第11話 模擬戦②

 話は闘技場でのクロエとの対決に戻る。

 アラタは訓練用のメットを見ていた。安全第一と書いてある。どう見ても日本で工事現場とかで使うヘルメットだ。

「クロエ、これは?」

「昔、召喚された勇者が身に着けてた物よ。軽くて丈夫だから、訓練用に使ってるのよ。いつもは宝物殿に保管してるけどね。勇者の訓練用に引っ張り出してきたのよ」

 こんな物を宝物殿に……そして、これを被って革の防具を着けたアラタとクロエは滅茶苦茶ダサかった。

 アラタは気を取り直して木剣を構える。

 クロエは「いつでも来ていいわよ」と木剣を手にしている。

 アラタはまず面を撃つ。それはあっさりとクロエにかわされてしまう。

 クロエは驚いた表情をする。(かなり鋭い太刀筋ね)―それがクロエのアラタの太刀筋に対する感想だ。これ程の太刀筋を持つ剣士はそうそういないと思った。

 そして、クロエは様子見で二連撃を放つ。何とか剣で受けてかわすアラタ。手が痺れる程の剛剣である。騎士団でも、クロエの相手になる者はいない。本来なら今ので終わっていたとも思う。

(騎士の中でも上位クラスの剣士ね)

 アラタをそう評価したクロエは更に鋭い突きを放つ。剣道と同じ技であり、慣れていたアラタはスキル【剣士】のおかげもあって、クロエの鋭い突きが見えた。

 アラタは剣を当ててその軌道を逸らし、そのまま面を放った。

(避けきれない!)

 カウンターの様に放たれた面を避けきれないと悟ったクロエは左腕でガードした。左腕に激痛が走る。ほんの少しの打ち合いでクロエは、アラタの剣士としての力を実感した。

(太刀筋は私と互角?!)

 その瞬間、クロエのスキル【鬼神】が発動する。クロエの頭の中から、情や手加減といった感情が箱に納められて鍵をかけられる。能力を二割増で使う為の代償でもある。このスキルはクロエの意思とは関係なくオートマチックに発動する。

 クロエの目付きの変化にアラタは気付いた。

 左腕を負傷したために右腕一本で突きを放つクロエ。先程とは段違いの驚異のスピードであったが、何とかかわす。左頬をかすったようで、頬が赤黒くなり血がにじむ。

 アラタは籠手からの面打ちを放ったがその瞬間、目の前からクロエが消えた。

 クロエは低く身体を回転させて、死角に入ったと同時にアラタの足首を撃つ。

 剣道ではあり得ない技だ。実戦を潜り抜けて来た剣士の技術を知ったアラタであったが、その代償は大きかった。

 そのまま掬われて倒れるアラタにクロエの剣がアラタの頭を狙って一閃する。

 だが、アラタの姿は既にそこになく、数メートル後ろに下がっていた。

 アラタの周りを風がまとわりついていた。

「風滑」

 間一髪、新たな風属性魔法を覚えた。風で、身体を移動させる魔法と言えば聞こえは良いが、身体を数メートル前後左右にスライドさせるだけの魔法だ。ステータス画面を開いておいたままなのが功を奏した。とはいえ何の魔法かも分からずにアラタは唱えたのだが、それは本能的に唱えたものだった。

 打たれていない片足で身体を支え、もう一度さきの魔法を使う。今度はクロエに向かって突きを放つ。

「風滑」

 風の如く一瞬で放たれる突きにクロエは反応し、それをかわしつつ面打ちをアラタに打ち付けた。アラタは最後の攻撃として捨て身の攻撃であったし、クロエも手加減無用の一撃であった。

 アラタのメットが砕ける程のカウンターが入った。

 幸運だったのは訓練のため木剣であった事だ。あまりの威力に剣も砕け散っていたのだから。


 ◆◆◆


「召喚された勇者は戦争のない国から来たって言ってたから、【鬼神】が発動する程の実力があるとは思わなかったわ」

 クロエは腕の治療を受けながら、ソフィア王女に今日の模擬戦の内容を話した。

「嬉しそうね。クロエは」

 ソフィア王女はクロエのその表情から読み取った。

「そう?」

 一方のクロエはピンときていない。

「あなた学生の頃モテてたけど、全部断ってたじゃない? 私は自分より弱い方とはお付き合いしませんって」

「な!?」

「案外、彼が最初の一人になるかもね」

「ち、ちょっと何言って?!」

「はい、腕の治療は終わったわ。骨にヒビが入ってたけど、明日には綺麗に治ってるから」

 そう言って三角巾でクロエの腕を吊る。クロエは絶句したまま口をパクパクさせていた。

「ソフィア王女。そろそろお時間です」

 タイミングよくメイド服を着た女性が部屋に入ってきた。

「そう。分かったわ」

 ソフィアは王族としての立ち居振る舞いになり、部屋を後にする。

 部屋を出るときに、振り返りクロエにウィンクして去って行った。

 クロエは何も言えずに、真っ赤になって固まっていた。


 ◆◆◆


 暫くしてアラタは目が覚めた。

 アラタは自分を心配そうに見ているクロエの顔を見た。

「確か、昨夜もこんな事が」とアラタは可笑しくなってフッと笑う。

「笑い事じゃないでしょ」

 クロエは軽口をたたくアラタに少し怒っていたが、アラタは気にする事なく上体を起こした。

「いててっ」

 頭には包帯が巻かれていた。頭痛がする。

「無理しないで。大丈夫?」

「あぁ、クロエは?」

 そういうクロエも三角巾で左腕を吊っている。自分の剣を腕で防いだので、もしかして折ってしまったのだろうか?

「大丈夫よこの位。そうだ。明日はアラタは休みにしたから、ゆっくり休んでね」

「……待遇はホワイトだな」

「え?」

「いや、こちらの話だ」

 働いていた町工場では、隔週土日休みでその土曜日の休みも上司の「納期が間に合わないので、休みの日出れないか?」の一言で潰れていた。実質週一の休み。大型連休も最大五日程度の休みしかなかった。体調が悪く熱があっても熱冷ましのシートを額に貼って出勤している猛者もいた。

 今にして思えば、それだけ自分が戦力になっていたのだろうが、悪く言えば、そこまでして働かないと会社が成り立たなかったのだろう。それが小さな町工場の現状であった。そんな所に勤めていたのだから、琴子も将来を不安視したのかもしれない。

「クロエも休みか?」

「私は立場上、休めないわ」

「そうか、デートにでも誘おうかと思ったのにな」

「バカな事言ってないで、安静にしてなさいよ。じゃあ、私行くからね」

 そう言って部屋から出るクロエの耳は赤い。

「クロエ」

 部屋を出ようとしたクロエをアラタが呼び止める。

 振り返るクロエに向かって「また訓練につき合ってくれ」と言った。

「なっ!?」

 クロエは驚いた。大抵の剣士はクロエと剣を交えたら二度とやろうとは思わないのだ。

 驚きに固まっていると、「アラタ、大丈夫?」スズとヒナコがドアから顔を出した。

「……え!?」

 今度はアラタが驚き固まってしまった。

 クロエと入れ換わるように、高校生の勇者の中でも美少女の二人が、アラタの見舞いに来た。

 勇者メンバーから距離をとっていたアラタとしては青天の霹靂であった。

「で、どんな感じなの?」とヒナコがアラタが寝ているベッドのそばの椅子に座って聞いてきた。スズもそれに倣って座る。

「一日安静にしてれば治るって」

「大事にならなくて良かったね。スズが心配してさー」

 ヒナコが意味深にスズを見る。アラタは驚いてスズを見た。

「見てなかったけど、凄く血が出てたから、びっくりした」

 彼女達も訓練してたし、アラタとクロエが剣を交えた時間なんて、一分にも満たない。見てなくて当然だ。

「学生の時に剣道してたから、いけるかな? と思ったけど無理だった」

「そっかー、まぁ仕方ないよね。相手は騎士だからね。プロだもんプロ」

 ヒナコは努めて明るく言った。

 ほとんどの勇者はアラタがクロエにやられたところしか見ていないため、アラタに対する評価は落ちていた。魔法が弱く、剣も弱い。更に協調性がない。

 スズが見舞いに行きたいと言ったから、ヒナコはついて来ただけなのだ。ヒナコはスズが何故アラタを気にするのか分からなかった。別になんて事のない男にしか見えなかった。

 暫く雑談をして―

「じゃあね、アラタ。私達行くわ」

 ヒナコはおいとまする為に立ち上がった。

「あぁ、わざわざありがとう」

「アラタ、また……ね?」

 スズも立ち上がる。その時、ほんの少しスズの手がアラタの指先に触れた。軽くひんやりとしていた。

「!……お、おお。また……」

 当たった指先に全神経を集中してしまうアラタであった。


 その後もう一眠りしたアラタは大聖堂を後にする。安静にしろと言われたが、とりあえず宿舎に戻る事にした。

 足首が痛い。頭痛もある。

 治癒師ってのは一瞬で怪我を治せるものだと思っていたが、違うようだった。クロエによると自分を治した高位の治癒師は一日安静にすればいいという事だった。頭を割られても、全治一日なら魔法と言えるだろう。召喚されたこの世界は想像するようなゲームの世界程ではないのかもしれない。

 だが、それでも自分には多少のチートが備わっているとも思われる。でなければ、クロエとあそこまで戦えなかったのだから。それがどの程度かは分からないが、今の内にそれを身につけていくべきだと思う。

 アラタとしては、あわよくば勇者チームを抜けたかった。しかし今抜けても、アラタはこの世界で生きていけないような気がしていた。

「一ヶ月か……」

 だいたいトライアル雇用でも三ヶ月程度だから短いと言えば短い。その短期間の内になるべく力を付けていかなくてはならないだろう。

 一人で生きていくために。

 石畳の道を歩くアラタは、空を見上げる。月が出ていた。大きい月と小さい月が。

「月がきれいだな」

 ふと、琴子の事を思った。なかなか吹っ切れない自分に嫌気がさした。

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