使っていくつもりだ。

 道具屋の向かいには武器屋があり、いずれはお世話になるだろう。こちらにも挨拶がてら店の中を物色させてもらった。何も買わないのも気まずいと思い、小型のナイフを購入した。店を出て目的もなく町を歩く。少しは異世界を観光したかったのだ。

 歩いていると、相変わらず頭痛がする。

 安静にと言われていたのに、言うことを聞かなかったからか。おそらくそうであろう。


 歩いている内にスラムの方に来た。スラムというと、犯罪者の温床みたいなイメージがあったが、実際は貧乏な町並みといった雰囲気だ。ただ石畳の道が土の道にはなっていて、あちこちにゴミが散乱していたのはご愛嬌。

 行く当てもなく進んでいると、「ちょい、そこの人」と声をかけられた。

 見るといかにも占いをしていますといった老婆の姿。

「何か?」

「見てしんぜよう」

 アラタは占いは信じないタイプだ。だが、この異世界ではこういったカルト的な事が力をもっている。魔法もその一つだ。バカには出来ないと思ったアラタは椅子に座った。老婆は水晶に手をかざして、何やらゴニョゴニョと唱える。すると水晶が光り出した。

「おぉ、これは……」

 アラタは思わず身を乗り出す。お主は実は天才的なうんたらかんたら、この世界では無敵みたいな発言を期待した。

 だが「平凡で、何て事のない男だな。自分の身の丈に合わぬものに振り回されて、身の破滅を招くタイプじゃな。せいぜい死なない程度に頑張るんじゃな」と歯に衣着せぬ占い結果であった。

 しっかり見料もとられた。


 陰鬱な気持ちで宿舎に戻った。占いを信じないとは言っても、悪いことを言われれば嫌なものだ。

 歩き通しでかなり疲れた。電車、バス、タクシーなどがない異世界は肉体的にハードだ。馬車が走っていたが、どうやったらあれに乗れるのかも分からなかった。貴族だけが乗るものなのかもしれない。

 足首の痛み、頭痛はまだ続いており、改善してる様子はなかった。むしろ足首に関しては歩き回っていたせいか、悪化していた。昼食は食欲がなく摂らなかった。

 そのまま自室で回復薬の調合をする。

 いい加減休まないといけないが、回復薬の調合だけは練習しておきたい。

 回復薬のセットには、元の世界ではお目にかかれない、何だか分からない素材が、幾つも入っていた。ただしこれらは回復薬の素材の中でも安い素材らしく、例えば【薬草ネズミのヒゲ】。これは薬草を食料に育てられたネズミだ。これの上位互換の素材は【ドラゴンのヒゲ】とか【ユニコーンのたてがみ】とかになる。入手難易度の高い素材を使えば、回復薬の効果も上がるという。こういった素材を細かく擦りつぶし、煮込んだり、魔力を注いだりして、回復薬を作る。ちなみに解毒薬も、似たような作り方なので、毒消し草も買って来た。

 こういう風に作業をしてると、ステータス画面に、新たなスキルの取得が表示されるのかと思ったが、何も出なかった。

 そうそう都合良くいかないのだろう。

 取得可能と表示される条件が、危機的状況なのか、必要性に応じてなのか。それともどんなスキルでも取れる訳でもないのか。

 その辺りは今後、調べていった方がいいだろう。

 あるかどうかは分からないが、【調合師】とか【錬金術師】のスキルは欲しい。

 取り敢えず出来た回復薬を飲んでみたが、苦くて飲みにくかった。足首と頭の痛みに効いたような、効かないような感じだ。

 道具屋の店長に説明されたとおり、効果はそこそこなんだろう。

 くたくたになって、ベッドに横になる。

 そのまま、眠ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る